54. 証拠集めです

「もしも誤りだとしたら、ここに同じ毒が置かれているのはおかしいと思うのですけれど?」


 立ち去ろうとする素振りを見せた騎士達を引き留めて、そう口にする私。

 帝国も王国でも毒物の所持は合法だから、この手が使えるのよね。


 ちなみに、何もない時に口にすると毒になる物でも、一部の魔物の攻撃による毒を解毒するのに用いることが出来るから、違法にされると冒険者が困ってしまう。


「まさか、フィーリア嬢がシエル嬢を毒殺する計画をあのお方は察知して……?」


「今日はフィーリアお姉様と一緒に準備していたのですけれど、このような毒を入れる時間はありませんでしたわ。

それでもお姉様を疑いますの?」


 食堂で毒を盛られたことも捜査が始まっているはずだから、フィーリア様が捕らえられることも無いと思う。

 けれど確実ではないから、強気の姿勢で問いかけた。


「隊長、どうされますか?

 毒を盛られそうだったと説明しても擁護しているということは……」


「前回の件について、調べ直す必要がありそうだ」


 少しの間を置いて、隊長と呼ばれていた騎士さんが私の期待していた言葉を口にする。

 皇帝直属である騎士団の動きは公爵家でも止められないはずだから、証拠も集まっていくと思う。


 けれども罪人の刑罰を決める裁判では高位貴族の意向が関わってしまうから、その時のためにも証拠は私達の手に残しておきたい。

 だから、この毒入り袋を回収されないようにしたいのだけど……。


「中身は調べるまでも無いだろう。

 貴女は冒険者でもあるようだから、然るべき時に使うと良い」


「分かりましたわ」


 指紋から誰が触っていたのか調べる方法を知らない帝国なら、記録するだけで十分という事らしく、騎士さんが分厚い書類に何か書き込むと、そのまま去ってしまった。




「上手くいって良かったですわ」


 騎士さん達が去ってから少しして、フィーリア様が安堵した様子で呟く。

 危険な賭けだと分かっていたけれど、無事に成功して力が抜けた気がする。


「ええ。

危険な賭けでしたのに、許して下さってありがとうございました」


「成功すると信じていましたから、当然のことですわ」


 私達がそんな言葉を交わしていると、同じクラスの人達が少しずつ教室に戻って来ている様子が目に入る。

 他の人達の会話も耳に入ってくるのだけど、どうやら食堂で騎士団が捜査を行っているらしく、その話題で持ちきりだ。


 こうなれば黒幕が隠蔽することも難しくなると思う。

 証拠も確保したことだから、あとはヴィオラ様の指紋を確認出来たら完璧なのだけれど……授業が始まる時間になっても姿が見えなかった。


「ヴィオラ様は逃げたのかしら?」


「怪しまれるような真似はしないと思う」


「そうよね……」


 少し考えるだけで、色々な可能性が頭に浮かんでしまう。

 体調を崩しているだけかもしれないけれど、自ら毒を口にして被害者を演じる可能性に、計画の失敗を悟られていて、証拠を消すためにとヴィオラ様が襲われている可能性まで。


 けれど授業を抜け出しては私達も怪しまれることになるから、今は行動できないのがもどかしい。


「では、授業を始めます。

 ……が、一つ注意があります。先ほど、昼食に毒を盛られる事件が発生しました。既にスカーレットさんが倒れて手当てを受けています。

手遅れになるといけませんから、少しでも体調に違和感があれば、すぐに申し出て下さい」


 けれど答えは意外と早くに明かされて、少しだけ安心した。

 大抵の毒は治療を適切に行えば無事に助かることが殆どだから。


 ヴィオラ様は被害者を演じるために自ら毒を口にしたらしいけれど、袋に残されている指紋がヴィオラ様のものなら言い逃れは出来なくなるはず。

 裁判の前に予想があっているのか確認する必要はあるけれど、この後お見舞いに行けば問題無いわ。


 私とヴィオラ様は周囲には友人に見えているはずだから、怪しまれることも無いと思う。

 お見舞いに行けば、今も友人だと思っているように見せることも出来るから、少しは動きやすくなると思う。



 そう考えたから、私達はヴィオラ様の手当てが行われている医務室に向かった。


「失礼します」


 頭を軽く下げて中に入ると、閉められたカーテンの隙間からヴィオラ様の髪が見えた。

 だから近くに向かったのだけど、途中でお医者様に呼び止められた。


「まだ意識が戻っていないですから、期待はしない方が良いですよ。

 一通りの手当てはしましたが、助けられないかもしれません」


「そんな……」


 敵対している立場でも、助かって欲しいと思っている。

 だから、私は治癒魔法を使うために魔石を取り出した。


「治癒魔法を試しても大丈夫でしょうか?」


「構いませんが、効果は無いと思いますよ。

 私の治癒魔法でも無理でしたから」


 学院のお医者様は全員優れた治癒魔法使いというのは有名なお話だけれど、それでも試さずには居られなかった。


 今回はしっかり効果を出したいから、詠唱から始める。

 そして魔力をヴィオラ様の身体に流すと、治癒魔法特有の淡い光が包み込んだ。


「成功したか?」


「魔法だけは成功したわ」


「上手くいっていても意識がすぐに戻るとは限らないが……」


 意識が戻るのを待っている間に、ヴィオラ様の指先を用意しておいた空の袋に触れさせる私。

 その直後、彼女の瞼が小さく動くのが目に入った。


「フィーリア……さん……?」


「良かった。本当に良かったですわ」


 涙を浮かべながら、ヴィオラ様の手を包む私。

 この涙は演技だけれど、言葉は本心そのものだ。


 妃教育が無ければ、こんな簡単に涙を作ることは出来なかったから、あの地獄のような日々に少しだけ感謝したくなってしまう。


「あの、わたくしは一体……」


「毒を盛られて、お医者様が手当して下さっていましたの。

 でも治る気配が無くて、私が治癒魔法をかけたら、気付いて下さったのですわ」


「力不足で申し訳ありませんでした。我々も最善をつくしたつもりですが、こちらのお方が居なければ助からなかったでしょう」


「そうでしたのね……」


 そう呟きながら、涙を零すヴィオラ様。

 後悔なのか、それとも安堵なのかは分からないけれど、とにかく助けられてよかったと思った。

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