付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一

第1話 解き放たれた社畜(?)職人

 傭兵派遣商会――緋色の牙【スカーレット・ファング】――ここが俺の職場だ。

 ただし、兵士としてではなく、兵士たちが使う武器を製造する工房の職人として日夜汗を流している。一般的に言う鍛冶職人ってヤツだ。


 一応職人と名乗ってはいるものの、工房での俺の仕事は完成した武器へ付与効果をつける仕上げの工程がメインであった。自分で武器やアイテムを作れなくもないが、十年前に前任者が退職したのをきっかけに、唯一その力がある俺に役目が回ってきたのだ。


「ジャック! この盾に耐火効果をつけてくれ!」

「それが終わったらこっちの剣も頼む! 水魔法効果だ!」

「了解だ」


 職人たちから俺のもとへ次々と完成した武器や防具が運ばれてくる。このまま使用すれば何の効果もないが、俺の持つ効果付与のスキルが加わることで生まれ変わるのだ。

 ここ数年は完全に物づくりから離れ、この仕事に専念している。

 あとはたまに付与効果をいかに効率よく使えるのか、戦闘部門が抱えている作戦の内容に応じてそれを説明し、攻略プランを練ったりもする。戦術指南みたいなもんだな。

 そういった仕事も嫌いじゃないが、本当はもっといろんな物を作りたいし、戦闘特化以外の効果付与についてじっくり調べたいと考えていた――が、工房には緋色のスカーレット・ファングが課したとんでもない量のノルマがある。


 これが多くの職人たちを苦しめていた。


 同じ工房で働く職人の中には、もともと武器づくりが専門じゃない者もいる。だが、悪質な詐欺に引っかかったり同業者との競争に敗れて職を失った、いわゆる訳ありの職人たちを安月給で雇い、こき使っていたのだ。


 実を言うと、俺もそういった境遇を経てこの工房に雇われている。

 もともとは故郷にある農村で工房を開いていた。

 俺は付与効果というレアなスキルを授かっていたらしく、農作業で使う道具に便利な付与効果を与えていた。

 その噂を聞きつけた緋色のスカーレット・ファングにスカウトされ、ここへやってきたのだが……俺はすぐにこのブラックすぎる環境を目の当たりにして後悔した。帰ろうと思いつつも、故郷の人たちには「必ず大成して戻ってくる」と大見得を切ってしまったし、なかなか帰りづらいんだよなぁと思っているうちに十年以上の年月が流れていたのである。


 ここには俺と同じように商会の甘言に騙されてきた職人も少なくない。

 彼らは悪い人間じゃない。

 十年近く同じ職場で働いてきたのだから、それがよく分かる。

 いつかここを出て独立し、自分の工房を持ちたいと語り合っていた。


 そんな劣悪な職場環境の工房だが、最近になって大きな動きがあった。

 一代で緋色のスカーレット・ファングを大陸でも屈指の大商会に育てあげた代表が病で亡くなったのだ。

 あまり故人を悪く言いたくはないのだが、この代表というのが本当に悪党だった。工房で働く職人の中には彼に人生を狂わされたという者も少なくはなく、亡くなったと聞いた時は一部で歓声があがるほどだった。


 これで少しは労働環境がマシになるだろうと安堵していたら、あとを継いだ息子のアロンはもっとひどかった。

 自身は王立学園を卒業したばかりの十八歳。

 ……表向きは卒業って扱いになっているけど、実際は退学に等しいというのがもっぱらの噂であった。本来の成績なら留年しなくてはいけないのだが、学園側がこれ以上問題児を置いておけないと無理やり卒業させたのである。

