二年生編

第24話 ゲームスタート


 四月一日。

 新年度が始まり、今日から新入生を迎えてまた一年間が始まる。よく晴れた青空が、気持ちよく生徒達を迎え入れてくれるようだ。



 そしてそんな天候とは裏腹に、私の心の中は穏やかではない暗雲が漂っている。


 二年生初日の今日、いつもより早い時間に登校した私は、校舎へと向かわずに庭園の植木の方へ歩いていった。


 身を隠せる丁度いいサイズの植木はないかと探しているものの、意外と高さが無くて体を潜ませるには少し足りない。

 もう少し離れた場所に、横幅は無いけれど背の高い植木があったので、一度そこに身を寄せてみることにした。


 ここならそれほど目立たず噴水を見られるだろうか。あちらから視界に入らないよう微調整をしながら、丁度良い位置だと思われる場所に身を潜めた。


 昨日の夜はあまり眠れなかったにも関わらず、私の頭は冴えきっている。 

 本当にヒロインが現れるのか、ゲームと同じ展開が始まるのだろうかと、ずっとソワソワして仕方がなかったのだ。

 それを確かめるために、私はいつもより早く家を出てこうして張り込みをしている。



 しばらくそうして待っていると、登校する生徒たちがパラパラと増えてきた。

 その中にはルーク様の姿も見られた。けれどいつも登校されている時間よりかなり早い。


 そしてしばらくたった後にユウリ、そしてディノと続いたところで、フラフラとあちこち歩き回る金色の髪の少女が目に入った。



(ヒロインだ!)

 

 私は身をさらに小さくして彼女を目で追った。ゲームと同じように庭園内をのんびり歩き、近くの花を見たり剪定された植木を眺めたりしている。

 そして中央の噴水の前に立ったのを見届けた時。



「ライラ、そんな所で何をやってんの?」


 聞き馴染んだ声に振り向くと、不思議そうな顔をしたエイデンが後ろにいた。


「エ、エイデン?」


 彼の顔と、噴水を見上げているヒロインの姿を交互に見る。ちょっと、どうしてエイデンがここにいるの。


「今来たらライラが変な事をやっているから気になってさ。何、あの子を見てるの?」

 私の視線を追ってヒロインを見る。


「へえ、女の子で平民クラスの子か。珍しいね」


 グレーの制服を見て面白そうに話す。

 エイデンの言う通り、平民生徒は男子しか今のところ見かけたことがなかった。国や専門機関に従事するエリートを育てているため、その特性から男子のみが集まるのだろう。



「えーと、そうね。珍しくてつい眺めていたの」

「確かに気になるよね。せっかくだしちょっと声を掛けてみようか?」

「え、待っ……」


 すたすたと噴水の方に歩いていくエイデンの後を慌ててついていった。




「この噴水が珍しい?」


 止める間もなく、そうエイデンが話しかけていた。

 ブロンドを靡かせて、可愛いらしい美少女が驚いたように振り返る。


 ゲームと同じ展開だ。嫌な予感がして間に入ろうとすると ――――。



「もしかして一年生? 平民クラスはたくさんあるから、あんまりここでのんびりしているとギリギリの時間になっちゃうよ」


 エイデンはにっこりと優しげなお兄さんのような口調で語りかける。


 ……ちょっと待って。

 掛けようとした言葉を一旦飲み込んだ。


 一年生? 言われてみればそう思うのはごく自然だ。今日は新年度の一日目、物珍しく周りを見渡している珍しい平民制服の女子生徒がいたら、転入生より新入生だと思う方が自然だろう。


 私は今までヒロイン視点で物語を見ていたから、その不自然さに気付かなかった。

 どうしてゲームのエイデンは、ヒロインをだと思ったのだろう?



