第21話 父と子
「嫌だが?」
「嫌じゃねえ。決めたことだ」
「だから嫌だが?」
人の話を聞いて欲しい。なんでそんな決定がなされたのか。
「辞めるのはまあいいよ、そもそも扱いに困る雇い方だったし。でも、いきなり師匠とか言われても困るんだけど」
「あァ、ちゃんと説明する」
アバッキオは腕組みをしてこちらに向き合った。
「お前、この施設どうするつもりだ?」
「どうって…………どうしようか」
正しい手順を踏むなら、父様に報告して施設を接収。帝都に連絡して研究員を送って貰う。
なにせ滅びた文明の遺産だ。
ラピスノイドは明らかにオーバーテクノロジーだし、この『箱舟』の隅から隅まで貴重な資料になる。
人手が増えれば、滅びた文明を復活させることもできるかもしれない……。
だがしかし、それはここを400年も守ってきたノアの気持ちを踏み躙ることに他ならない。
後継者たる俺が命令すれば、ノアは従うだろう。
そして随分と悲しそうな表情を見せてくれるに違いない。
それはちょっと違うんじゃないか?
俺が見たいのはただの曇らせじゃない。
その先に希望があるからこそ、曇った表情を存分に楽しめるのだ。
5番ちゃんを修理して起動した時。その時の気持ちを考えればこそ今悲しそうにしていることのギャップを愉しめるのだ。
「俺は……この『箱舟』を他の人に渡したくない」
「おぅ、そうだろうな」
アバッキオはニヤリと笑って言った。
「じゃあ、この場所についてどう誤魔化す気だ。箝口令でも敷くか? そしてそれァ上手くいくのか?」
「…………無理かな。外にはツギノと兵達がいる。この遺跡の場所が割れた以上、完全に情報を遮断することは現実的じゃない」
これが俺一人なら黙っている選択肢もあった。
しかし、多くの者が地上の遺跡を知った以上、父様に報告が上がるのは時間の問題だ。人の口に戸は建てられない。
「そこで、俺が出てくるってワケだ。」
「なんでさ…………いや、そうか、『暴王』」
「そうだ。帝都から流れて来た『暴王』がフラっと入った遺跡で遺物を見つけた。これの所有権を無理矢理奪おうなんざ、帝都の研究所でも早々にできねえ」
『暴王』の悪名はこの国では大きな意味を持つ。
緊急時の国防の要である『暴王』には、国が強権を持ってしてもその所有物を奪うことは難しい。
「そして俺が師匠になれば、てめェは『暴王の弟子』という看板を背負う代わりに、俺の庇護を得ることになる。師匠のもんを弟子が使ってようとなんの問題もねェだろ?」
確かに。面倒を呼び込む看板だが、免罪符としても強力だ。
しかし、そうなると疑問が湧いてくる。
「アバッキオの旨味はどこにある? どうして俺にそこまでしてくれる? 『暴王の弟子』なんてのは安いもんじゃないだろう?」
「ああ、安くねェ。安くはねェよ」
ポンっと肩に手を置かれ、アバッキオはにっこりと笑みを浮かべた。
「だがな、ここを使わせてくれるなら、高いとは思わねぇ」
ノアが射殺さんばかりの目で見てるけど大丈夫?
2人ともここで暴れないでよ?
