第40話 エイデンの秘密

 

 あの教科書事件から一週間近く経ち、クラスも落ち着きを取り戻してきていた。


 事件の後、平民生徒側の独善的な言い分にアネットは相当腹を立てたらしく、その酷い会話の内容をクラスメイト達に言って聞かせてはカッカしていた。

 逆にマリーとエミリアは、あれだけの悪意のある言葉を受けてやや参ってしまったらしい。元気のない様子が何日か続いていたけれど、それも落ち着いてやっといつもの日常になりつつある。

 けれど、犯人は未だに見つかっていない。


 とりあえずジュリアには新しい教科書とノートが支給され、過去の授業内容は私達クラスメイトの物を借りながら少しずつ書き写しているため、そこまで授業に支障はないはずだ。




「そういえばライラって今日俺の所に来る日だっけ?」


 放課後、帰り支度をしていたエイデンが軽い調子で私に声を掛けてきた。


「俺の所というか、風の精霊殿にね」

「だよね。じゃあ一緒に帰ろう」


 風と火の精霊殿巡拝の日は、エイデンやディノにこうして送ってもらうことが多い。巡拝の日は家の馬車が迎えに来ずに、学園所有のものを借りることになっている。けれどいつもこうして声をかけてもらえるので、お言葉に甘えさせてもらっている。


 早速エイデンと一緒に馬車に乗り込み、他愛のない話をしながらジルフィード邸へと向かった。



 私達は敷地内の風の精霊殿へと入り、祭壇の間で一時間ほど儀式を執り行う。

 やがて錫杖の音が聞こえ、ゆっくりと頭を上げた。多少の疲れはあるものの、慣れた今では激しい体力の消耗はない。


 立ち上がって大霊石に感謝の祈りを捧げ、静かに祭壇を降りた。

 すべての儀式を終わらせて副守護司と殿官に挨拶をしていると、一緒に参列していたエイデンが少し神妙な顔をして話しかけてきた。



「お疲れー。あのさ、ちょっと時間いい?」

「うん……?」


 何やらここでは話しにくいということで別室に案内される。殿官に許可なく入らないよう指示していたので、あまり他人に聞かれたくない話らしい。


「どうしたの?」


 椅子にも座らず、閉めたドアにもたれてエイデンが考え込んでいる。


「どう話したらいいかな……そうだ、最近学校が変じゃないか?」


 質問の唐突さに、一体何を言おうとしているのかさっぱり予想がつかない。


「変……と言われれば大分変ね。ジュリアの教科書事件なんて事もあったし、なぜか私の変な噂が流れてが犯人扱いされるし」

「それ」


 エイデンがパッと顔を上げて言った。


「実は俺、あの事件は最初にジュリアを疑ってさ」

「えぇ!?」


 私は驚いて思わず大きな声を上げてしまった。


「何を言っているの、まさかあれをジュリア自身がやったとでも? あんなに顔を青ざめさせていたのに、そんなことあるわけないじゃない!」

「だ、だから最初はって言ったじゃん! 怒るなよ」

「怒ってない、驚いたの! で何が言いたいの?」


 エイデンは気を取り直したようにまた静かに話し始めた。


「最初は俺、ライラの悪評を広めたのはジュリアじゃないかと疑ったんだ。ライラは理解できないと思うかもしれないけど、実は俺、小さい頃に人を信じて傷付いたことがあってさ」


 そう言って下を向くエイデンを見てハッとした。

 もしかしてゲーム内で好感度MAXになると話してくれる、エイデンのトラウマの事だろうか?

まさかこんなところで話が出てくると思わず言葉に詰まる。



 たしかゲーム内の彼の話によれば、幼い頃に実母を亡くしジルフィード家には後妻が入っている。しかし後妻は先妻の子供であるエイデンに関心を示すことがなかったらしい。

 そんな幼少期を過ごすうちに、愛情に飢えたエイデンは自分の世話をしてくれる侍女を好きになった。母親の影を求めたのか、それとも初恋だったのか、それは曖昧だったとゲームでは語っていた。

 いつも側にいたくて、くっついて歩いていたその大好きな侍女は、陰でエイデンの愚痴や悪口を言い触らしていたらしい。

 ある日それを聞いてしまった彼は、人には本音や裏があるということを初めて知ることになった。でもそれを受け止めるにはまだ幼過ぎて、強い人間不信に陥ったという。


 それでも人恋しさに、寂しさを紛らわすために手当たり次第色々な人に声をかける癖がついた。自分の心は閉ざしたまま表面だけの軽い付き合いを求め、特にそれは女性に対して顕著だったという。



