第3話 新たな出会いと人助け
傭兵派遣商会の緋色の牙【スカーレット・ファング】を抜けてそろそろ二ヵ月になるか。
相変わらず、俺はこの世界をいろいろと見て回るため、各地で冒険者稼業をしながら生活費を稼ぐという日々を送っていた。
基本的には危険性の少ない採集クエストを消化するのだが、まとまった金が必要な時は討伐クエストを請け負ったりもする。
戦闘技術は皆無だが、俺には付与効果スキルがある。
そこらの店で売っている安い武器も、このスキルのおかげで魔法と同等レベルの技が繰り出せるようになるのだ。
この旅の中で、俺は自分のスキルの新たな可能性を見出していた。
まず、今までは傭兵派遣商会の工房ということもあって基本的に武器に攻撃性を高めるための付与効果を与えていた。しかし、例えば寒い夜にはテントに暖房効果をもたらしたり、雨が降る日は防水効果を与えたりと、とにかく使い勝手がいいのだ。
今はまだ冒険者として稼いでいるが、金が貯まったら工房を構えようと思っている。いずれはどこかに腰を据えて仕事をしたいという気持ちもあるので、旅をしながらその終着点も探っている状態だ。
ちなみに、今俺がいるのは緋色の牙【スカーレット・ファング】が拠点としている町から遠く離れた隣国・イルデン王国の王都。
ここには近くに大きなダンジョンもあるし、暮らしている民の人柄もいい。前に暮らしていた国と比べると規模としては小さいが、俺にはこれくらいの国があっているのかもな。
今日もまたダンジョンへ向かおうと荒れた道を進んでいたら、
「うん?」
近くの茂みが動いた気がして、足を止める。
この近辺にモンスターが出るなんて話を聞いた覚えはない。
となると、誰かが潜んでいるのか?
まさか盗賊?
ここは足早に立ち去った方がよさそうだと思っていたら、その茂みから誰かが飛びだしてくる。驚いて思わず飛び退いてしまったが、
「えっ? 女の子?」
現れたのは五、六歳くらいの小さな女の子だった。
どうしてこんなところに?
親御さんとはぐれたのか?
心配して駆け寄る――が、その足はすぐに止まった。
原因は彼女の全身にある。
背中に生える翼。
側頭部からいびつに伸びる日本の角。
これらの特徴を併せ持った種族を俺は知っている。
「ま、まさか……竜人族?」
もとはドラゴンだが、人間とそっくりな姿に変身できるという能力を持つ竜人族。知能や戦闘力が高く、世界のどこかには竜人族だけが暮らす国もあると言われている。
そんな竜人族の女の子が、なぜこんな場所に?
人間の言葉は理解できるはずなので、率直に尋ねてみた。
「ここで何をしているんだい? お母さんかお父さんは近くにいるのか?」
「…………」
女の子は涙でこちらを見つめるも、まったく喋る気配がしない。
警戒されているのかもしれないと思った俺は、今日の昼飯用にとっておいたリンゴを差し出した。
「これ、食べるか?」
「っ!」
途端に女の子の表情がパッと明るくなる。
やはり食い物は多くの悩みを解決してくれるな。
「あり、が、とう」
たどたどしくお礼を言ってから、女の子は笑顔を見せてくれた。
しかし……この先どうしたものかな。
この子を放置していくのはさすがに気が引けるけど、だからといって俺の仕事場であるダンジョンに連れていくわけにはいかない。いや、竜人族って高い戦闘力を誇っているらしいからもしかすると俺以上に戦えるのかもしれないけど、それもまた憶測の域を出ない。
困っていると、クイクイと服の袖を引っ張られる感覚が。
視線を動かしてみると、そこにはこちらをジッと見つめる竜人族の女の子が。
そして、
「ティノ」
「えっ?」
「ティノっていうの」
どうやら、この子の名前らしい。
「ティノか。いい名前じゃないか」
そう言って頭を撫でると、ティノは嬉しそうに目を細めた――が、一向に袖を放してくれる気配がない。
「あの、ティノ? そろそろ放してくれると――」
「や」
たった一文字で拒否される。
困ったな。
このままじゃ仕事ができない。
とりあえず、今日のところは引き上げて町に戻ろう。
それで何かが解決するわけじゃないけど、このままダンジョンへ連れて行くわけにもいかないし。幸い、まだ貯蓄はあるので急いで仕事をする必要もない。
宿に帰って、この子をどうするか考えなくちゃな。
ダンジョン探索をあきらめ、ギルドにも報告。
すると、ギルドマスターから親のいない子どもたちを世話している教会があると教えてもらった。
さすがに種族が違うのですんなり受け入れてもらえないかもしれないが、話だけでも聞いてもらおうと思う。
ギルドからの帰り道。
すでに夕方となっていたため、どこかの食堂で晩御飯でも食べようかと思っていたら、
「困りましたなぁ……」
「今から修理しても船の出航には間に合いませんぜ」
「明日中なら可能かね?」