その後、非常に不満そうなノアを説得してここを一旦後にすることに決めた。
安心して欲しい、俺もかなり不満だ。
ただまあ、ここを俺の物としたまま利用するにあたって、アバッキオの案は今のところ現実的でもある。
「ノア、ここをアバッキオ……師匠に譲ったりすることは無いから、心配しないで欲しい」
なあなあで師匠ポジに収まり、エバさんの遺産まで持っていかれるのを許容できるほど心が広い訳じゃない。
アバッキオがどういうつもりなのか真実は分からないが、少なくとも全部を無理矢理かすめ取ろうとしている訳では無いようだ。
やるならもっと派手に奪いそうだし。
「マスター……はい、今はその言葉を信じます」
ノアの不安を払拭するためだけの言葉だが、根拠が無い訳でもない。
目には目を。権力には権力を。
貴族だから隠し持てないというのなら、貴族だから主張できる所有権もある。
アバッキオだけが所有権を主張出来ないように根回ししとかないとね。
◆
「という訳で、色々手に入れて来ました」
「盗賊退治に行って色々すぎじゃもん」
ちゅるんとお髭を引っ張る父様が呆れた声で言った。
「孤児はいいとして、『暴王』とマナケアの遺産……ラピスノイドと言ったか。まあ大層な拾い物をしてきたものじゃもん」
「すみません」
「まあ、構わんのじゃもん。海に行けば人を拾い、山に行っても人を拾って来るのがトリノじゃもん。森や洞窟に行っても誰か拾ってくるだろうなとは薄々思ってたじゃもん」
「いや本当にすみません」
そんなに毎回何かを拾ってくるみたいに思われてるのか。そんなことは……無いこともないけど。
そういえばフンバルも拾ったし、そろそろ孤児院の増設が必要だな。
「それで、その『箱舟』とやらをトリノの物にしたいということじゃもんな?」
「はい。そもそもあの施設は私以外使えない可能性が高いです。それでも価値のある物だとは分かっていますが……今は時期が悪いかと」
これは半分本当で半分嘘。
ノアに確認したところ、『箱舟』は俺が許可を出した人物にしか使えない。
正確には、状態保存の魔法がかかっているため、使おうとすると全て元に戻ってしまうのだという。破壊もできないし、持ち出すこともできない。
アバッキオにもまだ許可は出していない。
そもそもその許可というのが、どういう仕組みか正確にわからない。『許可する』と思っていればいいらしいが。
まさかの音声認識ならず思考認識システム。
【電脳】を全力で使えば何か分かるかもしれないけど、あまり優先順位が高くないので、便利だなあくらいでいいと思う。今のところはね。
「うーむ、そうじゃな……『大森林』の動きがあやしいのがのう。帝都のもやし連中に干渉されるのは今は避けたいのじゃもん」
「はい。そこで『暴王の弟子』という肩書なのですが……非常に有効かと考えます。しかし、それは同時に『暴王』に実質支配されてしまう危険性が高いと思います」
「そうじゃな。折角この辺境の土地に芽吹いた資産。あやつに差し出す道理はないじゃもん」
「ですので父様の方からも手を回していただければ、と。」
父様は辺境伯だが、生まれからそうだった訳ではない。実力と人脈でのし上がった人だ。
そしてその人脈には『暴王』以外の『王』が含まれている。
『暴王』の名前がこの国で幅をきかせているというのなら、比肩する名前で抑えられるようにすればいい。
「それは構わないが、対価はどうするじゃもん。まさか無料で引き受けてくれるようなお人よしは流石に知らないじゃもん」
「それについては、『箱舟』から得られる成果でお支払いできたらと考えています。あそこには錬金術に関する内容も多数ありました。……私が見本を作りましょう。それを渡して、かつ他への情報を絞ればなんとかなるのではないですか?」
しばらくは釜を混ぜる日々になるだろう。
結構きついが、仕方ない。俺とノアのためでもあるんだから。
「……トリノは嫌だ嫌だと言いつつよく働くじゃもん。嫌だ嫌だと反射的に断る癖は直してほしいところだが」
「欲望に正直なのが取り柄なんですよ」
「我が子ながらどうしてこう癖の強い……はあ、とにかく、外に向けては私の方でなんとかしておくじゃもん。行ってよいぞ」
「はい」
父様の机に背を向けて退室しようとすると、背中に声を掛けられた。
「トリノ」
「はい?」
「……無理して身体を壊さないようにするじゃもん。『暴王』のひとりやふたり、私がなんとかするじゃもん」
「……ええ、勿論。食欲にも睡眠欲にも正直なんですよ、俺」
父様のこういうところが好きでつい働いちゃうんだよなー。
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