 しかし現実のエイデンは、ゲームと違ってナンパ師でもなければ心を閉ざしている様子もない。だから普段の彼を見ていると、そんな背景があったことを忘れがちになっていた。



「まあ簡単に言うと、信頼していた人に裏切られたって話なんだけど。他人の本心なんて覗いてみなければわからない、そんな感じで結構な人間不信になったことがあってさ」


 遊ばせている足元を見ながらエイデンが続ける。


「ジュリアがいい子だっていうのはわかってる。でも本心なんて誰にもわからないし、いつどこで悪意が芽生えるかもわからない。ライラのわけがない、マリーでもない、ずっと一緒にいたクラスメイト達でもない、元々平民生徒と交流なんてないと考えたら、怪しい立場として浮かんだのがジュリアだったんだ」


 彼は彼なりに一生懸命考えていてくれたらしい。驚きすぎて詰問するような形になって申し訳ない。


「そうなのね……、色々考えていてくれたのに強く言ってしまってごめんなさい。でもその考えが変わったのには何か理由があったの?」

「そう、それがライラに伝えたい事だったんだ。ちょっとだけさっきの俺の昔話に戻るけど、なんで俺が信頼していた人に裏切られたと知ったのかというと、魔法を使ったからなんだよね」

「魔法……?」


 いきなり知らない情報を盛り込まれて戸惑った。たしかゲームのエイデンはそんな話をしていなかったはずだ。


「そう。守護司の家は他の貴族より精霊学に関わる時期が早いけれど、俺はそれよりももっと昔から、誰にも教わらずに一つの魔法だけは使えたんだ。風の力を使って遠くにいる人の声を聞く、『盗聴』というものだんだけど」

「とうちょう……」


 一瞬、彼が何を言っているのか理解ができなかった。この世界と盗聴という言葉がミスマッチすぎて、耳に馴染まなかったのだ。

 盗聴といったら、よく報道特集なんかで見た、電源タップに仕込まれているとかいうアレを思い出す。それと同じと考えていいのだろうか。


「えーと、それってつまり、盗み聞きをするって話?」

「……まあ、平たく言うとそう。要は、自分が信頼していた人が話していた陰口を、こっそり遠くから聞いちゃったんだよね。あ、言っておくけど今はしてないから! 当時は幼かったからよくわからず使っていただけで」


 そう慌てたようにエイデンが説明する。

 確かに、ゲームをしていた頃から彼の話に少し引っかかりはあったのだ。どこでその悪口を聞いたのかと。いくら幼い子供相手とはいえ、使用人が本人の耳に入る恐れのある場所では話さないだろうし、こっそり後を付いていった先で偶然耳にしたのだろうかと、勝手に脳内補完をしていた。

 なるほど、そういうことだったのか。


「それで話は戻るんだけど、自分が抱いた疑いにケリをつけたくてジュリアをその……盗聴しようとしたんだ。そうしたらすでに先約がいた」

「先約?」

「俺より先に、ジュリアを盗聴している奴がいたんだよ」

「本当に……?」


 エイデンが嘘をつく理由がない。なぜそれがわかったのかを訊ねた。


「魔法と魔法は干渉しあうというのは知っているよね。わかりやすく例えると、魔法で火を出現させたらそれを水魔法で対抗することが出来る」

 私はうんうんと頷く。魔法といえども発現されたものは物理と同じ働きをするので難しくはない。


「もしくは火に火、火に風といった魔法を加えたら勢いを強くさせるとか。それと同じように相手が盗聴魔法を使っていたところにこちらも魔法を仕掛けると、お互いの魔法がぶつかるんだ。そして発現者はそれを感知できる」

「ということはジュリアを盗聴していた人もエイデンの盗聴に気付いたと考えていいのね?」


 嫌な予感がしてエイデンに確認する。


「どうだろう、飛ばしてすぐに相手の魔法を察知して、すぐに手を引いたから気付いていないかもしれない。でもこれによってジュリアが犯人の可能性はないと確信したんだ。あくまで彼女は誰かに狙われている側だと」


 そこでエイデンは一息ついて言葉を緩めた。


「一体誰が何の目的でそんなことをしているのかわからないけれど、犯人と疑われたライラには知らせておいた方がいいと思ってさ」


 迷うような複雑な表情を浮かべながら、そう話してくれた。


 エイデンにしてみれば、本当は自分が盗聴をしていたことなど知られたくなかったのかもしれない。それでもこうして私を心配して伝えてくれたことに感謝した。


「ジュリア一人だけが狙われているのかまだはっきりしないから、ライラも警戒した方がいいよ。ある意味騒動の中心にいたわけだし、何が目的かもわからないから、念のため普段から発言には気をつけたほうがいいと思う」

「そうね。……エイデン、そんな大事なことを私に教えてくれてありがとう」


 私は深々と頭を下げてお礼を言った。


「ちょっと、そんなにかしこまってライラらしくないなぁ。あ、そうだ。このことは皆に内緒にしておいて! 特にマリーには知られたくない」


 私は頷いて約束をすると、エイデンはほっと安堵した表情をみせた。



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