第32話 二年目の精霊祭


 私達にとって二年目となる今年の精霊祭も、気持ちの良いほどの晴天で迎えることが出来た。

 青空の下で響くファンファーレに沸き、庭園広場で音楽と平民生徒による催し物が開かれる。


 昨年と違うのは、それを見て回っている私とマリーの間にジュリアがいることだ。三人で賑やかな広場を巡っている。


「すごい、音楽も劇もすごく本格的。町のお祭りとは全然違う」


 目を輝かせてジュリアが目移りするように見渡す。

 たしかにここは豪華な楽器隊が控えているし、広場で行われている舞踊劇は迫力があって見ごたえがある。しかも貴族平民関係なく、全校生徒が広場で入り乱れて賑わうのはこの時くらいで、色々と圧倒されてしまう。


「地元の精霊祭はこういう感じではなかったの?」

「うーん、もっとこじんまりしているというか、全然違うというか。地元の精霊祭は、地域の学校を中心に町全体で行うといった感じなの。校庭にいくつか露店を並べて、中央に設置した高台で舞をしたりとか、その程度」


 話に耳を傾けていたら、なぜだか日本の夏祭りが思い浮かんでしまった。頭の中で町内会の盆踊りを想像しているけれど、イメージが間違っている自覚はある。




 平民生徒の出し物を一通り見てまわると、間もなく講堂で儀式が行われる時間になった。

 昨年は見ているだけだった舞だけれど、今年は私達のクラス男子四人が担う。


 全校生徒が講堂に入り、聖女候補生の私達三人が最前列の中央に並んで席に座った。


「ねぇ、エイデンはしっかりとやれるかしら?」


 始まりを待つ間、こそこそと小さな声でマリーに話しかけた。ディノは雑なように見えて案外隙のない男だから心配はしていないけれど、エイデンは正直不安だ。すぐに弱音を吐くし練習を嫌がる様子を見せていたから、どの程度まで仕上がったのか気になっていた。


「きっと大丈夫よ。彼だってみっともない姿を皆に見せたくたくないでしょうし」


 そう言って信頼しているように穏やかな笑顔で答えてくれた。確かに、マリーが言うと説得力がある。


「本物の守護貴族様の剣舞がこんなに間近で見られるなんて、なんだかドキドキしてきた……」


 厳かな空気に呑まれたのか、ジュリアが緊張した面持ちでそう呟く。私も頷くと、まもなくして儀式の幕が開けた。


 

 大きな太鼓のリズムが耳に震える。

 炎と風の剣が力強くしなやかに混じり合い、躍動感溢れた剣舞が目の前で繰り広げられる。


『勝利と豊穣の祝舞』

 昨年は水の剣士役をユウリがやっていたものだ。そして今年は火の剣士役をディノが、風の剣士役をエイデンが担当している。


 初めは静かな個々の剣技から始まり、次第に剣を交える剣戟風の舞へと移行していく。そして終盤には炎と風、土と水の力が絡み合い、大きなうねりとなって場を圧倒した。

 あまりの迫力に目が釘付けになる。


 特に守護貴族であるディノとエイデンの剣舞は段違いに力強く、そしてあまりに飛びぬけた格好良さと眩しさに、そういえば彼らはゲームのメインを張るキャラクターでもあったんだと改めて見直してしまった。

 最近は忘れがちになっていたけれど、思えば数多の乙女が夢中になるキャラクターとして存在していた彼らだ。間違っても悪役令嬢キャラの私に心配されるような人たちではなかった。

 エイデンに、ナメててゴメンと心の中で謝っておく。


 やがて剣舞が静まり、豊穣を祝う聖女の舞が始まった。動から静へ、剛から柔へと移るように、先程までの激しさとは打って変わって穏やかで安らぎのある空間へと舞台が変化した。私達が作った造花や作物が入った籠を持ち、軽やかに舞い踊る聖女役は三年生が担当だ。


 そして来年のこの日、私達三人のうちの誰かがあの場所で舞いを披露することになる。おそらくこの場にいる私だけが、踊っている彼女を複雑な気持ちで眺めていた。





 儀式が終わり、豊穣を祝う立食パーティの時間となった。

 昨年と同様に貴族生徒は屋内の食堂へ、平民生徒は屋外へと分かれる。



 ここで、一度ゲーム本編のことを振り返ることにする。ある意味、ここからがジュリアにとって『最初の大イベント』にあたるからだ。


 まずヒロインはクラスメイトと別れ、平民として屋外へ出ることになる。そこでキャラクター選択画面が現れ、好感度を上げたいキャラクターを選ぶ。

 すると、選択したキャラクターは屋外にいるヒロインを見つけ、合図を送っていつものテラスで落ち合うのだ。


 ここで二回目の選択肢が現れる。選んだキャラの好みの食べ物を探し、正解するとさらに好感度ボーナスが加算されてイベント会話が始まるという内容だ。

 そこで描かれる、キャラクターと一緒に食事をする絵はどれもほっこりとしたもので、貰えるスチルもどれも良くて人気の高いものだった。

 

 ただしこれには失敗パターンも存在する。条件の好感度を満たしていないキャラを選択してしまう、もしくはライラの妨害が入ると、選択キャラと落ち合うことが出来ずに一人でテラスに向かうことになってしまうのだ。

 その場合はマルクス先生とお助けキャラのマリーが現れて、三人で一緒に過ごすことになる。


 一応失敗というていであるためスチルは用意されていないけれど、隠し攻略キャラであるマルクス先生の好感度は裏でしっかりと上がるため、先生狙いの場合はあえて外した選択をすることが定石となっていた。



