69. 忘れていたこと
私の方は無事だけれど、周りの冒険者達は何人も火傷を負ってしまっているから、少しだけ焦りが出てしまう。
「一旦落ち着こう。
先に俺が攻撃する。シエルは避けてきたタイミングを狙ってくれ」
「分かったわ」
クラウスの言葉にうなずいて、言われた通りに魔法を放つ私。
今回は詠唱付きで魔力も沢山込めたから、炎龍に直撃すると派手な音を立てて弾けた。
「翼が壊れたぞ! 落ちてくるから避けろ!」
誰かがそう声を上げると、少しずつ炎龍の身体が迫ってきているから、魔法を撃つのを止めて距離を取る。
のたうち回っているスカーレット公爵様は、近くにいた冒険者が雑に引き摺って難を逃れた様子。
直後、大きな音に続けて土煙が上がったと思ったら、目の前が真っ赤に染まった。
「痛っ……」
驚いて後ろに下がろうとしたせいで、クラウスの胸に顔から突っ込んでしまって、声を漏らす私。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。怪我は無いわ」
私は鼻を痛めてしまっただけで済んだ。
けれど、恐る恐る周りを見渡すと、私達の周りの地面が抉れていた。
「完全にシエルを狙っているな……」
「そうみたいね……」
炎龍はすっかりご立腹の様子で、立派な牙が覗いている大きな口を私達めがけて振り下ろしてきている。
そんな時、足が地面から離れる。
クラウスが私を抱えて横に避けてくれたから、一度目は空振りで済んだ。
けれど、二度目は防御魔法を掠めていって、衝撃が伝わってくる。
「口の中に攻撃魔法を撃ったら効きそうだわ」
「分かった。詠唱を頼む」
クラウスはそう口にすると、炎龍の方を見据えて的確に攻撃を交わしていく。
私を抱えているというのに……どうしてこんなに軽やかな動きが出来るのか不思議だわ。
でも、これなら安心して詠唱できる。
「……いつでも撃てるわ」
「分かった。次は避けないから、頼むぞ!」
そして、迫ってくる炎龍の喉を目掛けて全力を込めた攻撃魔法を放つ私。
直後、炎龍が首をのけ反らせて、とてつもなく大きな音が響く。
「グオオオォォォォ」
「やったか!?」
「おい、それは禁句……」
断末魔の叫びに紛れて、近くの冒険者の会話が聞こえてくる。
炎龍の目が……いえ、頭が吹き飛んでしまっているから倒せているとは思うけれど、さっきの会話があるから心配になってしまう。
「倒せたのかしら……?」
「一応剣で刺してみよう」
何度か剣を鱗の隙間に突き刺したけれど、炎龍が動き出す気配は無い。
そうしていると、ちらほらと喜ぶ声が聞こえ始めて、あっという間にお祭り騒ぎになっていった。
「何とか倒せたな」
「無事に倒せて良かったわ。
炎龍、怖かった……」
「流石に龍を相手にすると怖いよ……」
周りは大喜びだけれど、どうやら怪我人の治療が間に合っていない様子。
だから、私は休まずに治癒魔法をかけて回った。
幸いにも応急手当がされていたから、誰も命を落とさずに済んで、たった一人を除いて大喜びしている。
スカーレット公爵様だけは、髪を失ったショックから立ち直れていない様子で、皇帝陛下の手で馬車に連れ戻されていく様子が目に入る。
治癒魔法で怪我は治せても、毛を生やすことは出来ないのよね……。
いつ私が同じ目に遭うか分からないから、毛を生やす魔法を調べようかしら?
ふと、そんなことを思ってしまう。
上手く出来れば、病で髪を失ってしまった人達を救うことだって出来るかもしれないもの。
……今は事後処理に集中しないと。
軽く頬を叩いて、気を引き締め直すと、大きな球が迫ってくる様子が目に入った。
「魔石、回収しておいたよ」
淡い赤色の光を放っている球からは、今までに感じたことが無いくらいの魔力の気配がする。
どう見ても魔石で間違いないのだけど、光を放つところなんて初めて見たから、どう扱って良いのか分からなくて困惑してしまう。
「重いから気を付けて」
「分かったわ」
身体強化の魔法を使っていない状態の私が辛うじて持ち上げられるほどの重さだったから、すぐにクラウスの手の上に戻す。
こんなものをずっと持っていたら、腰を痛めてしまうに違いない。
「大きさの割には重いわね……」
「それだけ魔力が詰まっているのだろうね。
とりあえず、マジックバッグに入れた方が良いと思う」
クラウスのアドバイス通りに魔石を仕舞ってから、他の冒険者達に素材回収をお願いする。
裁判に続けて戦っていたから、今すぐに帰りたいという気持ちが大きいのよね。
けれど報告は倒した人も居ないといけないから、ギルド支部に向かわないといけない。
「帰りも走るのよね?」
「いや、迎えに来てくれたみたいだよ」
クラウスが指差す方を見ると、エイブラム侯爵家の紋章を掲げた馬車が近付いているところだった。
どうやら戦いが終わるタイミングを見計らって迎えに来てくれたみたいで、馬車に近付くとフィーリア様が出迎えてくれた。
「迎えに来てくださってありがとうございます」
「お礼を言いたいのは私の方ですわ。
私達を守って下さって、本当にありがとうございます」
馬車の中でお礼を言い合っていると、ゆっくりと景色が動き始める。
ようやく肩の力を抜ける。そう思ったのだけど……。
「今回の報奨金は国からも出るそうですわ」
「報奨金のこと、忘れていましたわ……」
「百億ダル、立役者に渡されると父から聞きましたの」
「ひゃくおく……」
想像もつかない金額に、間抜けな声を漏らす私。
隣に座るクラウスに助けを求めようと視線を送ると、苦笑いが返ってきた。
相変わらず彼は動じていないから、今回の件はクラウスに任せようかしら?
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