101. 少しずつ変わっていること

 あれから移動すること一時間ほど。

無事に国境の山脈を超えた私は、すっかり茜色に染まっている空を見てから口を開いた。


「そろそろ日が暮れそうだから、野宿にした方が良さそうね」


「ああ。新月の夜に移動するのは危険だから、野営の準備をしよう」


 アイリスには治癒魔法をかけてあるから、ここで裏切られるようなことは無いと思うけれど、今までの事があるから信頼は出来ないのよね。

 でも、野営の時は協力しないと命に関わるから、着地する前に肩を揺すってみる。


「うぅ……」


「魔物が居るから、起きてもらえるかしら?」


「魔物!?」


 魔物の言葉に反応したみたいで、ビクリと体を震わせてから姿勢を正すアイリス。

 寝起きの顔だけれど、すぐに周りを見回して何かを握ろうとしていた。


「それ私の腕よ! 武器じゃない!」


「ご、ごめんなさい……!」


「気にしていないから大丈夫よ。

 それよりも、今夜は野営することになったから、準備を手伝って欲しいの」


「分かりました。

 でも、何をすればいいのか分かりません……」


「私が教えるから大丈夫よ。

 着地するから、しっかり掴まって」


「はい……!」


 そうして無事に着地した私はすぐにワイバーンの背中から降りて、近くで死んだふりをしている魔物に光の攻撃魔法を放つ。

 この魔物のお肉は調味料が無くても美味しいから、ちょうど良かったわ。


「クラウス、今日の食材が手に入ったわ!」


「おお、今日は贅沢になるな」


「合いそうな野菜を探してくるから、シエルはテントの準備を頼む」


「分かったわ。気を付けてね?」


 クラウスを見送ってから、マジックバッグからテントを取り出す私。

 それから、アイリスにテントの建て方を教えながら、野営の準備を進めていく。


 テントの準備が出来たら、今度は焚火に使う木の枝を集める。

 焚火は魔物除けと料理に使うから、絶対に必要なのよね。


 火魔法で代わりにすることも出来るけれど、ずっと使っていると疲れるから、焚火が一番だ。


「これくらいで良いですか?」


「それの十倍は欲しいわ」


「そんなに!?」


 アイリスが抱えている木の枝の量を見てから言葉を返すと、彼女は驚いているような声を漏らした。

 料理をするだけなら今の量でも十分だけれど、野営に使うとなると足りないのよね。


「夜の間も切らさないようにしないといけないから、それくらいは必要なの」


「野営って大変なんだ……」


「疲れていて大変かもしれないけれど、怠ると夜中に魔物と戦うことになるから、頑張って」


 もう時間が無いから、私も目に付いた木の枝をひたすら集めていく。

 ちなみに、目印として火は起こしてあるから、勢いが弱くなってきたら急いで戻らなくちゃいけない。

 夜になると迷いやすくなってしまうから、怠るわけにはいかないのよね。


 アイリスも野営がどれだけ危険なことなのか理解したみたいで、必死に集めてくれている。

 でも、ずっと地面を見ているのは危険だわ。


「視線は地面じゃなくて、常に周りを気にしなさい。木の枝は、たまたま視界に入ったものだけ拾えば良いわ。

 そうしないと、迷うことになるの」


 そうしている間にクラウスが青々とした葉っぱや木の実を抱えて戻ってきた。

 ちょうど木の枝も必要な量は集めることが出来たから、そのまま三人で焚火を囲う。


 座り方は、クラウスの向かいに私で、アイリスは私のすぐ隣という形だ。

 前科があるから、クラウスの近くには行かせたくないのよね。


 アイリスも自覚しているみたいで、クラウスとは一言もしゃべろうとしない。

 でも、まだ油断は出来ないから、気を抜くつもりは欠片も無い。


「よし、そろそろ良いだろう」


「私の方も焼けてきたから、先にアイリスにあげるわね」


「分かった」


 何があるか分からないから、アイリスを先に寝かせたいのよね。

 そんな私の意図を察してくれたみたいで、クラウスが焼いていたお肉もアイリスの前に差し出された。


「私が先で良いのですか?」


「ええ。私達はまだ疲れていないから、遠慮しなくて良いわ」


「ありがとうございます!」


 それからすぐ、アイリスは満足するまで食べたらしく、そのまま居眠りを始めてしまった。

 まさかこんなに早く眠ってしまうとは思っていなかったから、少し驚いてしまう。


 けれど、お陰でクラウスとゆっくりお話しすることが出来るから、アイリスをテントの中に横にしてから、私達は自分の分のお肉を焼き始めた。




   ◇




 翌朝。

 火の番をクラウスと交代でしていた私は、日の出の瞬間をテントの外で迎えた。


 クラウスはアイリスを恐れて私の前で寝ているから、何も起きていないことは確実なのだけど……彼が身体を痛めそうで心配になってしまう。


「……そろそろ交代の時間か」


「そうね。

 でも、もう眠くないから大丈夫よ?」


「俺も目が覚めたから大丈夫だ」


「それなら、少し早いけれど……朝食の準備をしましょう」


 幸いにも彼は身体を痛めずに済んだみたいで、軽く伸びをしてから立ち上がる。

 けれど、その判断は間違っていたらしい。


「座って眠ると流石に痛くなるな……」


「テントの入り口を開けて、中で眠っても良かったと思うわ」


「いや、それは無理だ。

 シエルとなら大丈夫なのだが、女性が苦手なのは今も続いている。一緒の空間で眠るなんて真似は死んでもご免だ」


 いつも一緒に行動していたから気にならなかったけれど、今もクラウスの女性苦手は治っていないらしい。

 私とは抱きしめ合っても大丈夫でも、他の女性とは確かに距離を置いている。


 徹底している紳士と見える行動なのだけど、私の勘違いだったみたい。


「ごめんなさい。もう治ったと思っていたの」


「俺も治ったと勘違いしていたから、気にしなくていい。

シエルとなら密着していても大丈夫だが……他の令嬢と握手をする羽目になったときに悪寒がしたのだ。

シエルと出会う前よりは良くなっているから、そのうち治ってくれると思う」


「少しずつ良くなっているのなら良かったわ」


 であった頃は近くに女性が居るというだけでも嫌そうにしていたクラウスだけれど、今は表情を取り繕えるくらいには良くなっているのよね。

 だから社交界に出ても問題にはならないけれど、今も不自由はあるから早く治した方が良いと私もクラウスも思っている。


「……そう思うことにするよ」


「早く治ると良いわ」


 私の手に重ねられたクラウスの手を握ったとき、登ってきていた朝日が木々の隙間から私達を照らした。

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