123. 普段は見れないもの

 お兄様の発言が衝撃的すぎて、固まってしまう私。


「王家を潰すって……。

確かに王家が無くなれば解決しますけれど、そんなことが可能ですの?」


「ああ。王国中の貴族と協力して動いているからね」


「潰すまでもなく、半月もあれば潰れると思うが……」


 意気込むお兄様に対して、苦笑いを浮かべながら王家の未来を予想するクラウス。

 私も王家の未来は長くないと思っていたけれど……一年くらいは続くと思っていたから戸惑ってしまう。


「王国中の貴族が動いているのなら、王家でも抵抗出来ませんものね。

 お兄様の自信の理由が分かりましたわ」


「まだ話していなかったが、王家は流刑にすることに決まっているんだ。

 他家と協力して新しい体制を築いている最中で、一ヶ月後までに準備が整う。今のところ、貴族の投票で国王の立ち位置にする人物を決める予定だ」


「そこまで話が進んでいましたのね」


「今のところ順調だから、シエルは心配しないで欲しい」


「分かりましたわ。ありがとうございます」


 王家がアイリスを聖女として支援するようになって以来、貴族でも家族を失った人は少なくない。

 だから貴族も王家とアイリスに恨みを持っている方が多いみたいで、裏切りの心配も要らない様子。


 聞いている限りだと何かあっても失敗するようなことは無さそうだから、お兄様の言葉通り王家の行方は気にかけないことに決めた。

 でも、お兄様達のことは心配だから、今まで通り手紙のやり取りは欠かさないわ。




   ◇




 お兄様から王家を倒す計画を聞いてから二時間ほど。

 宴会も後半に差し掛かった頃になると、ようやく挨拶の波が途切れた。


 男爵位を頂いてから初めての公の場だからか、帝国の全ての貴族と挨拶をすることになったのよね。

 半分くらいの方は好印象だったから、機会があれば今後も交流していこうと決めているけれど……残りの方は私に良くない印象を抱いている様子だから、交流も最低限に留めようと思っている。


「さっきの伯爵は完全にシエルのことを見下していたな。

 関わっても良いことは無さそうだ」


「私も同じことを思ったわ。

 予想はしていたけれど、女というだけでここまで見下されるのね……」


「先入観だけで事を決める家は長続きしないし、気にしなくて良いと思うよ。

 しばらくしてから追い抜けば気付くだろう」


「そうかもしれないわ……。ありがとう」


 見下されていても嫌がらせは受けていないから重く考える必要は無いけれど、悔しいものは悔しいのよね。

 これ以上の功績は無くてもいいと思っていたけれど、見返すためにはもっと沢山の功績が必要になる。


 だから、少しは貴族らしい事──新しい事業に手を出そうと思った。




 そんな決意をしていると、ずっと私達の様子を伺っていたエイブラム家の方々がこちらに向かっている様子が目に入る。

 元から親交があった方は今回の宴会では軽く挨拶を交わしただけだから、しっかりお話をするのはこれからになるのよね。


 エイブラム家の方以外にも、他の冒険者が私達の近くに移動してきているから、宴会中はずっと気が抜けないと思う。


「シエル様、お疲れ様ですわ。

 新しく貴族に加わった方でここまで人気なのは初めて見ましたわ」


「フィーリア様、ありがとうございます。

 私を見下している方もいらっしゃったので、良いことばかりではありませんの」


「あれはシエル様を警戒してのことだと思いますわ。

 追い越される前に潰してしまおうと考えている方も少なくないと思いますの。他人の不幸を願っている方に明るい未来はありませんのに……」


 私を見下してきた貴族達に愚か者を見るような視線を送るフィーリア様。

 これ以上は何も言わなかったけれど、怒りを感じていることだけは私にも伝わってきた。


「覚悟はしていましたから、大丈夫ですわ。

 今後一切、関係を持たないだけですもの」


「その方が良いと思いますわ。あのような方は自己の利益しか考えていませんもの。

 多くはお父様が取引をしないと決めている家ですから、関わると良くない事になりますわ」


「肝に銘じておきますわ」


 それからは他のご令嬢方も交えてお話が盛り上がって、あっという間に宴会が終わる時間になっていた。

 途中までは本当に疲れてしまったけれど、最後は楽しむことが出来たから疲れも和らいだ気がした。




「宴会お疲れ様」


「ええ、疲れ様」


 エイブラム邸に戻る馬車に乗り込んですぐ、言葉を交わす私達。

 私達は会場の奥の方に居たから出るまでに時間がかかってしまって、外を見ても他の貴族や護衛達以外の人影は見当たらない。

 この時間に帝都を移動するのは初めてだから、なんだか不思議な感じがする。


「帝都でもこの時間になると静かだな。

 もっと暗くなると思っていたが、案外明るいからシエルの顔が見れて楽しいよ」


「こんなに高いところにある月を見るのも初めてだわ」


「そういえば、冒険中は木が邪魔で見えていなかったね。

後でテラスからゆっくり見よう」


「ええ、そうしましょう」


 こんなに遅くまで起きていることは滅多に無いから眠気が襲ってきているけれど、移動中の馬車の中で眠るのは褒められたことでは無いのよね。

 屋敷なら厳重に守られているけれど、馬車はどうしても警備は甘くなってしまうから。


 けれど、私が眠気を堪えていることはクラウスにはすぐに分かったみたいで、こんなことを囁かれた。


「着くまで眠って良いよ。何かあったら俺が守る」


「ありがとう。でも、もうすぐ着きそうだから頑張るわ」


「寄りかかるだけでも休まるから、遠慮しなくて良い」


 行きと違って帰りは順調に進んでいるから、もうエイブラム邸の屋根が見えている。

 だから起きていた方が良いと思ったのだけど……クラウスは不満だったみたい。


 だから、頷いてから彼に身体を預けた。




それから数分。

無事にエイブラム邸に戻ってきた私は、簡単に着替えを済ませてからテラスに向かった。


 今回もクラウスの方が早かったみたいで、テラスにつながる扉の前で待っている様子が目に入る。


「お待たせ」


「俺もさっき来たところだから、気にしなくて良い。

 それよりも、そんな薄着で大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ」


 そんな言葉を交わしながらクラウスの隣に立って、夜空を見上げる私。

 月明かりのせいで星空は綺麗に見えないけれど、満月だから月の模様まではっきり見える。


「本当に綺麗ね……」


 雲一つない夜空にうっかり声が漏れると、クラウスに手を重ねられる。

 そして、こんな言葉が飛び出してきた。


「ああ、ずっと一緒に見ていたいよ」


 飾り気の無い口調だから、きっと素で出てきた言葉なのだと思う。

 私も同じ気持ちだから嬉しくて、でも少しだけ照れくさくて。夜風で冷えると思っていた手が熱くなっているような気がした。


 それからしばらく、私達は夜空を眺めて過ごした。

 けれど途中で月が雲に遮られてしまったから、今日は諦めてお屋敷の中に戻った。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 軽く抱き締め合ってから、私室へと戻る私。

 今日はもう遅いからか、そのままベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきた。

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