第29話
チケットをもぎってもらい、いざ入場する俺たち。
一歩踏み出しただけで、まるで別世界に来たように感じる。
「三番スクリーンは……あそこだ!」
ウキウキした様子で指さす遠坂。
弾むような足取りで、俺の前を軽快に進んでいく。
彼女の胸の中に抱かれたポップコーンとドリンクは、もちろん俺の二倍のサイズだ。
「全部が全部可愛いな、ほんとに」
知り合いが誰もいないことをいいことに、思い切りニヤけてあとをついていく。
席に到着すると二人並んで座り、大きなスクリーンを前にして感嘆の声をもらし。
ポップコーンをつまみながら予告映像を見ていると、あっという間に映画が始まった。
スクリーンから放たれる光だけが頼りの空間で、感覚が研ぎ澄まされていくような感覚に陥る。
元々映画にあまり興味がなかったからか、俺は映画よりも隣の彼女に不思議と意識が向いていた。
ポップコーンを一定のリズムで口に運び、時折口を綻ばせてはまた頬張る。
映画のシーンに合わせて表情は変わり、コロコロと移り行く感情がその瞳に鮮やかに映し出されていた。
そして映画は終盤に差し掛かり。
『愛しているわ』
『俺も、君のこと愛してる』
ピクリと体を震わせる遠坂。
スクリーンの中の男女二人が、唇を寄せる。
そして――
「っ!!!」
遠坂が顔を真っ赤にさせて、ドリンクのカップを手に持ったまま固まる。
それから何を思ったのか、伺うような表情で俺の方をちらりと見た。
「「ッ――!!!」」
交わる視線。
遠坂はすぐに視線をそらすと、俯きながらもしゃもしゃとポップコーンを頬張り、勢いよくストローに口づけた。
急に早送りになったかのような動作に、思わず笑みがこぼれる。
……こんなの、可愛すぎるだろ。
喉まで出かかった言葉をグッと堪えて、再びスクリーンに目を向ける。
スクリーンの中の二人は手を繋ぎ、幸せそうに微笑んでいた。
映画館を出ると、すでに時刻は十二時を回っていた。
遠坂曰くポップコーンは別腹とのことで、昼食を取ることに。
ぶらぶらとレストランフロアを回り、目についたパスタのお店に入って注文を済ませる。
店内をぐるりと見渡してから、遠坂が口角を上げて話し始めた。
「それにしても面白かったねーさっきの映画」
「見たことある俳優がたくさん出てたな」
「まず初めに出てくる感想がそれなんだ……」
呆れたように俺を見る遠坂。
水を一口飲むと、グラスを持ったままたどたどしく続ける。
「それはそうとさ、藤田くん……私のことすごい見てなかった?」
「あー、うん、見てた」
「素直に認めた⁉ 普通だったらそこは何回かラリー続くところじゃない?」
「別にバレないように見てたわけじゃないからな。むしろ開き直ってガッツリ見てた」
「が、ガッツリって……なんでそんなに見るのさ。その……私の、こと」
グラスの外側についた露を細い指で拭いながら遠坂が訊ねる。
「なんでだろうなぁ……なんか見ちゃうんだよなぁ」
「そ、そうなんだ」
「でもあれかな。やっぱり可愛いからかな。うん、それしかない」
「っ! ま、また可愛いって……! 藤田くんは今日可愛いを乱発しすぎな気がするよ⁉」
「俺に言われても……乱発させてるのは遠坂なわけだし、可愛いのも遠坂だろ?」
「あ、あのね! 何度も言うことだけど私可愛いって言われることに慣れてないの!!! 可愛いって言われるのは嬉しい……けど、言われすぎるとし、死んじゃうから! わかった⁉」
「死ぬって……熱中症にもなれば死にも至るのか。ヤバい言葉だな」
「ヤバい言葉なの!!! なんでもかんでも可愛いって言わない! オーケー⁉」
「お、おーけー」
俺が答えると、遠坂が手で顔をパタパタと仰ぎながらグラスを傾ける。
氷だけになったグラスが地面に置かれると、からんっと清涼な音が響いたのだった。