 まあ、学園内で相当トラブルを起こしたらしいから仕方がないな。


 ただ、厄介なのはそんなロクデナシがほとんど経験もなく代表の職に就いたことだった。

 本来ならばあり得ない話なのだが、すべてはヤツの取り巻きが仕組んでおり、アロンにゴマをすって甘い蜜をすすろうという魂胆だ。

 あまりにも見え見えな態度なのだが、甘やかされて育った世間知らずのアロンはそれに気がつかず、新たな代表としてふんぞり返っていた。


「ふぅ……そろそろ頃合いかもなぁ」


 付与スキルを発動しつつ、呟いた。

 頃合いというのは、もちろん転職についてだ。

 故郷には戻れないので、どこか別の職場に就職することになるのだろうが……それよりもまずは少しこの世界をじっくり見て回りたいと思っていた。


 ――実は、一ヵ月ほど前に古い倉庫が崩落し、中で作業をしていた俺はそれに巻き込まれてしまった。

 このまま押しつぶされたら確実に死ぬ。

 そう思った直後、突然回りがスローモーションになった。

 ゆっくりと流れる時間の中で、俺の頭に浮かび上がったのは――前世の記憶だった。

 日本という小さな島国で今と同じように工場で物づくりに励んでいた俺だが、それは俺の理想とする物づくりからはかけ離れたものだった。


 いわゆる大量生産を目的とした工場でのライン作業。

 そこに作り手の工夫や思い入れはない。

 求められるのはノルマと売り上げ。

 毎日絶望しながら出勤&退勤を繰り返し、やがて意識を失った。


 たぶん、その時に俺は死んだのだろう。何歳で死んだのかは覚えていないけど、今よりずっと年上だったな。不摂生に運動不足。高血圧に糖尿病予備軍……まあ、どのみち長生きはできそうになかったか。


 ともかく、最悪すぎる前世の記憶がよみがえった時、俺は今の自分が置かれている環境を思い返してゾッとした――前世とまったく同じ道をたどろうとしているじゃないか、て。


 だから転職を考えたのだが……これがなかなかうまくいかない。

 俺たちの働いている工房の周辺は高い壁で囲まれていて、おまけに見張りの兵士まで配置している。代表の許可なく外にでることは許されない、まさに監獄のような場所であった。

 おまけに俺の場合は付与効果スキルという他の職人にはないものがあるので、まず間違いなくここから出してはもらえない。

 けど、このままここで死ぬまで働くなんて御免だ。

 せっかく憧れていたファンタジー世界にいるんだから、もっとこの力を有効に発揮できる場所へいきたい。その想いは日に日に強まっていった。


 なんとか絶望の未来を塗り替えたくていろいろと策を練っていたのだが、


「おい! ジャック・スティアーズってヤツはいるか!」


 突然工房に入ってきた大柄の偉丈夫が俺の名前を叫ぶ。 

 恐らく、彼は商会に所属する傭兵だろう。俺が炎属性の魔法と同じ効果を発揮するよう付与効果を与えた斧を背負っているので間違いない。

 やがて職人たちの視線が俺へとむけられる。

 それを見た男はこちらへ大股で近づいてきた。


「おまえがジャック・スティアーズだな。アロン代表が呼んでいる。さっさとこい」

「は、はあ」


 アロン代表が名指しで俺を呼びだし?

