121. 恐ろしい使い方
すっかり青くなってしまったカグレシアン公爵を気にも留めず、元執事長は今までに起きた出来事を語り始めた。
内容は私が事前に聞かされていたことから変わらないけれど、これを初めて聞く人は言葉を失っている。
カグレシアン公爵の日常的な暴力に、男女問わずに使用人を人として扱わない行動の数々。そして、都合が悪い指摘をされたことに腹を立てて、崖の上から投げ落とす形で処刑しようとされたこと。
側近だから、カグレシアン公爵の野望も全て知っていて、その内容も細かく語られていた。
王位簒奪の次は帝国崩壊を企み、そのまま攻め落とすという計画。そして勢いのままサフレア王国をも陥落させ大陸を支配しようとしていたことまで説明された。
本来は着実に計画をすすめようとしていたそうだけど、アルベール王国の王位簒奪が失敗しそうになった事で焦りを感じたみたいで、計画が破綻したということらしい。
「これを聞くのは二回目だけれど、本当に恐ろしいわよね……」
「ああ。人間が考えたとは思いたくないね。
見た目も人間とは思えないが。新種の豚か何かかな」
「その言葉は豚に失礼よ」
「そうだな。この世の生き物とは思えないと改めよう」
私達は冗談を言い合える状況だけれど、カグレシアン公爵は現実を受け入れられないみたいで、下を向いたまま動かなくなってしまっている。
そんな様子を見ていると、掠れた声が聞こえてきた。
「全て、事実です……」
「そうか。では、お前は無期限の強制労働に処す」
ようやく罪を認めたけれど、皇帝陛下が罰を告げると余裕が戻っているように見えた。
どういう手を使うのかは分からないけれど、逃れる算段がある様子。
けれど、皇帝陛下はそれも織り込み済みだったようで、少し間を置いてから言葉を続けた。
「魔法が一切使えないことで有名な鉱山がお前には似合うであろう。
心配するな。周りはお前と違って軽い罪を犯した罪人ばかりである」
鉱山での強制労働は平民の罪人にとってはそれ程厳しいものではない。
多くの平民は農業などで鍛えられているから、それほど苦しまないことは有名なお話し。
けれど、貴族になると話は変わってくるのよね。
生活環境は平民が少し我慢すれば大丈夫なものだけれど、貴族になると一時間も耐えられない人が殆ど。何もしなくても辛い状況なのに、体力が必要な肉体労働が課せられる。
身体能力を強化する類の魔法が使えたら乗り越えられるかもしれないけれど、魔法が使えないとなると……体力的に数分でさえ厳しいはずだから。
それに、帝国内でも貴族に不満を持つ人は少なくないから、貴族が一人で放り込まれたら酷い扱いを受けることくらいは想像出来るのよね。
でも、それくらいの罰は受けて当然だと思う。
闇魔法の洗脳によって多くの人々の命を奪ったことの罰は入っていないけれど、魔物を呼び寄せるという罪にはこれでも少し軽い気もするのよね。
けれど、一瞬で苦痛が終わってしまう極刑よりは辛いはずだから、不満は浮かばなかった。
「シエルを狙っている罪人が生かされているというのは気に入らないが、魔法が使えないのなら安心だな」
「そうね。あの身体では脱走しても生き延びられるとは思えないもの。私はこれで納得しているわ」
クラウスの言葉にそう返していると、皇帝陛下がアルベールの国王陛下の元に歩み寄る様子が目に入った。
会話は聞こえないけれど、国王陛下の表情を見ていれば何か不都合なことを言われていると分かる。
「カグレシアンを公開処刑出来なくなったから慌てているのだろうな。
このままだと王家に民衆の怒りが向くことになる」
「それで必死なのね……。
もう今更なのに」
カグレシアン公爵を処刑したところで、民達の怒りは収まらないと思う。
裏で糸を引いていたという事実はあっても、聖女を推していたのは王家だと誰もが思っているから。
せめて帝国から支援を得られるように従えばいいのに、延々と抗議している今はもう手遅れ。お兄様達に被害が及ばないように手紙を出した方が良さそうね。
……宴会の後の行動を考えていたら、カグレシアン公爵の周りに武装している兵士たちが集まっていた。
どうやら逃れようと必死に抵抗しているみたいで、床が小さく揺れている。
「離せ! ワシは公爵だぞ!」
「黙れ! お前はもう公爵ではない!
ただの平民は大人しく従え!」
「鉱山送りなんて嫌じゃ! ワシを何だと思っている! そんな場所耐えられるわけがない!」
「フレイムワイバーンにジリジリと焼かれる方が好みだったか?
幸いにも治癒魔法の使い手は何人も居る。延々と苦しみを味わえるぞ」
治癒魔法にそんな使い方があっただなんて……。皇帝陛下は恐ろしいことも思い付くのね。
けれど、生温い罰では見下されてしまうから、国の長には必要な才能だと思うから、陛下を恐ろしいとは思わなかった。
「ひっ」
「おい、こいつ漏らしたぞ! 早く運べ!」
「しかし、この巨体では難しいです!」
「嫌だ……。焼かれたくない……。
もう殺してくれ……」
少し離れているところに居る私達のところにも悪臭が漂ってきて、咄嗟に風魔法で新鮮な空気を生み出す私。
他の方も同じことを考えたみたいで、風魔法の気配がいくつも生まれていた。
一方のカグレシアン公爵はというと、応援に来た兵士によって担ぎ上げられて、あっという間に会場から引き摺りだされていた。
けれど悪臭の元は残っているから、皇帝陛下が上手く絨毯を焼き払って対処していた。
「皆、不快な思いをさせてしまって申し訳なかった。主犯はこれから罰を受けることになるが、共謀した者もいる。
しかし、共謀者は全員平民である故、今後の裁判を以って罰を定める。
此度は雰囲気を損ねてしまったことを詫びる。本当に申し訳なかった」
皇帝陛下がそう宣言すると、集まっていた方々が元居た場所に戻っていく。カグレシアン公爵が連れて行かれた方向を睨みつけている方が殆どだけれど、中には皇帝陛下を睨みつけている人もいた。
アイリス達は表立って証言することは無かったけれど、王国の貴族達からは当然のように恨まれているみたいで、怒りの籠った視線を集めていた。
「これで帝国は少し平和になるかしら?」
「帝国は平和になると思うよ。王国がどうなるかは想像しきれないけどね。
それはともかく、本当にお疲れ様」
「ありがとう。クラウスもお疲れ様」
「ありがとう。とはいえ、俺は殆ど何もしていないけどね」
「それを言ったら私だって何も出来ていないわ」
「シエルはいつも自分を低く見すぎだ。もっと自信を持った方が良い」
「それはクラウスもよ」
そんな言葉を交わしながら、微笑み合う私達。
周りもすっかり明るい雰囲気を取り戻しているから、残りの時間は宴会を楽しめそうだわ。
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