第3話 伏せ札、ご開帳
「いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
超高速で部屋の掃除を終えて、菅野を迎え入れる。
だが、
「待て菅野」
「なに?」
「なんか荷物多くないか?」
両手にお菓子が大量に入った袋は別にいい。
だが背中に背負った可愛らしいリュックサックが、やたらと膨れ上がっている。
「あぁこれ?竹芝君の部屋、広かったじゃん」
「まぁ、持て余してる部分はある」
「私の私物置かせて」
ウインクしながらお願いしてくる。
「トランクルーム近くにあるから」
扉を閉める。
『わぁーん嘘ウソ!少しだけ!少しだけQOL上げるだけだからー!』
玄関前で騒がれるのもご近所迷惑なので、とりあえずまた扉を開けてやる。
「別に余ってるスペースに物を置くだけならいいけど、菅野の部屋にすんのだけは勘弁してくれよ」
「私だって分別はあるよ!人の家に自分の領域を展開なんてしないって!」
「二言は無いな?」
「三言は無いよ」
扉を閉める。
『わぁーん冗談ジョーダン!ちょっと!ちょっとだけスペース分けてください!』
「最初からちゃんとお願いしてればこんな茶番しなくて済んだのに」
「これがやりたくてふざけてた感はある」
「しょうもないな。とりあえず上がって」
「えへへ。お邪魔しまーす!」
部屋に入るだけで騒がしい菅野。やっぱりあの雨の日に見た菅野は嘘じゃなかった。
目の前の菅野は息を飲むほどの美人なのは確かだ。
しかし、それ以上の愛嬌が俺の前では振り撒かれている。
俺は大学の静かな美人より、騒ぎ散らかす愛嬌のある菅野の方がより好きな気がする。
まぁ、カーストがある以上、菅野に粗相は厳禁なのは変わらないけど。
そうしてパンパンに膨れ上がった愛らしさを失ったリュックサックの中身を、物置になっている部屋に取り出していく菅野。
物置と言っても閑散と物を置いていただけで、所狭しと物が詰め込まれている訳では無い。
つまり物を置くスペースはまだ十分にあるということだ。
「まず着替えでしょー」
「着替えでしょー、じゃないだろ。何持ち込んでんだ」
いきなり薄い色のチェック柄寝巻き上下セットを、フローリングの上に鎮座させる菅野。ちゃんと綺麗に畳まれている辺りに生活力を感じつつも、それはダメだろとツッコミを入れていく。
「え。お泊まりに必要じゃない?」
「なんでお泊まりする前提なんだ?お前の家近いんだろ。泊まるなら帰れよ」
「ひどい!夜更けに美少女を夜の街に放とうと言うの!?」
「暗くなる前に帰ればいいだろ」
「晩御飯食べたらもう夜じゃん」
「晩御飯食べる前に帰ればいいだろ」
「ご飯も食べさせてくれないの!?この甲斐性なし!」
「人の家に上がり込んでご飯まで要求してくるとか、図々しいと思わないか?」
「思わないね!私、美少女だから!」
「美少女は免罪符にはならないんだよなー」
一つ目からこれだ。これからリュックサックから出てくるものも思いやられる。
次に出てきたのは歯ブラシセット。
まぁ、これは想定の範囲内。パジャマと来たらこれだろう。
「んで次はー、デレレレレレレレレ」
「ドラムロールを大人になっても口でするの初めて見た」
「人を痛い子みたいに言わないの。ジャジャーン!」
大人一人分のでかいサメがずるり、とリュックサックから飛び出してくる。
え。これあのリュックサックに入ってたの?サイズ感バグってない?
「サメの人形?」
「違うよ!サメの抱き枕だよ!」
「一緒だろ。てか今日持ってきたのお泊まりセット?」
「そうだよ!ちなみに下着は恥ずかしいからリュックから出さないよ(照)」
「(照)じゃない。泊まるなって言ってんだろ」
本当に何考えてんだこいつ。距離の詰め方エグいんだけど。
俺達の距離感ってもっとあったはずだし、あれでいこうみたいな雰囲気出てたよな?