昼食を取り終えた俺たちは、ショッピングモールをぶらぶらと回ることにした。
まずは家具屋に入り、
「すごい! このソファめちゃくちゃ柔らかい!」
「ほんとだ。なんか眠くなってきたし、ここで寝たいな……」
「……私は置いていくからね」
「そこは起こしてくれ」
買う予定もないのにあれこれ言いながら家具を物色。
店を出ると、今度は目についたメガネ屋に入店。
遠坂は丸メガネをかけると、腰に手を当ててさも賢そうな佇まいで俺の方を見てくる。
「どう? 意外にメガネいけてる?」
「意外どころかかなりハマってるよ。めっちゃかわ……そうだ、死ぬんだったな。やめとく」
「もうほとんど言ってたけどね⁉ というか別に、今は言っていいといいますか……って、今私めちゃくちゃめんどくさい人になってない?」
「大丈夫、可愛いから」
「っ! 今かいっ!!!」
わちゃわちゃしながらも、自分に似合うメガネの形を模索して楽しんだ。
次に入ったのはアパレルショップ。
試着室のカーテンがざらざら~っと開き、中からミニスカを履いた遠坂が出てくる。
惜しげもなく肉付きのいい白い足がさらされており、目のやりどころに困って俺は斜め上を見た。
「ど、どう……?」
「……うん、可愛い」
「見てないよね⁉ ちゃんと見てくれる⁉」
「見なくても可愛いから! ですよね店員さん?」
「この子モデルか何かですか⁉ 可愛すぎるんですけど……!!!」
「っ! あ、ありがとうございます……」
店を出るころには、なんだかんだで遠坂の左手には買い物袋が下げられており……どうやら気に入ったらしい。
その後目についたカフェに入って一度休憩を取ってから、再びショッピングモール内を歩き始めた。
「あ! あの店行ってみたい」
遠坂が指さしたのはこじんまりとした雑貨屋。
中に入ってみると、ちょっとした家具から小さいストラップまでずらりと並んでいた。
「そうだ! ここでお互いに一つ選んで、プレゼントするのはどう? せっかくだしさ」
遠坂の言葉に思わず驚いてしまう。
「……なんだ遠坂、イマドキの女子高校生っぽいこと言えるじゃん」
「一応イマドキの女子高校生だからね……」
ということで、急遽プレゼント交換をすることに。
店内を練り歩きながら、遠坂に合いそうなものを探す。
とはいえ、俺に遠坂の好きそうなものはわからない。
ならばここは直感で、これと思ったものを選ぼう。
そう決意して、俺は――
十分後。
「「せーのっ」」
お互いに渡した袋を開封する。
すると中からちゃりっと音を立てて、面白おかしな動物のストラップが出てきた。
生気の宿っていない、眠そうな顔。でもどこか愛嬌が感じられる。
しかもそれは……。
「こんなことってある? 同じもの選ぶなんて」
「びっくりだな。でも一応色違いか」
遠坂が黄色で、俺が青。
突き合わせてみて、ぷっと吹き出す。
「あははははっ! 面白いなぁ」
「いい偶然だな、これは」
一通り笑ってから、遠坂がちゃりっとストラップを掲げた。
「ありがとう、すごく大切にするよ」
遠坂は言うと、にひっと無邪気な笑みを俺に向けてくる。
その姿に思わず目を奪われて、返す言葉を忘れてしまった。
俺の手に下がっている、彼女と同じストラップ。
何かそこに特別な意味が込められているような気がして、俺は大切にきゅっと握りしめた。
「次はどこいこっか」
遠坂が俺の前を歩く。
無邪気に、軽いステップで。
一拍置いてから彼女の後を追うと、突然遠坂が足を止めた。
「……うそ」
一言、ぽつりと地面に零れ落ちる。
その後ろ姿は、俺にはひどく小さいものに見えたのだった。
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