114. いつもと違う人なので

 土地を見てから数時間。

 あっという間に購入を済ませたクラウスと共に、私はエイブラム邸へと戻っていた。


 土地は既に私とクラウスの名義で登録されて、代わりに私とクラウスの口座から聖金貨五千枚分が消えていったのだけど、今のところ後悔はしていない。

 私がしたことと言えば、贅沢の沼に嵌まらないように、財布の口を狭く締め直したことくらいだ。


 両親という反面教師と同じ道は辿りたくないから、しばらくは装飾品にもドレスにも手は出さないと決めたのがさっきのこと。

 今は私の家の領地に向かう準備をしているのだけど、それでも気は紛れなくて不安が拭えないから、窓の外を眺めているクラウスに声をかけることにした。


「クラウスは怖くないの?」


「急にどうしたんだ?」


「贅沢に染まらないか、恐ろしくて仕方が無いの」


「ああ、土地代のことを気にしているのか。

 あれは見栄のためじゃなくて、生きていくために必要なものだから、贅沢とは違うと思うよ。

 シエルは男爵位を賜ったから、最低限貴族としての体裁は整えないといけなかったし、必要な出費だ。

これから建てる屋敷を華美にするなら……それは贅沢だけど、そんなことはしないだろ?」


「ええ。飾りなんて勿体無いもの」


「そう思っているなら、大丈夫だ。何事にも勿体無いと思わなくなったら、その時は自分を見つめ直した方がいいと思うけどね」


「本当に大丈夫かしら……」


「今のシエルなら、心配しなくて良いと思う。

 どちらかというと、俺の方が危ないだろうな」


「それは……すごく思うわ」


「……気を付けるよ」


 引き攣った表情を浮かべながら、弱々しく口にするクラウス。

 人はどうしても自分の財産を基準に考えてしまうから、仕方のないことではあるけれど……裕福な暮らしに慣れきっていると、質素な暮らしに戻るのはすごく難しいのよね。


 私は元から極貧生活だったから冒険者の食事にもすぐに慣れたけれど、普通はこんな風には出来ないはずだもの。

 そう考えると、クラウスが食事で贅沢をすることは無さそうだわ。




 ……なんて思いながら、手を動かし続ける私。

 髪飾りのお返しにとお守りの首飾りを作っているのだけど、これが凄く難しいのよね。


 材料が金属だから模様を描くだけでも力がいるのに、模様が変わると意味が変わってしまうから、綺麗に描かないといけない。


 材料は贈り物を手作りしたい人向けに売られている無地の小さな円盤が付いているだけの首飾りで、やっていることは模様を描くだけ。

それなのに、もう二時間もかかっているのよね。


「……完成したわ」


「お疲れ様」


「これで大丈夫かしら?」


「四つ葉のクローバーに治癒魔法の魔力を入れたのか。

 良いお守りになると思うよ」


「ありがとう。」


 クラウスのお墨付きを貰えたから、大事にマジックバッグに仕舞う私。

 それから、グレーティア領の屋敷にむかうために、玄関に向けて足を踏み出した。




   ◇




 いつものように空を飛ぶこと数時間。

 無事に誰にも気付かれずグレーティア邸の前に辿り着いた私は、予想していなかった問題に見舞われてしまった。


「申し訳ありませんが、本日はシエル様というお客様がお越しになる予定はございません。お引き取り下さい」


「予定に無い貴族の来訪には気を付けるようにとアレン様がおっしゃられていた。この二人は怪しい。俺がアレン様に確認してくるから、お前たちは不審者が逃げないように捕まえていてくれ」


「「分かりました」」


 今日の門番は初めて見る顔だから、きっと新人さんなのだと思う。

 だから私の顔を知らないみたい。


 私達家族全員が描かれている絵は屋敷の中にいくつもあるのだけど、絵を元に判断するのは危険だから、この対応は正解なのよね。

 悪いのは、連絡せずに来てしまった私。


 だから、おとなしく捕まったまま待つことにした。


「クラウス、迷惑かけてごめんなさい」


「気にしなくて良い。こういう経験も面白いからね」


 申し訳なく思ってしまう私に対して、クラウスはこの状況を楽しんでいる様子。

 それが門番達には不審に見えたようで、クラウスだけあっという間に手を縄で縛られてしまった。

 門番達の腕はかなりのものだと分かるけれど、クラウスには勝てないわよね……。


「この門番達、かなりの手練れだな。

 グレーティア家の護衛は優秀だと聞いていたけど、想像以上だ」


「でも、その縄千切れるのよね?」


「この角度で縛られたら力が入らないから、縄抜けをしないと無理だよ」


「そこまで考えられているのね」


 今の状況は私達の方が不利なのだけど、護衛達が優秀だと分かって感心してしまう私。

 警備に力を入れているのはお父様が当主になるよりもずっと前から続いていることなのだけど、それは今も変わらないみたい。


 そのお陰で今のところ不審者の侵入は許したことが無いのよね。

 ……なんて思い出していると、お兄様が剣を片手に姿を見せた。


「シエルとクラウス殿……これは大変失礼しました。

 二人を解放しなさい」


「承知しました」


 少しだけ手間取ってしまったけれど、お兄様が来てくれたことで私達は無事に屋敷の中に入ることが出来た。

 けれど、心配事が増えてしまったから、お兄様に問いかけてみる。

 

「お兄様、いつもの門番さんはどうしたのですか?」


「揃って風邪をひいてしまったから、今は休ませているんだ。

 かといって無事な人を休ませない訳にはいかないから、空いたところは見習い達に任せているんだよ」


「そうでしたのね。その風邪は軽いのですか?」


「もう熱は下がったと聞いているから、明後日には復帰する予定だよ」


「大事無くて良かったですわ」


「早めに休ませたのが良かったみたいだ。

 シエルも移動で疲れているだろうから、ゆっくりした方が良い」


「ありがとうございますわ」


 それから少し歩いたところで、お兄様は料理人達に私達の分を増やすようにと指示を出しに行ってしまったから、私はクラウスと私室へ向かった。

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