116. 味方にするために

 リリア達に無事にお返しを渡し終えた日の翌朝。

 私達は朝日がまだ茜色をしている時間に帝国に向けて屋敷を発った。


 大聖祭まではあと五日。

 カグレシアン公爵の罪の証拠は全て集まっていて、断罪ならいつでも出来る状態なのだけど、まだやらなくちゃいけないことがあるから、のんびりと過ごす余裕は無いのよね。


「「お帰りなさいませ!」」


「ただいま戻りました。荷物、お願いしても良いかしら?」


「もちろんでございます」


 エイブラム邸に戻ってすぐ、私はアイリス達が幽閉されている部屋に向かう。

 既に証拠は固めてあるのだけど、カグレシアン公爵を断罪する時の動きを伝えなくちゃいけないから。


「シエル様、お待ちしておりました」


「もう入っても大丈夫でして?」


「準備は出来ておりますので、どうぞお入りください」


「ありがとう」


 返事をしてから、扉をノックする私。

 部屋の鍵は外側からかけられているから、外して中に入る。


 もしものことを考えて普段から隠し持っている護身用の短剣はクラウスに預けてあるから、襲われても命を落とすようなことは無いと思う。

 洗脳の魔法は本当に厄介だから、防御の魔法も欠かせないのよね。


「お久しぶりね。少しお願いがあって来たのだけど、聞いてもらえるかしら?」


「はい。私達を助けて下さったシエル様のお願いなら、なんでも聞きます」


「ありがとう」


 笑顔でお礼を言ってから、アイリスの向かい側の椅子に腰を下ろす私。

 それからすぐに、本題を切り出した。


「五日後に大聖祭があるのは知っているかしら?」


「大聖祭……ですか? その日はカグレシアン公爵が王位に就いたと宣言するお祝いの日だと聞いていました……」


「そんなことをしたら天罰が下ると思うわ。

 大聖祭で祈りを捧げた後にパーティーが行われることになっているのだけど、そこでカグレシアン公爵の悪行を裁くことに決まったわ。アイリスとエリスには、その証人として協力して欲しいの」


「なんでも協力します」


「ありがとう。

 脅されても自分の意志で魔物を招いたと絶対に言わないと約束して欲しいのだけど、大丈夫かしら? 口にして良いのは本当にあったことだけよ」


「はい。どんなに脅されても嘘は言いません」


「私も嘘はつかないと約束します」


 私が問いかけると、力強い頷きが返ってきた。

 ここで自信なく頷かれたら他の方法を考えないといけなかったのだけど、これなら大丈夫だと思う。


 今のところは二人ともカグレシアン公爵を恨んでいるみたいだから、上手く立ち回ってくれると思う。

 裁くのは皇帝陛下で私の出番は冒険者としての証言と闇魔法対策だけだから、誰かに頼るしか出来ないのが少し悔しいのよね……。


「安心したわ。ここでの生活で不自由は無いかしら?」


「そろそろ外を歩きたいです……」


「何とか出来ないか相談してみるわ。不自由にさせてごめんなさい」


「シエル様のせいではありません。

 元はと言えば、魔物を呼び寄せた私が悪いのです」


「それでも、味方になってもらう以上は出来る限りのことはしたいの。

 すぐには無理かもしれないけれど、少しは自由に動けるように考えてみるわ」


「ありがとうございます」


「他に辛いことは無いかしら?」


 不満が溜まっていたら反抗される理由になってしまうから、出来るだけ快適に過ごせるようにした方が良いのよね。

 要求を全て聞き入れるのは無理かもしれないけれど、半分だけでも受け入れたら不満は小さくなるのだから。


 けれど、アイリスとエリスは洗脳の魔法が使えるから、光の魔法か闇の魔法が扱える人が同行しないといけないのよね。

 だから私だけで判断は出来ない。


「外に出られない以外は快適だから、不満はありませんわ」


「分かったわ。話はこれで終わりよ。

 協力してくれて本当にありがとう」


「お礼を言いたいのは私達の方です。本当にありがとうございます」


「こちらこそ、協力に感謝するわ」


 そう口にしてから部屋を後にして、相談のためにグレン様の執務室に向かう私。

 ここから執務室までは離れているから、その途中で何度も使用人さん達とすれ違う。


 その度に使用人さん達は仕事の手を止めて頭を下げてくるものだから、なんだか申し訳ない気持ちになってしまうのよね。

 けれど使用人さんはそうしないといけないのだから、私も笑顔で応じながら廊下を進んだ。




「シエルです。お話があるので入っても宜しいでしょうか?」


 数分で執務室の前に着いた私は、ノックしてから声をかけてみた。

 するとすぐに侍女の手で扉が開けられたから、一礼してから中に入る。


「どうぞお入りくださいませ」


「ありがとうございます。

 失礼しますわ」


 執務室に入ってからは、いつものように執務机の前にゆっくり移動してから、グレン様の言葉を待つ。

 大聖祭が近いからかしら? 場の空気は緊張に満ちているけれど、不思議と重々しさは感じない。


 厄介な問題が片付こうとしているから、少し安堵が出ているのかもしれないわ。

 けれど油断すれば足元を掬われるかもしれない。油断はまだ出来ないのよね。

 

「話とは、例の件ですか?」


「ええ、その件ですわ。

 一つだけ不満が分かりましたの」


「そうでしたか。我々が調べても出てきませんでしたが……」


「貴族に囚われていたことがトラウマになっているのかもしれませんわ。

 不満ですけれど、予想通りでしたわ」


「ならば外に出す必要がありますが、この街の惨状を見ることになる。

 罪悪感で精神を壊さないか心配です」


「ええ、一度壊れてしまえば二度と治せませんもの。

見せる場所はしっかり考えないといけませんわ」


 帝都が大変なことになる原因を作ったエリスに現実を見させるということは必要だと思うけれど、今はカグレシアン公爵の断罪に協力してもらうことの方が大事なのよね。

 追い詰められた人の行動なんて予想出来ないから、今は余計なことはしない。


 それにフレイムワイバーンの件は帝国で起きたことだから、エリスに対する処遇は私ではなく皇帝陛下が決めること。

 一応は男爵として帝国民として認められることになったけれど、男爵位は簡単に吹き飛んでしまうようなものだから、下手な行動なんて出来るわけがなかった。


「シエル様でも治せないのなら、そうするしかありませんね。

 帝都は酷い状態ですが、ここから馬車で一時間のところにあるアースランドという街なら、負い目を感じさせずに不満を晴らせるでしょう。

 何かあっても対処できるシエル様が同行出来るのなら、アイリスとエリスを外出させられます」


「分かりましたわ。

 私はいつでも動けますので、明日の朝に出発しようと思いますわ」


「お願いします。馬車の用意はこちらでしましょう。

 侍女も二人だけ同行させます」


「ありがとうございます。

 お願いしますわ」


 こうして、私はエイブラム領で二番目に大きなアースランドに行くことが決まった。

 正直、アイリスと過ごすのは嬉しくないけれど、見張るだけなら大丈夫だから頑張らなくちゃ。

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