「それも難しいでしょうな。あいにくと必要な部品を切らしていて、取り寄せなくちゃいけないんで」
「むぅ、そうか」
馬車の前で老紳士と職人っぽい出で立ちをした中年の男性が険しい顔つきで何やら話し合っている。
恐らく、あの馬車の車輪部分が道端の石に乗り上げたかして破損してしまい、修理をお願いしているようだが……交渉がうまくいっていないらしい。
困り果てている老紳士は、たぶんどこかのお屋敷に仕える執事だろう。汗だくになって職人と交渉している姿を見ていると、何とかしてやりたいと思うようになり、気がつくと話しかけていた。
「あの、よければ俺が見ましょうか?」
「き、君なら修理ができるのか?」
「付与効果スキルで車輪周りを強化してみます」
「ふ、付与効果スキルだって!?」
職人の方は俺のスキルを知っているらしく、声が裏返っていた。
一方、老紳士の方も名前と効果くらいは耳にしていたようで、「お願いできますか?」とすぐに俺へと修理の依頼をする。
「では、ちょっと待っていてください」
俺は壊れた車輪を受け取ると、興味深げにのぞき込んでいるティノをなだめつつ付与効果スキルで修正と強化を同時に行っていく。
時間にしておよそ五分。
折れていた車輪は元通り――いや、以前より強化されて戻ってきた。
「す、素晴らしい!」
老紳士は馬車を見て大興奮。
それにしても、普通の武器や道具にこういった付与効果をつけてより便利な品へと昇華させる――そう考えた時、ふと脳裏をよぎったのは前世の職場でたまにする事務仕事で使っていた商品の数々だった。
ワイヤレスマウス、大容量USBメモリ、多機能キーボード……仕事や日常生活を豊かにするガジェットのような物をこの世界で作れないだろうか。
「……うん。イケるかもしれない」
ようやく、この世界での生き方についてひとつの答えが出た気がした。
もっとも、まだまだよく練らなくちゃいけないけどね。
俺が新しい可能性にワクワクしている頃、老紳士の興奮ぶりはさらに増していた。
「なんとお礼を言ってよいのやら!」
「いやいや、気にしなくていいですよ」
「そんな! ぜひともお礼をさせてください! ……あぁ、その、これからお時間があればの話ですが」
「? どうしたんですか?」
急に態度が変わる老紳士。
理由を尋ねてみると――意外な事実が発覚した。
まず、老紳士はダバラさんという名前で、長らく公爵家であるハドルストン家のご令嬢専属執事として働いているらしい。礼儀正しいし、身なりもきちんとしているからそれなりの仕事をしているんだろうなって予想はしていたが……まさか公爵家のご令嬢専属執事だったとは驚きだ。
さらに驚いたのは彼の目指す場所だった。
この町から南へ少し進んだ先にある港町から船に乗って離島へ向かうらしい。
「離島? 公爵家のお屋敷ではなくてですか?」
「そこにハドルストン家の別荘があるのです」
なるほど。
彼は別荘の管理人も兼ねているのか。
妙に納得した俺だが、どうも事情はちょっと異なるっぽい。
「お屋敷ではハドルストン家の次女であるエミリー様が住んでおられるのです」
「えっ? お嬢様が? もしかして、ダバラさんが仕えているのは……」
「そのエミリー・ハドルストン様なのです」
マジか。
まさか公爵家に仕える執事だったとは。
しかし気になるのは公爵家のお屋敷から遠く離れた小島で暮らしているというエミリー様のことだ。
ダバラさんは俺をその離島へ招待したいということだったが、場所が場所だけに「ぜひ」と誘いづらかったのだろう。
……でも、俺としてはなんかちょっと興味湧いてきたな。
離島暮らしって昔から憧れていたし、どんなところか一度見てみたくなった。
なので、
「ダバラさん、俺をその離島へ案内してください」
「えっ? よろしいのですか?」
「冒険者として、そんな魅力的な場所を訪れないわけにはいきませんからね」
「おぉ、なんと頼もしいお言葉! では、私は馬と御者を再度調達してまいりますので、しばしこちらでお待ちください」
こうして、俺は公爵家のお嬢様が暮らすという離島へとわたることになった――のだが、その前にひとつ確認をしておこう。
「そういうわけだから、俺はこれから離島へ向かうわけだけど……君も来るか?」
「っ!?」
ずっと俺の足に張りついていたティノに尋ねると、彼女は何度も首を縦に激しく振って「ついていく」と意思表示。
これは賑やかな旅路になりそうだ。
――それはそうと、俺がいなくなってから緋色の牙【スカーレット・ファング】はどうなったかな。
なんか、業績が落ち込んでいるという話は所々で耳にするけど、最近はそんな話題すら出なくなっている。
新しい付与効果スキルを持った職人を雇えたのだろうか。
まあ、今となってはどうでもいいことだけど。
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