第25話 『大森林』

頑張って錬金釜を混ぜまくったので、師匠の言葉に甘えて睡眠を取る事にした。

とはいえ明け方に眠ったら昼には起きてしまった。

若いからね、このくらいでも充分回復する。


というわけで意図せず暇ができたので街にくり出すことにした。


「おやトリノ様、お久しぶりですね。果物はいかがですか?」


「トリノ様……います、よね?うちの野菜も見ていってくださいよ」


「メイドが増えてる……ぐぬぬ」


生まれ育った街だけあって、ちょっと市場を歩くだけで声をかけられる。

一緒に歩いてるのはセイレン、モプ、ノアのメイド隊に護衛のゴンスだ。

おいそこ。俺が小さいからといってゴンスを目印に声を掛けるのをやめろ。ちゃんとここにいるから。


方々から元気のいい呼び込みが聞こえる。

その市場を歩くのは様々な種族だ。大体は繁殖人ノーマッド獣人ビースだが、森兎人エルフ鉄土竜人ドワーフ爪磨人エーリーなどの珍しい種族も見受けられる。


多くは武装していることから、冒険者か商人の護衛と言った所だろう。

血の気の多い荒くれが増えることは治安の悪化にも繋がるが、この街の冒険者ギルドをシメている『パル』がある限りは大丈夫だろう。


それに、この喧騒は10年前には考えられなかった賑やかさだ。周りに溢れているこの笑顔を作る為に東奔西走してこの領地を豊かにしてきたのだ。

誰かの笑顔のため、なんて柄じゃないし、あくまでそれはおまけなんだけどね。

でも、そう悪い気分じゃない。


このジャモン辺境伯領はとても貧しい時期があった。

いや、何も無い土地がある日突然ジャモン辺境伯領となったと言い替えても過言じゃないくらいだ。


しかし、そもそも何故このジャモン辺境伯領という国防の要のはずの領地に金が無いのか、という疑問が湧くが、それには少し過去の話をしなければならない


私が生まれる前まであった『シモタ辺境伯領』という名前の地が滅びた後にできたのが『ジャモン辺境伯領』だ。

シモタ辺境伯領は負けた、『大森林』という魔境に。


『大森林』――――――それは、人跡未踏の大自然を含む、魔物たちの楽園。あるいは魔物たちにとっても地獄。


砂時計のような形をしたこの大陸の中心に位置し、大陸をほぼ二分する魔物の住処すみか。私が生まれ育った豊穣の国『ナーロッパ帝国』はこの森の南部に位置する多民族国家だ。『大森林』の真南から東の海岸まで広い地域、つまり帝都から見れば最北端で壁のように細長くなっている土地がジャモン辺境伯領ということになる。

大森林の中央には天を衝く霊峰がそびえ立っており、その頂上に何があるのか知る者は居ない。

『何か』があるだろうとは言われている。

何故なら、霊峰に近付けば近付く程に魔物の生態系が強くなっていくからだ。

まるで、『何か』を守る壁のように。


シモタ辺境伯領滅亡の原因は『大森林』より飛来した一匹の『竜』。

『大森林』の上空には、ワイバーンやアナドルゴンなどの竜の姿はよく見かけるが、その『竜』は恪が違ったらしい。


深紅の鱗を持つ火竜。


その息吹は瞬く間にシモタ辺境伯領を焼き払い、シモタ辺境伯の一族を灰に変えた。

指揮官である貴族を一族ごと失ったシモタ辺境伯領は大混乱に陥り、軍は正しく機能しなくなった。

それでも、人々は黙ってやられていたわけではない。国への被害を抑え、情報を伝達し、才具持ちを集めた。

その時中心となったのは、『冒険者』と呼ばれる、未知や魔物と戦う荒くれ者どもだ。『パル』『宿クラン』『部隊パーティ』などの様々な部類分けがあるのだが――――――討伐に成功したのは、【ザラヤ】。父様が居た『パル』だ。

そしてそのまま父様は『ジャモン』として名と爵位を貰い、辺境伯として封ぜられた。すべてが焼け落ちた元シモタ辺境伯領に。


平民の冒険者が一日にして帝国の上位貴族となった。勿論それには色々な裏の事情もあるのだが、とにかくジャモン辺境伯領はそれから始まったばかりなのだ。

理外の敵により焼け落ちた地、それは金が無いのも仕方ないというものだろう。


それから暫くが経っても、魔物との生存競争に必死で領地の発展まで手が回ってなかった。父様は現場の指揮、母様は社交で大忙しで事務方を行う文官が足りていない。しかも、領民は辺境に住むだけあって、逞しいがあまり頭脳労働には向いていないときている。

俺が幼い頃は王都からの支援金もあったのだが、それも途絶えて久しい。

内地貴族あのハゲどもの陰謀だと俺は確信している。

いつかアイツらの頭を永久脱毛してやると固く誓っている。


じゃあなんで食っていけているのかというと、俺が興した美容品産業だ。


以前、洗髪剤について少し話をしたが、当然それ1本で領地を支えているわけじゃない。


元々この領地の特産は『大森林』から獲れる魔物素材だった。

牙や骨、皮や肉を出荷して金銭に替えていたのだ。

ただ、『大森林』は危険な場所だ。冒険者の『家』が大元の領地とはいえ、冒険者にとってはもっと良い狩場があれば出ていくような土地だ。


だから、ひと手間加えることにした。

獲って出荷、では無く、加工することにしたのだ。

加工の手間が増えるということは、仕事が生まれるということだ。

仕事が生まれれば、人が居着くようになる。

そして加工品は加工前の物よりも、運べる量が増え、単価が上がる。

そうすれば領地の税収と収入が上がる。

カネが増えれば物が行き交うようになる。

モノが行き交えば人も増える。

とても簡単な理屈だ。

…………言葉にする分にはな。


実際、なんでこの領地で加工をしていなかったのかというと……そんな設備も、知識も、人も、初期費用も無かったからだ。

なんも無いからなんもできない、分かりやすいね!


そこに一石を投じたのが俺の錬金術と【電脳】だ。

錬金術で作ったものを商人に売る。

【電脳】で素材の知られていない有効活用方法を検索

それを更に錬金術で作成。

齢7歳にして、初期費用を自力で稼ぎ、父様と母様の説得。

それから何度も売り付けていた商人と契約して人と物を確保。

そうしたら箱作って、工場の始動だ。


売るにはツテが必要になるから、それは母様の繋がりを使った。

そうなると、自然と商品は女性向けの物になっていった。

洗髪剤、化粧水、保湿液、軟膏、そして下着。

魔物素材だけでも、錬金術だけでも真似出来ない強みがあるからこそ、他に真似されることなく爆発的な発展を遂げている。

今やこのジャモン辺境伯領は帝都の女性から『美の都』と呼ばれる程になったのだ。

もっとも、その称号のせいで敵も作ってしまったのだが、商売において敵ができることはまあ仕方ないんじゃなかろうか。

本当に領地のことを考えるなら、俺1人欠けたくらいで立ちいかなくなるシステムを構築するべきでは無い。

だけどまあ……拙速は遅巧に勝る。


今必要なのは完璧な地盤ではなくて、目の前の金稼ぎなんだから許される。

俺が死んだ後のことまで俺が責任取る必要は無い。

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