第5話 求めていた世界

(勢いのままに飛び出したは良いもののどうする!?)


 まずは男を女の子から引きがそう。そう決めた俺は呆気あっけにとられて固まっている男の顔面目掛けて、ドロップキックをお見舞いした。


 男は盛大に音を立てて吹っ飛んだ。背中には初期装備である【ロングソード】を背負っているが、相手の実力も分からないし、何より生きている?NPCを殺すことなど今の俺には出来なかった。


「逃げるぞ!」


 そう叫び、女の子をお姫様抱っこして出口に向かう。あいつは服も着てないし追いかけてくるまでに時間がかかるはず。流石に人通りの多い場所まで行けば、あの男も手出しは出来ないだろう。

 後ろから怒鳴り声が聞こえてきたが無視して走り続け、何とか大通りまで辿たどり着くことが出来た。


「ふう、何とか逃げ切れたか」


 一安心していると、周りから視線を感じた。周囲を見渡すと、異常者でも見るような視線が俺に突き刺さっていた。


 それもそうだ。何も知らない人から見れば、今の俺は下着姿の女の子を抱き抱えながら急に飛び出してきた不審者でしかない。しかも女の子は号泣して目が真っ赤っ赤。


 通報されないために、とりあえず女の子を近くのベンチに下ろし上着を渡す。女の子の背丈は俺の肩より下ぐらい。膝上くらいまでは隠せるし、一旦はこれで大丈夫だろう。


 女の子はしばらく泣き続けていたが、次第に落ち着いて話せる程度には回復した。


「冒険者のお方、この度は本当にありがとうございました。」


 そう言って女の子は頭を下げた。


「いやいや、そんな大層たいそうなことはしてないよ」


 少し罪悪感にさいなまれながら言葉を返す。


「いえ、このご恩は決して忘れません。名乗るのが遅れましたが、アリスと申します」


 そういえば名前を知らなかったなと、今頃になって気付く。


「良い名前だね、どこかの国のお姫様みたいだ。俺はカズト、アリスはこの後どうする? 家に帰る?」


軽口を叩いたが、アリスは本当にどこかの国のお姫様みたいだった。腰まで伸びる濁り一つない綺麗な金色の髪、大きな薄い青色の瞳を見つめていると今にも吸い込まれそうになる。


「そうですね、そうしたいと思っています。お礼をしたいのでカズトさんも良ければご一緒に」


 良ければ、なんて言ってはいるが断ることは出来なさそうな雰囲気だ。だが俺としては最低な理由で助けるのが遅れた手前、中々気乗りはしなかった。


「断ったらどうなるの?」


 そう返した途端とたん、アリスの大きな目に涙がまり始める。そんな表情をされては断れるはずがない。


「ごめんごめん。一緒に行こう」


 そう告げると、アリスは満面の笑みを浮かべた。俺はアリスの後ろについて、アリスの家に向かうことにした。



──それにしても本当に人間みたいだな。アリスと話しているとNPCと話していることを忘れそうになる。これが国家の力なのか? 今までのゲームのような俺というプレイヤーがいる前提で進む世界ではない。


 この世界は俺抜きでも回っている。俺があそこで何もしていなければアリスは恐らく殺されていただろう。その事実に背筋が凍る。


 他のNPCもそうなのだろう。一人一人に人生があり、感情がある。それはとてつもなく恐ろしいことだった。今まではどうせたかがNPCだと考えて、自分の利益だけを優先していた。今それをしてしまうと、俺の行動のせいで人間が死んでしまう可能性がある。


 だが、それは同時に俺自身が強く求めていた世界でもある。幼い頃に憧れた物語の英雄達。その英雄達は世界のため、人々のために命を懸け、強大な敵に立ち向かい世界を救った。


 NPCのために命を懸けるなんて芸当は、今までの俺では不可能だった。自分が死んでデスペナルティを負うぐらいならNPCを代わりに差し出していた。今思い返すと、英雄に憧れているなんて口が裂けても言えないなと自嘲気味じちょうぎみに笑う。


 でも、この世界なら。人間と同じ感情を持ったアリスのような人々を救うためなら、俺は喜んで命を懸けることが出来る。本心でそう思えた。

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