84. side 動き出す歯車
シエルがグレーティア領を後にしてから三日。
変装を終えたリリアとアレンは、久々に王都の風景を視界に入れていた。
「なんだか活気がありませんわね……」
「ああ、ここに墓地なんか無かったはずだが……」
ここは王都の外れを通る街道で、馬車の窓からは広大な墓地が見えていた。
以前は一面を色鮮やかな花々で覆われていた場所だが、今は数えきれないほどの墓標が整然と並んでいる。
災害や戦争の後も同じような光景が見られるが、ここ十年近く戦争も災害も起きていない。
「死人が増えているという話は聞いていましたけれど、こんなにも酷い状況でしたのね……」
「この墓地は平民だけしか居ない。恐らく聖女様は平民にも手を出しているのだろう」
「被害者が増えてしまったのは悲しい事だから喜べませんわ……。
でも、聖女様の正体を明かすには好都合ですわね」
リリアの計画では、怪我をしている貴族をアイリスの元に送り込み、治癒魔法に失敗するという状況を作り出すことになっている。
これを繰り返せば、アイリスが力を失ったことになり、権威を失うに違いないからだ。
けれど貴族は王家に逆らえない。
一方の平民は、一人一人の力は小さくても、人数が貴族とは比べられないほど多い。
聖女への不信感が募れば、王家も見過ごすことは出来なくなる。
弾圧にも限界があることは、歴史が証明しているから。
「好都合ではあるが、王家の権威が失墜すれば貴族である俺達の身も危ない。
悩むところだね」
「少なくても領地の人達は私達を慕ってくれている様子でしたわ。大事にはならないと思いますの」
そんな言葉を交わしているうちに、馬車は王都の中心部に入っていた。
「よし、始めてくれ」
「分かりましたわ」
アレンの声に続けてリリアが頷くと、すぐに広場を覆うように魔力が広がる。
けれど、誰もその事には気付かなかった。
「上手く出来ましたわ」
「分かった。では、次の場所に行こう」
それから数時間以上、リリアは王都の人々がアイリスの洗脳を受けないようにと、魔法をかけていった。
同じ頃、王宮には今日も聖女の治癒魔法を求める貴族が押しかけていた。
ほとんどは男爵家や子爵家の者達だが、その中で浮いている人物の姿もある。
「カグレシアン公爵様だ……。目を付けられないようにしよう」
「あの方を先頭にしなければ、何をされるか分からない……。
喉から何かが出そうなくらい痛いが、我慢しよう」
ヒソヒソと言葉を交わす彼らの視線の先には、豪奢な衣装を身に纏ったカグレシアン公爵の姿があった。
公爵は聖女を最初に保護した人物という事もあって、この一年で公爵の中では一番力が無かったところから、貴族の頂点へと上り詰めたという経緯がある。
そして周囲を見下し、威張り、時には一方的な暴力を振るって揉め事を解決するという、過去の暴君を思い出させるような振る舞いをしている。
当然、周囲からは恐れられ、立場が対等な他の公爵家からは忌避されるようになっているが、本人はどこ吹く風だ。
そんなカグレシアン公爵は当然と言わんばかりに、一番に聖女の控えている部屋へと足を踏み入れて防音の魔法を起動していた。
「まだ王に魔法をかけられないのか?」
「申し訳ありません……中々怪我をしないそうで……」
「なぜ王に暴力を振るうように仕向けなかった」
威圧するような口調のカグレシアン公爵の姿に、アイリスは怯えている様子を見せている。
けれど公爵は口調を緩めることは無かった。
「お前の家族など、一瞬で葬ることも出来る。誰に生かされているのか分かっているなら、すぐに行動するんだな。
王子を惚れさせているのと言っていたが、あれは嘘だったのか?」
「嘘ではありません……」
「期限は明日中だ。それまでに王子が動かなければ、まずはお前の妹を殺す」
そう口にするカグレシアン公爵に闇魔法は効かないことは、アイリスが既に試していて知っていること。
だから彼を洗脳して逃れることは、もはや絶望的な状況だった。
それに王宮の使用人達は、慕っていたシエルを陥れたアイリスとアノールド王太子のことを嫌悪しているから、相談する相手は誰もいない。
かといって暗い顔を周囲に見せると評価に関わるから、今日も笑顔を取り繕うアイリスだった。
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