 そして現実に思考を戻す。ゲームと同じようにジュリアは平民であるが故にこちらで食事をすることが許されず外に移動することになってしまった。


 実は精霊祭が行われる前に、私はマルクス先生に今回の立食パーティについて相談をしたことがあった。

 そもそもそれ以前から、ジュリアが貴族の食堂を使えない件も相談していたのだけれど、その時には改善は難しいとの答えが返ってきた。

 というのも先生自身もジュリアの扱いを問題視していたらしく、早い段階で学園長に申し入れをしていたらしい。

 けれど、ジュリアを含む平民生徒は全ての費用が無償で提供されていること、それらは宮廷からの運営費と貴族からの多額の寄付で賄われていることから、無償で通う平民に貴族生徒と同じ待遇にするわけにはいかないとの言葉を貰ったそうだ。

 そのかわり平民棟の食堂は使ってもいいことになっているのだからそれで問題はないということらしい。

 

 というわけで、ジュリアがこちらで一緒に食事をすることは叶わなかった。



 そんなもやもやを抱えて皆と食事をしていたところ、後ろから甲高いざわめきが聞こえた。

 驚いてそちらに目を向けると、どうやらディノとエイデンが一年生のエリアに顔を出していたらしい。二人がカトルと話しているそばで、周りにいる女子生徒たちは二人に目が釘付けになっている。


 そりゃあね。あれだけ派手な姿を見せつけられたらそうなるのも仕方がない。

 去年はうちの女子達もユウリに目が釘付けだったな、なんて思い出していると、その本人の声が聞こえた。


「ごきげんよう、ルーク。ディノとエイデンは?」


 去年と同じようにルーク様に挨拶に来たらしく、二年生エリアを見渡してそう尋ねていた。私も含め周囲にいたクラスメイト達が気付いて挨拶をする。


「ああ、カトルのところに行っている。何か話したいことでもあるんだろう」


 そしてルーク様と二言三言言葉を交わすと、今度は私が声をかけられた。


「ライラ嬢も久しぶりだね。なかなか機会がなくて挨拶程度しかできなかったけれど、近頃はジュリアからも色々話を聞いているよ」


 ん? ユウリの口からジュリアの名前が出て一瞬思考が止まる。


「話は聞いてないかな? 君と同じように図書室で偶然出会ってね、面白い子で最近はよく会って話をしているんだ」


 なんと。ユウリといつ出会うのか気にはなっていたけれど、すでに出会いイベントは起きていたらしい。


「なんだ、ユウリもジュリアの知り合いなのか」

「結構前に図書室で会ったんだ。それから彼女がよく顔を見せるようになって、今は親しくしているよ」


 ユウリはそう話しながら、ジュリアがここにいないことには触れなかった。この学園での彼女の扱いを把握しているのだろう。

 その後しばらく私達と話をしてから、再び三年生のエリアへと戻っていった。



 少しだけ飲食をして、私はマリーと一緒に庭園の見える窓辺へと向かった。

 ジュリアが今どうしているのか気になって、外を見渡してみる。


「ジュリアはどこにいるのかしら」


 マリーも心配した様子でそう呟いた。私も同じように彼女の姿を探したけれど、人の往来が多くてなかなか見つけられない。

 そうして二人で目を凝らして遠くに目を向けていると、目の前の窓がコツコツと音を立てたのに気付いた。


「ぅえ? ジュリア!?」

 驚きすぎて変な声が出てしまった。彼女は校舎の壁に身を隠して、指で窓を叩いていたのだ。遠くを気にしすぎていたせいで全く気付かなかった。


 彼女は唇に人差し指を立て、口を噤むジェスチャーをするとそのまま建物の奥を指した。そして一音一音ゆっくりと『テ ラ ス』と口を動かしたのが分かった。


 テラス。まさかこのイベントで私が誘われた?

 頷いて理解したことを示すと、マリーと一緒にこっそりと食堂を出た。

 

 誰もいないひっそりとした廊下からテラスに出ると、テーブルの上に食べ物を並べているジュリアが待っていた。


「気付いてくれてよかった。せっかく屋台の食べ物をここに持ってきたのに気付かれなかったらどうしようかと思っちゃった」

「呼ぶのは私たちで良かったの?」


 ゲームイベントが頭にあったから、うっかりそう言ってしまった。でもすぐに、せっかくの好意に対して失礼だったと思い慌てる。


「どうして? 私、最初からライラとマリーに来てもらおうとして様子を窺っていたのよ。窓に近付いて虎視眈々と」


 その言い方に、さっき窓越しに見た壁に張り付くジュリアを思い出して、可笑しくなって笑ってしまった。私の言葉は特に気にした様子もなく少しほっとする。


「さっき庭園広場を見てまわっている時に、屋台の話がでたでしょう? ライラがガーデンパーティの食べ物に興味があるみたいだったから、是非食べてもらおうと思って持ってきちゃったの」


 そういえばさっきそんな話をしていたような気がする。どうしても昨年見たフランクフルトや焼きとうもろこしが恋しくて、未練たらしく話したかもしれない。


「ありがとう、ジュリア! 懐か……初めてだわ、こんな食べ物。温かいうちに一緒に食べましょう」


 三人でテーブルを囲んで大きなソーセージと焼きトウモロコシ、それからクレープのようなものを口にする。

 この、何ともいえないシンプルな食事。


 素朴な味わいに、再び日本の夏を思い出した。





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