126. 帰れない理由

 無事に依頼を受け終えた私達は、そのまま帝都の外に向かった。

 ここから目的の放棄された街までは馬車で数時間しかかからない距離だけれど、すぐ近くにワイバーンを見つけたから、いつものように背中に乗って移動している。


「ここからでも見えるのね」


「そうみたいだね。あの街は高いところにあるから様子が分からないという話だったが、空を飛べば関係無いな」


「近くに行けばどんな魔物が居るのか分かりそうね」


「そうだな。落とされると不味いから、ワイバーンにも防御魔法を」


「分かったわ」


 ワイバーンにも私が使える限りの防御魔法をかけて、放棄された街――ティタンに向かってもうらう。

 途中にある町のところまでは安全とされているけれど、何が起こるか分からないから気は抜けないわ。


 だから普段よりもゆっくりと進めていたのだけど、問題の街がはっきりと見えるくらい近くに来ても何も起こらなかった。


「妙に静かだな……」


「そうね。これ以上は近付きたくないわ。

 それに、この魔力の気配……地面の下に何か居るわよね」


「ああ、間違いないな。この魔力量……かなり強い魔物だと思う」


「私達だけで大丈夫かしら?」


 ここからでも感じられる気配は、今までで一番大きいと思う。

 だから私達だけの力では倒せるか不安なのよね。


 この強さの魔物が相手だと逃げることも難しいと思うから、倒しきれないと私達の命が危ないのだから。

 クラウスからも余裕が消えているから、余計に心配になってしまう。


「リヴァイアサンを一人で倒したシエルの力があれば大丈夫だと思うよ。

 ただ、相手の正体が分からないから探りを入れたい。適当な魔物に人に見える幻影を纏わせて、町の中を歩かせたいんだ。相手の手の内が分からない状況で戦うと、こっちが危ないからね」


「自分の姿を変えるだけなら出来るけれど、移動する相手にかけるのは無理よ。魔物を囮にするのは駄目かしら?」


「魔物を襲う魔物なら効くはずだから、一回試してみよう」


「分かったわ」


 頷いてから、少し離れているところに居る魔物に闇魔法をかける。

 どうやらこの近くには近付きたくないみたいで操ろうとしても抵抗されてしまったけれど、魔法を強くしてなんとか街の中に向かわせることが出来た。


 けれど、何も起こらないから、失敗したみたい。


「何も起きないわね……」


「もう少し様子を見よう。中心の広場に向かわせてみて」


「分かったわ」


 クラウスの言う通りに操って広場に来させてみたのだけど、何も起こらない。

 だから諦めて闇魔法を解くと、操っていた魔物は一目散に街の外目掛けて走り始めた。


 そして、開け放たれたままの門を潜ろうとした直前のこと。

 魔物が不自然な形で跳ねたとおもったら、そのまま動かなくなってしまった。


「地面から鋭い岩が生えて来て、串刺しにされたな……。入れても出られないから、誰も帰って来なかったのだろう」


「恐ろしいわ……」


 そう呟きながら串刺しにされた魔物の様子を見ていると、不自然に地面が持ち上がるところが目に入る。

 そしてそのまま、何かの口が現れたと思ったら、魔物は一瞬で丸呑みにされてしまった。


 後に残ったのは、元通りに塞がれた地面だけ。

 じっくり見ていても分からないほど、何かが起きた跡も残らなかった。


「今の……何?」


「こんな魔物は聞いたことが無い。だが、あのワイバーンが無事なところを見ると、地面に降りない限りは安全だと思う。」


「ここから攻撃することしか出来ないわよね……」


「ああ、街を残すのは諦めた方が良さそうだね」


 魔物の襲撃から守り切れなくて放棄されたこの街だけれど、残っている家の中には思い出のものが残っていると思う。

 それを魔法で消してしまうなんて申し訳ないから、あまり攻撃はしたくないけれど……こんな危険な魔物を放置するなんてことも出来ないのよね。


 だから、覚悟を決めて特級魔法の詠唱を始める私。


「俺が地面を吹き飛ばすから、シエルは魔物に攻撃を当てて欲しい」


 クラウスにそう言われて頷くと、彼も特級魔法の詠唱を始めた。

 特級魔法の詠唱は長いから、準備が出来るまでに二分以上かかってしまったけれど、無事に私の魔法は完成させることが出来た。


 クラウスも少し遅れて完成させたから、お互いにタイミングを合わせて連続で魔法を放つ。


 最初はクラウスの火魔法が地面を吹き飛ばして、打ちあがってきた巨大な岩のような魔物に向けて光魔法を放つ。

 光魔法は魔物の頭に直撃して、頭だけを消して空の彼方へと飛んでいった。

 魔物の体はそのまま残ってしまったけれど、頭を失えば動くことは出来ないみたいで、土煙が晴れてからも全く動かない。


「倒せたな。近付いてみよう」


「ええ。こんな一瞬で終わるとは思わなかったわ……」


 クラウスの火魔法のせいで地面は抉れてしまっていて、城壁も無残に崩れてしまっているこの状況。

 魔物は街より一回り小さいくらいの大きさだから、私達が手を出さなくても結果は変わらなかったと思う。


 けれど罪悪感はどうして拭えないのよね。

 依頼の条件では家のことは気にしなくても良いことになっていたから、問題になったりはしないけれど、この重い気持ちは中々遠のいてくれなかった。


「本当にこの街の犠牲だけで済んで良かったよ。冒険者以外の行方不明も出ていないから、考えられる中で最善の結果だと思う」


「ええ、それは頭では分かっているわ。でも、どうしても悪いことをしてしまった気がするの」


「気持ちは分かるよ。

 でも、それ以上の善行をしたわけだから、もっと自信を持って良いと思う」


「ありがとう。頑張ってみるわ」


 そんな言葉を交わしながら魔物の亡骸とは思えない岩の前に立つ私達。

 まだ魔石を回収出来ていないから、これから探すのだけど……すぐ近くの地面の中から魔力の気配がするのよね……。


 舞い上がっていた土が上から降り積もったのだと思うけれど、クラウスと協力して掘っても中々見つからない。


「かなり奥にあるみたいだな……。

 魔法を使った方が早そうだ」


 クラウスはそう口にすると、土魔法で地面を動かし始める。

 すると数秒ほどで眩い光を放つ小さな石が現れた。


「こんなに眩しいこともあるのね……」


「この大きさだと持ち運びやすくて重宝しそうだ。

魔力の密度がさまじいから、扱いは難しそうだけどね」


 苦笑いを浮かべながら、魔石をマジックバッグに仕舞うクラウス。

 それからは街の周りの危険な魔物を倒してから帝都に戻ることにした。

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