106. 久々のパーティーです

 あれから一週間ほど。

 エイブラム家の方々と共に招待状を受け取った私達は、皇帝陛下主催のパーティーに向かう準備を進めていた。


 今回のパーティーは、フレイムワイバーンによる被害が最小限に済んだことをお祝いするためのものらしく、立役者にされている私とクラウスは主役……ということらしい。

 注目されることは王太子殿下の婚約者だった時の経験があるから慣れているけれど、帝国のパーティーは王国の三倍以上の人が集まるから、緊張してしまう。


 今は侍女達に囲まれて甲斐甲斐しくお世話されているのだけど、この状況だって久々だから落ち着かないわ。


「メイクはこれで終わりですので、次は御髪を整えさせていただきますね。

最近流行りのハーフアップで宜しいでしょうか?」


「ええ、それで大丈夫よ」


 今は髪を纏めてもらっているところなのだけど、ハーフアップにしては時間がかかっている気がするのよね。

 それに、侍女が私の前に立っているのも不思議だわ。


「あまり目立たないかもしれませんが、少し編み込んでみました。

 いかがでしょうか?」


 そんな言葉と共に侍女が少し離れて、目の前の姿見にはいつもとは印象の違う私が映っていた。

 まだ髪飾りは付けていないのに、これでも十分と思えてしまう。


 ここの侍女達は天才なのかしら?

 ええ、きっと天才に違いないわ。


「すごく良いわ。まるで別人になった気分よ」


「満足していただけて良かったです。

 髪飾りもありますので、少し失礼いたします」


 今度は侍女さん三人がかりで髪飾りを付けられていく私。

 次に姿見が見えたときは、別人としか思えない姿が映っていた。


「完成しましたわ。

 とてもお似合いでございます」


「ありがとう。

 まるで別人になった気分だわ」


 冒険者を始めてからずっと後ろで一つに纏めるだけだったから、今の輝かしい姿が自分だなんて思えないのよね。

 髪飾りだって一昨日まで持っていなかったから、少しでも気を緩めたら涙が溢れてしまいそうだ。


「シエル様は素がお綺麗ですから、殆ど手を加えておりませんの。

 もっと自信をもってくださいませ」


「貴女達のお陰だわ。ありがとう。

さっそくクラウスに見せてくるわ」


 侍女達へのこの口調だって慣れないけれど、敬語だと申し訳ない気持ちにさせてしまうから、うっかり敬語にならないように気を付けているのよね。


「きっと喜ばれると思います。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


「ありがとう」


 笑顔の侍女達に見送られながら部屋を出ると、すぐ近くの廊下の壁に背中を向けて佇んでいるクラウスの姿が目に入った。

 礼服を身に纏っている彼はいつも以上に輝かしくて、私が霞んでしまいそうだ。


 服装を変えて髪型を整えているだけなのに、こんなにキラキラとした雰囲気を纏えるなんて……嫉妬してしまいそうだわ。

 素が良いって、こういうことを言うのよね。


 ほとんど手を加えていない時でも、クラウスは格好良いのだから。


「……すごく綺麗だ。いつも綺麗だし可愛いと思っているが、今のシエルは油断していたら引き込まれそうなほど魅力的だ」


「ありがとう。クラウスもすごく格好良いわ。

 私が霞んでしまいそうよ」


「それを言うなら、霞は俺の方だろう。シエルに勝てる気がしない」


「いいえ、私の方が霞みだわ」


 クラウスの目に私がどんな風に映っているのか分からないけれど、お互いに嘘は言っていないのよね。

 だから、延々とこのやり取りが続いてしまいそうだわ。


「お二人ともお美しいですから、自らを下げ合うのはおやめください。

 もっと自信を持っても宜しいのです」


「そう言われましても……」


「……執事長がそう言うくらいだ。シエル、もっと自信を持ってほしい」


「褒められているのはクラウスの方よ。もっと自信を持ってほしいわ」


 同じような言葉を返すと、クラウスは一歩下がってから私の頭から足元まで視線を動かす。

 そして一人で頷くと、こんなことを口にした。


「やっぱりシエルの方が綺麗だ」


「そこは勝ち誇ってほしかったわ……」


 私が軽くショックを受けているのに、クラウスはどこか嬉しそうにしている。

 褒められて嫌な気分になることは無いけれど、やっぱり私よりもクラウスの方が輝いていると思うのよね。


 けれど、そんな私達の押し付け合いが無駄だと思える言葉が降りかかってきてしまった。


「お互いを称え合える仲なのは素晴らしい事だと思いますわ。

 シエル様もクラウス様もお美しいのですから、もう少し素直になっても良いと思いますの」


 声の主はフィーリア様。

彼女もパーティーに参加するから、いつも以上に綺麗に見える装いをしている。


平凡どころか貴族の中では貧乏と言うのが相応しい家で育った私とは、格が違いすぎて直視出来ないほどの眩しさに、目を背けたくなってしまう。


「フィーリア様もすごくお綺麗ですわ。普段からお綺麗ですのに、今日は輝かしすぎて直視出来ないほどですわ」


「ふふ、ありがとうございますわ。

 シエル様もとってもお綺麗でしてよ?」


「ありがとうございますわ。

 でも、クラウスには劣っていると思いますの」


「それは方向性が違うから、そう見えているだけだと思いますの。

 パーティー会場に入れば答えが分かりますわ」


「分かりましたわ。

 クラウス、パーティー会場に着くのが楽しみね?」


「そうだな。シエルの方が美しいと分かるのが楽しみだ」


 ここまで埒が明かないだなんて初めてのことだから、少し困惑してしまう。

 けれど、そろそろ会場に向かわないといけない時間だから、クラウスから差し出された手に私の手を重ねて、玄関に向けて足を踏み出した。

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