第8話 暑いって言えば暑いでしょ?寒いって言うんだよ
七月。
朝の暑さも酷いのに、昼なんてもう人間が生きていける暑さを超えている。
「あぢー」
小さな扇風機を自分に当てながらフローリングを転がる湊月。
「まさかこの時期にエアコンがお亡くなりになるなんて、ついてなさすぎるでしょ」
「冬まで動いてくれてたんだけどな」
なぜか知らないがシーズン開幕に使おうと思った時にエアコンって壊れてるよな。
機械は準備運動ができないから急に全力を出して壊れがちなのか…なんてどうでもいいことを考えながら暑さに耐える。
「あー!無理!どっかいこう!」
人が耐えようと思ってる時に同居人が音を上げる。
「どこに?」
「涼めるところ!」
普段なら鼻で笑って却下するところだが、この暑さは流石に俺も耐え難い。
幸いにも業者の人が二、三日後に修理にきてくれるらしいので、それまで凌げばいいだけだと思えば、涼しい場所に赴くのも吝かではない。
「なるほど。それじゃ俺も出るか」
「そうしよー!どこ行く?」
「え?」
「え?」
一緒に出るつもりなのか。
だが、それはリスキーな行動ではなかろうか。
先日の家具屋に行くのだって目撃されているんだ。ここは安牌を切るべきだろう。
「いや、一緒に過ごす必要は無いだろ。各々で涼しい場所で過ごせば良くないか?」
「なにー?一緒のお出かけに照れてんのー?やっぱり私みたいな美女が相手だと緊張しちゃうかー」
「いや、そうじゃないけど」
「そこは同意しといてよ」
唐突に真顔になる湊月。
そりゃ、一緒に出掛けた方が退屈はしないが、周囲に俺達の同居がバレるのは可能な限り避けたい。
学内一と噂される美人の湊月と過ごしてるなんてバレたら、スクールカースト関係なくバッシングを食らいそうだ。
それに俺みたいなザ・凡人のクソ陰キャと噂を立てられるなんて湊月にとっても汚点になるだろう。
「で、どこ行く?」
「俺の話聞いてた?」
「え、どっか行くんだよね?」
「ああ。だけど一緒の必要は無いって言っただろ」
「んー?バラバラで行く必要も無くない?」
「あれ、話してなかったか?前の家具屋の帰りに俺の友達に見つかったって話」
「え、興くん友達いたの!?」
「話の論点そこじゃねぇから!あといつの話を蒸し返してんの!?」
「まぁまぁ、とにかく行くよ!場所は行きながら決めよう!」
「お、おいって!大学の奴に見つかるぞ!」
「うるさいなぁ。バレなきゃいいんでしょ?」
湊月は一瞬、自分の部屋に引っ込むと、キャップとサングラスを装着して戻ってくる。
「これなら文句あるまいよ!」
むふーと鼻息を吹き出しながら、豊かな胸を張る。
まるでオフの日に出かける芸能人の様な格好だが、確かに一目では湊月だと判断がつかない。
「ま、まぁ、いいんだけどさ」
「ほいじゃ、れっつらごー!」
と、早速二人で熱で満ちる家から転がり出る。
いや、なんでそんな二人で出かけるのにこだわるんだコイツ。
「おー、初めてきたー!」
「来たことないのか」
結局二人で来たのはネットカフェだった。
ここなら大体の暇つぶしはできるし、寝転ぶこともできる冷房付きのナイスな空間だ。
早速受付を済ませる。
「ご利用は二名様でよろしいですか?」
「はい」
湊月は俺の後ろで部屋割が描いてあるマップを眺めている。
「お部屋はどうされます?」
「あ、別で」
「え?一緒でいいじゃん」
またか、こいつ。
「日暮れまでいるのに一緒はダルいだろ。昼寝したら寝顔見られるんだぞ」
「いや、それこそ今更でしょ。あ、ここのおっきな部屋でおねがいしまーす!」
「かしこまりました」
店員さんが家族で使用するような大きめの個室を取る。
