118. 非常識は目立つので
アースランドの街を満喫してから三日。いつもよりも少し早い時間に目を覚ました私は、大聖祭の準備で侍女達に囲まれてあれこれされることになった。
大聖祭といっても特別な衣装があるわけではなくて、明るい色で華やかな服装なら何でも良いことになっている。
けれど貴族の集まりだから、相応の装いにはしなくちゃいけないのよね。
だから、普段の簡素なドレスではなくパーティー用の豪奢なドレスに装飾品も用意している。
大聖祭は華やかな装いにしないといけないから、控え目にすることは出来ないのよね。
「肩が重いわ……」
「シエル様は慣れていませんものね。でも、すぐに慣れますわ」
「そう思うことにしておくわ」
今はメイクをして貰っている最中なのだけど、既にドレスの重みで肩が疲れてきているのよね……。
この装いでカグレシアン公爵の断罪に関わるなんて、先行きが不安になってしまう。
大聖祭中は魔法の使用が一切許されないから、身体強化の魔法で重みを和らげることも出来ないのよね。
……なんて思っていたのだけど、メイクが終わって装飾品を着けてもらう頃にはドレスの重さは気にならなくなっていた。
侍女が言っていた通り、本当に慣れてきたみたい。
そう思ったとき、侍女達が一歩下がって声をかけてきた。
「完成しましたが、如何でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
姿見の前でクルクルと回って全身を確認してから頷く私。
普段はこんなにたくさんの装飾品を纏うことが無いから、なんだか新鮮な気分になる。
いつもは控え目なデザインを好んでいるけれど、こういう特別な日に着飾るのも悪くない気がするわ。
エイブラム家の侍女たちはセンスが良いみたいで、こんなに飾り気があるのに下品な感じは一切出ていない。
早くクラウスに見せてみたいわ。
「クラウスはもう準備出来ているかしら?」
「おそらく出来ていると思いますわ」
「ありがとう。見せてきてもいいかしら?」
「もちろんでございます」
侍女の言葉を待ってから、クラウスが待っているところに向かおうと部屋を出る私。
けれど、クラウスは部屋の前で私を待っていたみたいで、扉を開けるとすぐに目が合った。
彼も大聖祭の準備を終えていて、白い正装を身に纏っていた。
普段は装飾品を身に着けていないクラウスがキラキラと輝いているところを見ると、なんだか新鮮な気持ちになるのよね。
「お待たせ」
「俺もさっき終わったところだよ。
着飾っているシエルも可愛いな……」
「かわっ……」
「失礼。綺麗と言った方が良かったな?」
一瞬だけだけれど、表情を緩ませているところを見てしまったから、どう反応して良いのか戸惑ってしまう。
それに躊躇いなく可愛いなんて言われたら、頬が熱くなってしまうのよね……。
今の私はきっと顔から湯気が出そうなくらい赤くなっていると思う。
「クラウスもとっても素敵だわ。私なんかが隣に居て良いのか不安になってしまうもの」
「大丈夫だ。俺なんかよりもシエルの方がずっと美しい。心配しないで自信を持った方が良い」
「それなら、私もクラウスも同じくらい綺麗ってことにしましょう?」
「ああ、それは良いな。そう思うことにしよう。
しかし……あまり時間が無いからじっくりとシエルを見られないのが残念だな」
「今ならいくらでも見れるわ。
こんな風に回った方が良いかしら?」
そう口にしながら一回転してみると、スカートが花開くように広がって、つい楽しくて二回三回と回ってしまう。
子供のようだと思われるかもしれないけれど、フリルがたくさんのドレスは久々だから、楽しみたいのよね。
「おお、スカートが広くなるのは面白いな。
しかし……目が回らないか?」
「これくらい大丈夫」
幸いにもクラウスも楽しんでいるみたいだから、何度でも回れてしまう。
そう思ったけれど、少し足が疲れてしまったから回るのをやめると、周囲がぐるぐると回転したまま止まらなくなってしまった。
「ふらふらしているが、本当に大丈夫か?」
「ごめんなさい……大丈夫じゃなかったわ」
「落ち着くまでこうすれば大丈夫だ」
そんな声が聞こえたと思ったら背中に手が添えられて、ついその手に甘えてしまう。
けれど、遅れて恥ずかしさと申し訳なさが襲ってきてしまった。
「ありがとう……」
「気にしなくて良い」
そう口にするクラウスは楽しそうな笑みを浮かべているけれど、私は恥ずかしさで顔を覆い隠したい気分なのよね……。
侍女達が温かな笑みを向けていることが分かってからは、クラウスの胸に顔を埋めて誤魔化すことしかできなかった。
それから少しして、無事に落ち着いた私はクラウスと共にエイブラム家の馬車に乗り込んだ。
この馬車はエイブラム家の物だけれど、今は家紋を外されている。
権威を誇示する場ではない大聖祭では、家紋を外すのが暗黙の決まりになっているから。
当然のように街道を行く他の貴族の馬車も家紋は外されていて、初めて見る馬車だと誰が乗っているのか想像もつかないのよね。
よく目にする馬車だと家紋が無くても見分けられるけれど、ほとんどは分からないから、この日だけは貴族同士が譲り合う珍しい光景も見ることが出来る。
「この光景は新鮮だね。毎年見ているとはいえ、中々慣れないよ」
「本当に不思議な光景よね……」
「ああ。一台だけ非常識が居るみたいだけどな」
さっきまでの柔らかな笑顔を消して、苦笑いを浮かべながら左側の窓を指さすクラウス。
六本の道が交わっている広場なのだけど、クラウスの指の先を辿っていくと、堂々と家紋を掲げている馬車が目に入った。
「カグレシアン公爵……相変わらず反省していないわね」
あの人は威圧的な態度をとって道を空けさせて、先頭で会場に向かおうとすることは知っていたのだけど、今年も懲りずに続けているみたい。
会場に入る前に家紋を下ろしているから問題にはなっていないけれど、あまりにも非常識な行動に苛立ちを覚える貴族は少なくない。
「あれが事故を起こすのも時間の問題だね」
「もし事故になってもカグレシアン公爵だけは絶対に助けないわ」
「ああいう人ほど事故にならないのが不思議だよ」
呆れながらも、馬車が進むのをのんびりと待つ私達。
それから会場に入れたのは、一時間以上が過ぎてからのことだった。
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