「いえ、私は他の学校から転校してきた二年生なんです。生まれて初めてこんなに大きなお庭と建物を見たから、つい色々見学しちゃって」


 そう言ってはにかむ姿がとても眩しかった。健康的な肌とくりっとした大きな目。青く澄んだ瞳は宝石のように綺麗で、思わず感動してしまった。

 ヒロインとはこういうものなのか、とひしひしと実感する。もはや存在感が違う、オーラが輝いているといってもいい。


 そのまぶしさに圧倒されながら、私は頑張って声をかけた。


「わ、私達も二年生なの。もし良かったら校舎内を案内しましょうか?」

「いいんですか? 大きな建物なので迷ったらどうしようと思っていたんです!」


 人懐っこく笑顔を見せる。相手に警戒心を抱かせない自然な笑顔だ。


「案内するっていっても、俺たち平民棟は知らないでしょ」


 あ、そうだった。エイデンはヒロインが私たちのクラスに入るとは思っていないものね。知らないふりをしながら話すのって難しい。


「そうね……あなたのお名前を伺ってもいいかしら?」

「ジュリアと言います。ジュリア=ノースです」

「ありがとう、私はライラ。ライラ=コンスティ。ジュリアさんはどこのクラスなの?」


 ヒロインの名前はどうやらゲームのデフォルトネームのままらしい。

 案の定ジュリアはAクラスに入ること、最初は担任の職務室へ向かうことを教えてくれた。


「君、貴族じゃないんだよね。Aクラスなの?」

「はい、そう聞いてますけど……」


 エイデンは腑に落ちない顔をして首を傾げる。本来平民が貴族クラスに入ることなどありえないのだからその反応は無理もない。

 私達も同じクラスの生徒であることを伝え、職務室まで案内することにした。



 中央のエントランスを右に向かって貴族棟へ入ると、本来ディノと出会うべき場所に彼はいないようだった。

 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、二階に上がるとそこでばったり彼と遭遇した。


「え、ここで?」

「ん? よ、おはよう。……」


 何かを考えているような難しい顔をしたディノが、こちらに気付いて声を掛けてきた。そして私たちと一緒にいたジュリアに気付くと、不躾に彼女を見つめる。


「ごきげんよう、ディノ。こんなところでどうしたの?」


 すぐに気を取り直して挨拶を返した。

 エイデンもディノも、ジュリアのこの圧倒的ヒロインオーラを目の当たりにしても平静でいられるのがすごい。女の私ですら眩しくてまともに見られないというのに。


「こちらのお嬢さんは?」

「さっき庭園で出会ったの。平民制服を着ている女子生徒なんて珍しいし、慣れてない様子だったから声を掛けて案内をしていたのよ」

「ここは貴族棟だが」

「なんか二年生でAクラスに転入するらしいよ。クラスメイトになるらしいけど、どういうことなんだろう?」


 事情を知らないエイデンが呑気に疑問を口にする。


「そうだ、ごめん。ここがマルクス先生の職務室だよ。とりあえずここまでで大丈夫だよね」


 目の前の角部屋を指してエイデンがそういうと、ジュリアはありがとうございましたとお礼を言って職務室の前に立った。


 ゲームではここでルーク様と出会うはずだ。扉を開けてばったりと……のはずだけれど、そんなことは起きずにジュリアは部屋の中へ消えていった。



「……ルークが言っていたのはこれか」

「ルーク様?」


 三人になったところでディノが呟くように言葉を発した。話を聞くとどうやら私達と会う直前に、ここでルーク様と会っていたらしい。

 そして今日からクラスに新たな生徒が加わること、その人が三人目の聖女候補生になるということを言っていたという。


「ええ、あの娘がそれってこと? でも平民だろ、しかも聖女候補生ってそんなことがあり得るのか?」

「ルークは休みの間にそのことを聞かされていたらしい。そして今マルクス先生から改めて説明を受けたと言っていた」


 信じられないといった顔のエイデンに、困惑した表情を浮かべたディノがそう説明する。



 話を聞きながら私は頭を働かせた。まず一連の流れがゲームと違っているのは何故なのか。

 一つ、これだろうという理由はすぐに思いついた。それはたぶん時間のズレだ。


 ゲームでは、エイデンに話しかけられたヒロインがすぐに逃げ出したのに対し、現実では私達と噴水の前でしばらく話をしていた。

 それが出会うべき場所にディノがいなかった理由となり、すでに職務室を後にしていたルーク様は彼と会って話をした、ということになったのではないか。



 あのオープニングの裏側はこんな風に動いていたのかと納得したと同時に、今のルーク様の心境が気になった。

 三人目の聖女候補生が現れると聞いた時、何を思ったのだろうと。


「ま、まぁとりあえず教室に向かおうか。ここに居たって何もわからないし」


 私たちはその場を後にして、三階の新二年生の教室へと向かった。



 

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