まぁ、俺はどっちでもいいんだけど。
今日の湊月はタイトな七分丈のジーンズに薄手のパーカーを締め切っている、隙の少ない服装をしてるし。
初めて部屋にあげた時のようなひらひらした服装をしていたら、断固として部屋は分けたが。
ドリンクバーのグラスと伝票を受け取り、それぞれの飲み物を汲んで部屋に入る。
つやつやしたフラットシートが一面に敷かれている部屋で、寝転ぶのに邪魔なものは特に置かれていない。
「ゔぁー。クーラー最高ー!」
「本当だな。あ、ちなみに漫画は好きに持ってきていいぞ」
「そうなんだ。何読もうかなー」
壁にぴったり付けられているパソコンデスクに各々のグラスを置く。
俺は部屋の奥側を、湊月は出入口側を陣取っている。
余程のことがない限りは問題が発生することはないはずだ。
それぞれが好きな漫画を持ってきたり、携帯で時間を潰したりして、夜になって腹が空いたら帰ればいい。
何も問題が起きる要素が無いな。
「おかしいだろ」
「何がー?」
俺の
最初の数時間は何も問題が無かった。
各々、漫画を読んでいたのだが、寝転んでいた湊月が枕が無いことに違和感を覚え始めたのか壁に、もたれかかりながら胡座をかいている俺の太ももを枕替わりにし始めたのだ。
「何がー?じゃないだろ。明らかにおかしいことが分からんのか、お前は」
「特には」
「こめかみぐりぐりしていい?」
「暴力は感心しませんなー」
こいつ、やたらとスキンシップしてくるな。
最初の数日は気の知れた人間の人肌が恋しかったんだろうな、って思って自分を納得させていたが、もうルームシェアを始めて一ヶ月になろうとしている。
元々こういう癖のある奴だったのだろうか。だとしたら智さんも色々大変だったろうに。
「いいから頭下ろせ。足が鬱血して壊死したらどうしてくれる」
「しゃーないなー」
そう言って湊月はゴロゴロ転がって、反対側の俺の太ももに頭を乗せた。
「違うだろうが。やめろって言ってんだよ」
「やめて欲しいの?」
「足痺れんだよ」
「え!?さっきの足!?」
「嬉々として触ろうとすんな!」
痺れた足を触られると、なんとも言えない嫌な感覚になるからやめて欲しい。
実際、そこまでの痺れでは無いから問題無いといえば無いが。
「ぶー。だって枕無いから首疲れるんだもん」
「フロントから枕借りれないか聞いてくるよ」
「待って!その間私の首はどうなるの!?」
「座ってろ」
「ヤだ!首の骨曲がっちゃうかもだし!」
「お前、普段どうやって生活してんの?」
「いいからこのままでいてよ。足痺れたら言ってくれれば、逆側の足に行くからさ」
「わかったわかった。とりあえずドリンクバーのおかわりしてくるから、頭どけろ」
「そう言って枕借りてこようとしてくるんでしょ。はい読めましたー」
「いや、おかわりは本当」
「んじゃ私も行こー」
そう言って二人でドリンクを補充しに行く。
カウンターの前を通り過ぎる度に俺のことを睨んで牽制してくる湊月。
なんでや。俺の脚が可哀想だと思わないのか。
仕方なくそのまま部屋に帰ってくる。
俺、着座。
湊月の頭、セットオン。
「いや、だからやめろって言ったよな?」
「美女の首を守る騎士に任命してあげよう」
「つむじ押していい?」
「やめて!あれ絶妙にそこだけ痒くなるから!」
つむじをガードしながらも、やっぱり俺の太ももは解放してくれない。
はぁ。こういう質問すんの、自意識過剰みたいで嫌なんだけど、太ももの痺れを回避するために支払うコストだと思うことにしよう。
「なぁ、湊月。なんでそんなに俺の膝枕に拘るんだよ」
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