第11話


 謁見の後、王女の部屋に戻ってきた。


 「はぁぁぁ……」


 僕は俯き、深い溜息を吐く。


 「なんじゃ、辛気臭い。これから勇者退治に行くのじゃぞ?そんな事でどうする。ミレイなぞ全く動じておらんぞ」


 遠足に行く子供の如く、楽しそうな王女。

 文句を言っている様な口調ながら、表情は緩んでいる。


 「アルレ様の意向が私の意志で御座います」


 相変わらずミレイは表情を変えず答える。


 「あのね、アルレ様。旅行しに行くんじゃないんですよ?勇者の数も分からなければ力量も分かりません。まぁ、こちらもどのくらいの手勢を用意するのかも知りませんけど……それでも、戦地に赴くのです。安全とは言い切れません」

 「分かっておるわ」


 王女の緩んだ表情からは一切の緊張感が感じられない。

 外に出られるというだけで浮かれている様子だ。

 普段、外に出る事の出来ない王女だから分からなくも無いが、流石にどうだろう?と、思う部分はある。


 かくいう僕も身の危険は感じていなかった。

 単純に憂鬱なだけだ。

 この比較的安定した情勢の中、大した話題にもならぬ名も知れない勇者など、蓋を開ければ色々と拗らせた人族が無闇に暴れている程度だろう。

 王女があんな事を言い出さなければ、中央軍が出るまでもない案件。

 ましてやリオン様とその親衛隊とは……。

 王子・王女が赴くとなれば、軍は万全の体制で臨むだろう。

 故に危険性は皆無に等しい。


 僕が憂鬱に感じているのは”そこ”では無い。

 軍の者と同行するということなのだ。

 リオン様もそうだったが、僕に対しての嫌念を抱いている者は少なからずいる。


 「そういえば、セルム。お主、リオン兄様と何かあったのか?」


 王女が僕に尋ねる。


 「いえ、個人的には……。会話したのも今日が初めてです」

 「にしては、妙な雰囲気じゃったのう?」


 不思議そうな表情の王女。


 リオン様は去り際に僕に一言残していった。

 その様子を不審に思ったのだろう。

 ひょっとすれば、会話が聞こえたのかもしれない。

 リオン様は僕を睨み小声で言ったのだ「下賤が、アルレに慈悲を貰っていい気になるなよ」と。


 その瞬間は深く考えず、単なる侮蔑としてしか捉えていなかったが、ふと、冷静に考えると少し引っ掛かる。

 王女が僕に”情け”を掛けた?

 もし、そういう話だとすれば、不可解だった任命の謎が解けるのかもしれない。


 だがしかし、王女にそんな事をして貰う心当たりは無い。

 そして、それを僕に話さないのも不可解だ。

 王女は何か知っているのだろうか?

 今の表情を見ると何も知らないように感じるが……。


 「……一つお聞きしても良いですか?」

 「何じゃ?」

 「アルレ様は……僕が何者か知っているんですか?」

 「?話が見えんぞ?」


 本当に何も知らないのか、それともシラを切っているだけなのか、判別がつかない。

 演技が得意とも思えぬ王女だが……いや、よく考えると、むしろ凄く得意なのかも?

 だが、僕を従者に選んだ理由を話せなかった以上、何かあるのは間違い無い。

 その件を今は無理に詮索するつもりは無いが、少なくとも……僕の事を知っているのかは確認しておきたかった。


 「その言葉を信じて良いんですね?虚偽であった場合はどんな罰を受けようとも、僕は従者を辞めさせて頂きます」

 「なんじゃっ、急に!?お主は、いったい何の事を言っておる!?そんなにも討伐同行が嫌なのか!?」


 王女は途端に顔色を変え、慌てた態度を取る。


 「そういう話ではありません。アルレ様に確認しておきたい事なのです。正直に答えてください」

 「全く分からん!何の事を言っておるっ!?どういうことじゃ!?……叔父様の事かっ?」


 あたふたと慌て、困惑している王女。

 流石にこれが演技ならば、それを賞賛するべきか。

 とても嘘を吐いている様には見えない。

 ……ん?


 「叔父様?」

 「えっ?あっ、と、そうではないのか?」

 「何のことですか?」

 「それは……」


 王女は更に慌てる。

 気になるワードではあったが、今の僕の質問に直結するものでは無い気がする。

 あくまで勘でしかない。

 このまま話を進めれば、任命の謎が解けるかもしれないが、それは王女が自発的に言うまで訊かないと決めた自分の意志に反する。

 誘導尋問のような形で聞くのは本意ではない。

 割と律儀ではあるのだ。


 「それが関係あるかは分かりませんが、取り合えずそれは置いておいて、アルレ様が僕の事をどれだけ知っているのか確認しておきたいのです」


 話を本筋に戻す為、再度王女に尋ねた。


 「……すまぬ。ほぼ……何も知らぬ。嘘ではない」


 申し訳無さそうに頭を垂れる王女。


 「そうですか。念の為、聞いておくけどミレイは?」

 「申し訳ありませんが、存じておりません。興味もありませんでしたので」

 「はは。そう」


 苦笑いしながら応えた。相変わらず一言多いなミレイは。


 「で、お主はどんな答えを求めておったのじゃ?」


 不安そうに尋ねてくる王女。


 「いえ、答えって程の事は無いんですけどね。気になっただけですよ」

 「じゃから、それは何の事を言っておる?」

 「本当はもっと早い段階で話しておくべきだったのかもしれませんが、機会もありませんでしたし……。何分話し辛い事ではありますので……。ちょうど良い機会ですのでお話します。聞いた上で解雇とするならば、従います」


 「私は席を外しましょうか?」


 気を利かせてミレイが尋ねてきた。


 「いや、ミレイも聞いてくれ。この先一緒に仕事する可能性があるなら、知っておいて貰いたい」

 「分かりました」


 ミレイは静かに頷いた。


 「どうしても聞かなくてはならんのか?話し辛いなら、妾は聞かんでも良いぞ?」


 王女は不安そうに提案してきたが、僕はそれを無視して話し始めた。


 「三年程前に起きた、大きい勇者被害の件は御存知ですか……?」

 

 それこそが、僕の人生を大きく狂わせた事件。

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