第12話 お仕事したいです!

その日の夕食の後、私はレイにあるお願いをするため時間を取ってもらい、この屋敷の書斎にいた。

大きな窓には重みのありそうな深緑のカーテンが掛けられ、窓を背に大きな机とその前に同じ深緑のソファと、濃い木彫のテーブルが置かれている。そのほかには本棚が一つあるくらいで、重厚で落ち着いた雰囲気だ。


レイは執務用の大きな机に両肘をついて、組んだ手の上に顎をのせている。

うわあ~、上司だ。

何かを計るかのように私の顔を見ていた。胡散臭そうに見る目で、と付け加えておこう。


そんな彼の前に、私は立っていた。

これって、完璧上司と部下の図ですよね。

内心つっこみつつ、ふと、この間まで働いていた派遣を思い出した。


「つまり、ミツキは働きたいのか?」

「はい」

「なぜ」

「えっと、さきほども言いましたけど、タダで泊めて頂いてるのに、その上食事まで出して頂いたら、それだと本当に申し訳ないので、せめて労働でお返しできたらと思って。……ほんの少しの足しにしかならないかもですけど」

「アンタは客人だ。この家にいることを何も気にする必要はないし、毎日のんびりしていてくれればいい。誰か家の者をつけてくれれば、街へ遊びに行ってくれてもいい」

彼はほとんど表情を変えず淡々と言う。

そうは言われても、私もここは引きたくない。


「お客様というのも心苦しくて。だって、私のせいで聖女様も来れなくなってしまったし、ただのらりくらりと二週間過ごさせて貰うのは、ほんと申し訳なさすぎて」

「あんたが気にすることじゃない。あれは俺が…」

「いえ!レイは悪くないです」


あっ、……思ったより強めに食い気味で言っちゃった。

彼も驚いた様子で、少し目を丸くしている。


「あ、あの、すみません」

私は小さな声で謝った。

「なんで謝る?」

「あ、いえ。なんだかちょっと、思ったより強めに言ってしまったので」


レイは小さく溜息をつくと、組んでいた手をほどき、今度は右手で頬杖をついた。

そして、さっきよりも少し柔らかい表情で言った。

「あんたはいつも謝ってるんだな」

「え」

「いや、別にいい。こっちの話だ」

「?」


よくわからないけど、レイには何か思うことがあるのかも知れない。

私が彼に言われたことを不思議に思っていると、レイは先程よりも柔らかく言った。

「ミツキはほんとに気にしないくていい。貴族の姫は、ほとんどお茶してお喋りしてるか、散歩が日課なんだ。ああ、買い物もあるな」


なんか、その言い方……。毒、含んでますけど。

あなた、貴族の姫君たちに嫌われてないでしょうか?

古書店のイケメン眼鏡男子と同一人物とは思えない。


「あの、私は貴族のお姫様ではないので。一般庶民ですから。花園家の家訓は“働かざる者は食うべからず”なので、どうか働かせてください」

私は、そう言うと、再度頭を下げた。

家訓の話は本当だ。ママはいつも明るく笑いながら、そう言って子供の頃の私をお手伝いに誘っていた。


「“働かざる者は食う…く?”」

「食うべからず、です」

「どういう意味だ?」

「“食べた分は働け”です」

つまり、そういうことよね。


レイは私の顔を見ながら唖然とした顔をしていたが、やがてニヤリと口元を上げて笑った。

「なるほど。いい心がけだな。俺もそう思うときがある」

「え?」


あれ?なんか、ちょっと嬉しそう?

彼は悪戯っ子のような、そんな顔もするんだ。

いかにも本が似合う爽やかなイケメン眼鏡男子の顔か、クールでぶっきらぼうな感じのする仏頂面の顔しか、まだ見たことがなかったから意外だった。


レイファンって、いったいどんな人なのかまだよく解ってないけど、もしかして、めちゃくちゃ人見知りしたりするの?


「俺も、もともと子供の頃は一般庶民として育ったんだ」

あ、マリアンヌがお茶会で言ってたっけ。

9歳まではお母さんと二人で暮らしてたって。

お父さまが町で見つけたって言ってたから、きっとここに来るまでは、町でお母さんと二人で暮らしてたんだね。


「だからミツキも申し訳なく思って、働きたいと言うのも分かる」

ミツキ

レイ自身も、もしかしてこの家に来た頃、同じ気持ちだったのかな。

自分がここに居てもいいのかな、ランドルフ家の人たちは皆さん優しくて、とても良くしてくれているのだけど、そんな不安があって。だから、自分がこの場所に居てもいい理由が欲しい。

レイも子供の頃、今の私のように思っていたのだろうか。


「私、掃除でも買い出しでも、何でもします。だから、仕事をください」

私は身体を半分に折り、頭を深々と下げて、お願いしますともう一度言った。

下げた頭の向こうから、レイがため息をつくのが聞こえた。

「……わかった」

「っ!じゃあ……」

私がそう言うのと同時に顔をあげると、いつものクールな表情の彼だった。


「ちょうどルーセルからもミツキを城へと提案されていた」

「お城?」

「ああ。だから俺と一緒に城へあがるようにしよう。城なら仕事もなんなりと山のようにあるだろうしな」

(え……山のように?)


いやいや、ちょっと待って!?

そこまで仕事をガツガツしたいわけではないんですけどっ……なんて、今さら言えるわけもなく。

少し撤回したい気持ちでいっぱいだった。


「その前に条件がある」

「条件、ですか」

レイがスッと視線を横に外す。

「明日は町へ行き、自分のサイズに合う服を買ってくること」


思わず条件反射的に、胸元を抑えてしまった。

ええっ!?

そんなに急を要するほど、胸元ゆるゆるがばがばですか!?

なんとも腑に落ちない条件と引き換えに、私は仕事をさせて貰えることになった。



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