 これまで一度もそんなことはなかったし、そもそも俺という存在を認識していたかどうかも怪しい。

 とにかく話を聞こうと作業を中断し、すぐ隣にある商会事務所へと足を運んだ。

 そもそも最近はこっちの事務所に来ること自体少ないんだよなぁ。

 確か、先代は二階の角部屋を執務室として使っていたので、恐らくそこにアロン代表もいるだろう。

 俺の読みは的中。大男が案内したのは読み通り二階の角部屋だった。

 ここに来るのはいつ以来か……大男はここでお役御免らしく、「確かに伝えたからな」とだけ告げて去っていく。今の代表には会いたくないみたいだ。

 気を取り直し、俺はノックをして返事を待ってから室内へ。


「おまえがジャック・スティアーズだな?」


 今年で十八歳になる若いアロン代表は椅子に深く腰掛け、足を執務机の上に放りだすという行儀の悪いスタイルで俺を出迎えた。

 いきなり強烈な先制パンチを食らった俺に対し、若き新代表は何やら一枚の書類を見つめながら話し始める。


「あんたもう十年以上うちの工房で働いているみたいだが、まったくもって生産ノルマをクリアできていないな」

「えっ?」


 思わず耳を疑った。

 今の俺の仕事は完成した品にスキルの力で付与効果を授けることに限定されている。それは他に同じスキルを持った者がいないため、やむなく物づくりを中断してやっているにすぎないのだ。

 俺としては職人として直接物づくりに携わりたいという意向を先代の代表が存命の頃から商会に訴え、人員の補充もお願いしてきた。しかし、商会側はまったく取り合ってくれず、おまえができるならやれというスタンスを貫いてきた。


 それがここにきて、生産ノルマを達成していないと非難されるとは……急死で引継ぎが十分行われなかったとはいえ、商会側は工房の現実を誰も把握していなかったというのか?


 呆れている俺を尻目に、アロン代表はさらに続ける。


「うちは近いうちに大々的な組織改革をしようと計画していてな。この際、商会内の不安要素を徹底的に洗いだし、今後の経営戦力を見直すつもりだ」

「な、なるほど」

「……察しが悪いな」


 アロン代表は俺のリアクションに不満らしい。

 察しが悪いって……どういうことだよ。


「単刀直入に言えば――生産ノルマをまったくクリアできない役立たずのおまえをクビにすると言っているんだ」

「えぇっ!?」


 いきなりの、そしてあまりにも解雇通告に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。

 

「分かったのならさっさと荷物をまとめて出ていけ」

「ま、待ってください! 俺が生産ノルマを達成できなかったのは――」

「言い訳は聞かねぇ!」

「違います! 言い訳じゃなくて、付与効果のない武器では作戦成功率に大きな誤差が生じてしまいますよ!」

「自惚れるな! おまえみたいな三流の無駄飯食らいがひとりいなくなったくらいでどうこうなるほどヤワじゃねぇんだよ!」

「おい! 誰かいないか! この能無しをつまみ出せ!」


 そう怒鳴ると、扉を開けて次々と大男たちが部屋へと入ってくる。そして俺を抱え上げるとそのまま商会の敷地から俺を放り投げた。


「いってぇ……」

「ふん。とっとと失せな」


 商会に雇われている傭兵たちは見下すように薄ら笑いを浮かべながら戻っていく。

 今の俺は悔しい――という気持ちより、嬉しさの方が勝っていた。

 これまで何かと理由をつけてはやめさせてもらえず、まるで監獄のようだった工房から解き放たれたのだ。


 アロン代表が俺の付与効果スキルについて何も知らなかったのが幸いしたな。

 冷静に考えたら、あんな親切に俺のスキルを説明してやる必要なかったんだよな。今の俺にとって、クビとはつまり自由の身にしてやるという天使の囁きに等しいのだから。

 とにかく、ヤツの気が変わらないうちにどこか遠くの町へ逃げよう。

 浮かれているところを見られると怪しまれるから、なるべく落ち込んでいるように見せなくちゃな。


 さて、これからどうしようかな。

 とりあえず、旅の資金を稼ぐ策を考えなくちゃいけないか。


 ……なんか、めちゃくちゃ楽しくなってきたな!



 それから俺は一ヵ月ほど各地を転々としながらこの世界での生活を満喫する。

 その間、何やら商会がヤバいって話を風の噂で耳にしたが、今となってはどうでもいい。俺の知ったことではない。向こうが追いだしたわけだしね。


 あのロクデナシ代表のためじゃなく、自分のためだけにスキルを使えるという幸せを噛み締めていたのだが――そんな時、ある出会いが訪れ、俺の生活は大きな岐路を迎えるのだった。






※このあと5話投稿予定!

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