71. 安心したら
スカーレット公爵様の裁判が終わってから休憩を挟んで、今度はヴィオラ様の裁判が執り行われることになった。
裁判と言っても、さっきまでの大々的なものではなく、貴族が平民を裁くための簡易的なものらしい。
ヴィオラ様は勘当されているから、スカーレット公爵一家に下された辺境の地への追放という罰からも逃れていて、刑罰の重さはグレン様に一任されている。
けれども、今回はフィーリア様にかけられていた濡れ衣を払拭する目的で傍聴人を招いているから、普通の平民を裁くための裁判とは違うらしい。
「これよりヴィオラの裁判を執り行います。
被告人は前へ」
「はい」
そうして始まった裁判は、今までに参加したものよりも重々しくない空気を漂わせていた。
手枷が無いだけで、こんなにも雰囲気が変わるのね。
「では、まずはヴィオラの犯した罪について確認します」
グレン様がそう切り出すと、私が知っている事が語られていく。
ヴィオラ様の犯した罪は、証拠の偽装によってフィーリア様とエイブラム家の名誉を損ねたという事だけ。
けれど傍聴席の貴族達に信じさせるために、重大事件と同じように証拠の確認が披露されている。
そもそも、証拠の偽装はそれほど重い罪では無いのよね。
貴族が犯しても、罰金を課せられる程度で済んでしまう。
だから悪意を持っている貴族は頻繁に身分を偽装した人を送り込んだり、証拠を偽装するなんて事を平気な顔して行っているそうだ。
罰を厳しくした方が安心して過ごせるようになるのに、スカーレット公爵家が猛反対して叶わなかったらしい。
「……以上になりますが、異議はありますか?」
「全てエイブラム侯爵様の説明の通りです」
「では、処罰を告げる」
そのせいで、平民が同じような罪を犯しても、大抵は慰謝料の支払いで済むらしい。
けれどこれには裏があって、平民には高額な慰謝料が払えないから、強制労働が待っている。
体力のある男性なら危険な鉱山送りに、そうでない人は農地送りになる事がほとんどなのだけど、監視しやすいようにと敢えて使用人として屋敷に入れることもあるらしい。
「慣例通り、ヴィオラには二千万ダルの慰謝料の支払いを命じる。
支払いが不可能な場合は、当家での労働に処す」
ヴィオラ様の処遇については事前に話し合って決めていて、侍女として迎え入れることになっている。
表向きは強制労働だけれど、フィーリア様がヴィオラ様に恩を感じていることもあるから、扱いは酷い物にはならないはずだ。
「……異議のあるものは挙手願う」
心配していた反対意見も出なかったから、ヴィオラ様の処遇はグレン様が口にした通りに決まった。
これでフィーリア様の名誉も回復することになるはずだから、私とクラウスで受けている依頼も無事に達成したことになるのだけど、仲を深めた人達と離れるのは寂しい。
「では、本日はこれにて閉廷とします」
裁判が締めくくられ、厳かな雰囲気のまま傍聴席の人影が減っていく。
それから私達も席を立って、法廷を後にした。
「無事に終わって良かったわ」
「まだ身分偽装の説明が残っているから、油断は出来ないよ。
皇帝陛下の許可を得ているとはいえ、何も言わずに去ることは出来ないからね」
「そうね……寂しくなるわ」
依頼は無事に達したけれど、これから学院やエイブラム家の皆にお別れの挨拶をすることになる。
寂しいけれど、私達は冒険者として生きているから、仕方のない事なのよね……。
けれど、クラウスが持っている拠点がここ帝都にあるから、しばらくは帝国で活動するつもりだ。
私のお兄様がお父様から爵位を譲り受けることになったら国に戻るけれど、それもまだまだ時間がかかりそうだもの。きっとフィーリア様達と再会する機会もあると思う。
「……一人では無いのだから、そんなに気負わなくて良いと思う。
会いたくなったら会いに行けば良い。Sランク冒険者なら、貴族との面会も普通のことだから、何か言われることも無いよ」
「そんな身勝手な事は出来ないわ。私の我儘でクラウスの時間を奪うことになってしまうもの」
「引かれるかもしれないが、俺はシエルと一緒に居る時間が楽しいと思っている。だから、奪われたと思ったりはしない」
「それなら、お互い様ね。私もクラウスと一緒に居ると楽しいもの」
お別れは寂しいけれど、一人になる訳じゃない。会おうと思えば、いつでも会いに行ける。
そう思うと、寂しい気持ちが和らいだ気がした。
けれど、安心したら今までの疲れが溢れてきて、眠気に抗う羽目になる私だった。
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