3. 婚約解消
「これは……」
久々に開いた帳簿を見て、つい声を漏らしてしまう私。
お母様の物としか思えないアクセサリーやドレスにかかった大金の記録で埋め尽くされている光景に、しばらく動けなかった。
私の家の家族仲は他所の家に比べると良いのだけど、この帳簿を見ていると私は利用されているだけのように思えてしまう。
少し我慢すればリリアにも満足に買ってあげられるはずなのに……。
昨日の夕食の時のことを思い出していると、また頭が痛くなってしまう。
考えたくないけれど、私はお金稼ぎの道具と見られているみたい。
男性の貴族が領主になるための勉強をする学院で優秀な成績を収めているお兄様なら、この現状を変えてくれるかもしれない。
けれども、お父様はそんなお兄様を領地に閉じ込めてただ手伝わせるだけ。
きっと、この日常は変わらない。
信じたくないけど、私の人生は何もかも奪われるためにあるのかもしれないわ。
「こんな人生、早く捨てたいわ……」
これ以上考えても気分が悪くだけ。
気持ちを鎮めたくてテラスに出ようとしたら、侍女のマリーに腕を引かれてしまった。
「お嬢様!? 早まらないでください!」
「風に当たるだけよ?」
「今、人生を捨てたいと……」
「口に出てたのね、ごめんなさい。自ら命を絶つような真似はしないわ」
慌てて訂正すると、マリーはほっとしたような表情を浮かべる。
私の専属になってくれている彼女は薄給だった頃から私に優しくしてくれている。
けれど優しいと思っていた両親があんなのだから、少し疑ってしまう。
「安心しました。
お嬢様がお辛いのは分かっていますが、私のような一介の侍女では奥様の浪費を止められないのです。
力不足で申し訳ありません」
「ありがとう。その気持ちだけで十分よ」
少しして、気分が落ち着いた私はお兄様に当てた手紙を書いた。
中身は両親の現状の報告だけ。それでも、きっと動いてくれる。
お兄様でも無理だったら、その時は家を出よう。
貴族から見れば身分を失った女性というのは侮蔑の対象だけれど、平民からの評価は少し違う。
気品と学があって、穏やかな人が多い……と思われている。
実際は策略だらけで常に神経をとがらせないといけないのだけど、貴族に憧れて侍従になる人は多いのよね。
マリーも貴族に憧れていたから、お母様の浪費を目の当たりにして失望したらしい。
私に原因があるとは思えないけれど、力の至らなさに申し訳ないと思ってしまった。
◇
翌日。
私は王家主催のパーティーの会場に来ていた。
今日もアノールド殿下は聖女様といちゃ……げふげふ、大変仲良さそうにしていらっしゃる。
普段は私のエスコート役に回ってくれるお兄様はというと、今日は婚約者様をエスコートする約束だから私の隣には居ない。
これは私の問題だからお兄様を恨んだりはしないけれど、ちょっとだけ寂しい。
私に向けられる嘲笑や憐みの視線はいつものことだけれど、孤独になるだけでこんなに刺々しいものになるのね……。
いたたまれなくなって、テラスに出る私。
その直後、声をかけてくる人が居た。
「パーティーは楽しまないのですか?」
声のした方を見ると、夕焼けを思わせる紅い双眸が私を捉えていた。
髪色は少し茶色がかった赤。
王国の貴族は全員顔と名前が一致するようにはしているのだけど、この人のことは知らない。
まさか、侵入者かしら? あの厳重な警備を
「いいえ、少し風に当たりに来ただけですわ」
「それにしては寂しそうな顔をしていたが? 浮気でもされたのか?」
いきなり言い当てられて、言葉を詰まらせてしまう私。
もう答えを言っているようなものだけど、目の前の殿方はそれ以上問いかけてはこなかった。
「まあ、なんだ。そんな男はさっさと捨てるに限る。どうせロクでもない奴だ」
「分かっていますわ。でも、私の地位では叶いませんの」
「あー、そっか。王国貴族って大変だなぁ」
一歩距離を詰められたから、一歩後ずさる私。
浮気されている身とはいえ血の繋がっていない殿方と親しくしている姿を見られたら、私の責も問われるかもしれない。
「私は戻りますわね」
「ああ、早く戻ってくれ」
浮気の罪を擦り付けられるのは嫌だから、視線に射抜かれることを選ぶ私だった。
会場に戻ってからしばらく好奇の視線に晒されていると、ふと私に近付いてくる人の姿があった。
「シエル、話がある。こっちに来い」
「分かりました……」
アノールド殿下に言葉を返して、後を追う私。
どこに向かうのかと思えば会場の中央で、さっきよりも注目されるようになってしまった。
国王夫妻に私の両親、それから聖女様の姿もある。
「お話とは、何でしょうか?」
「単刀直入に言う。シエル、君との婚約を解消したい」
恐る恐る問いかけると、そんな答えが返ってきた。
王族に婚約破棄された令嬢の未来は明るくないとよく言われているけれど、正直どうだっていい。
あの地獄のような日々とお別れ出来ると思えば、今すぐにでも歓喜の声を上げたい気持ちになってしまった。
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