「ひどい!夜更けに(ry」
「俺も一応男なんだけど」
「え?」
「いや、え?じゃないだろ。見てわからんか」
「つまり、送り狼ならぬ居座り狼されちゃう、ってコト!?」
「もうそれでいいから、狼に食べられる前に帰れ」
「目の前の狼さん、草食だって聞いたんですけど」
「どこ情報?俺はちゃんと肉食なんで帰ってください」
「サメちゃん抱かせてあげるから許して?」
「身売りさせられるサメちゃんに涙を禁じ得ない」
てかなんでこんなお泊まりに固執するんだよコイツ。
もう面倒だから聞くか。
「菅野、なんでそんなに泊まりたがってんだ?」
「え。そう見えちゃう?」
「誤魔化すなよ。前回飯食って帰ったんなら、今回だってそれでいいはずだろ」
「まぁ、色々あんのよさー」
台詞の緩さから騙されかけるが、本当に何か理由がありそうな雰囲気を菅野の台詞から感じ取る。
聞いても、いいのか?
「理由次第では泊めてやってもいい」
「わぁお、上から目線だー!」
「帰れ」
「嘘ウソ!話すから泊めてー!」
菅野はサメの人形、もとい抱き枕をぎゅっと抱くと、壁に背中をつけてもたれかかる。
「実はうちさ、最近父さんが再婚したんだよね」
菅野の表情は明るい。が、どこか陰を差したような明るさだ。
「んで再婚相手、つまりママ・ハーハなんだけど」
「継母な」
「うるさいな。今は黙って聞いてー?」
怒られた。反省。
「子連れの継母でさ。連れてきた子、男の子でさ」
サメの人形をさらにぎゅっと握る。
「まぁ、その、歳も近くて、ね、その、色々してくるわけですよ」
曇っていく菅野の表情。
嫌な話の雰囲気に、俺の脳が急激に冷えていく。
「お父さんも新しいお義母さんも共働きなもんで、私と義兄さんしかいない時間とかあるわけでして」
まさに今とかね。と付け足してにへらと乾いた笑いを浮かべる菅野。
「でもお父さん幸せそうだし、新しいお義母さんも良い人だからさ。二人の幸せに水差したくなくて、ね」
そのために菅野は義兄に悪戯をされている、ということか。
「それは、なんというか」
「いいよ、無理にコメントしなくて」
どこか無機質な声でそう言うと、菅野は抱きしめたサメの抱き枕に顔を埋める。
サメに頭を齧られている様相だ。
「そしたらさ、私のこと襲う度胸の無い草食系狼さんが、良い居場所を提供してくれそうだったじゃん」
段々とその声は小さくなっていた。
「分かってる。竹芝君の優しさを利用してるって。分かってるんだよ」
俺はまだ、何も言えない。
「竹芝君があの人と違って、私のこと襲えないって知っててこんなことしてる。本当は家族の問題なのに、それを解決しないでいることも分かってる」
その声は、震えている。
「私、最低だよね。分かってるんだ」
菅野の顔はサメが噛み付いてて見れない。
「これを話したら絶対、竹芝君が私を追い出さないって、分かってる」
でも声だけで分かる。
菅野は、泣いている。
「ぜんぶ、分かってるの」
ふと、外が騒がしくなったのに気付く。
雨だ。春のにわか雨がけたたましく外を騒がせている。
俺は、答えなくちゃいけない。
草食系だって馬鹿にされても。
辛い状況の人を追い出さないお人好しだと言われても。
「菅野」
俺の声に菅野は肩をびくつかせる。
「さっきも言ったけど俺は肉食だ」
脅すつもりは無い。ただ知っておいて欲しいだけだ。
「案外、お前の義理の糞兄弟とそんなに変わらない可能性もある」
実際、菅野に対して何のアクションも起こしてないんだから、これには説得力は無いかもだけれど。
「ある日突然、彼女ができてお前を追い出すかもしれない」
「それは無い」
「うるさい。黙って聞けい」
余計なことを言う菅野を叱る。
「その可能性を全部考えた上で、それでもその義理糞兄弟といるよりマシだ、って思えるなら」
俺は、菅野の言う通り、お人好しなんだろうな。
「部屋、一緒に使ってもいい」
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