《第二話》(4)

   *


「うーん、つかれた~。もうくたくただよ~」

 帰りにスーパーへ寄ってから帰ったら、すっかり日が沈む時間になっちゃった。

 とりあえず荷物を置いて、手洗いうがいをして、わたしはソファに倒れ込む。

「お疲れ様。飯は俺が作るから、りつはゆっくりしといてくれ」

「ありがとー、ろうくん。たくさん食べてね~」

「俺のセリフじゃないのかそれは……」

「作った人も遠慮しないでねってこと~」

「なるほど」

 台所の方で、がちゃがちゃと音がする。ろうくんがお料理の準備を始めているのだろう。

 ろうくんは料理にけっこー時間がかかるっていうか、すごくかっちりしすぎてるから、ごはんの時間は遅くなるかな、とぼんやり思う。

「おじいちゃん、いい人だったね」

「ん? ああ、そうだな。抜け目もない感じだったし、とし食ってないよ」

「そんなこと言わないの!」

 ろうくんを𠮟りつつ、わたしは今日あったことを早速よしにメッセージで送った。今度都合がついたら、《雲雀ひばり》を持って二人でまたおじいちゃんのところに行きたいよね。

「俺さ──良くないよな。相手が誰であれ、傷付けるってのは」

「……さっきのこと、気にしてるんだ?」

「そりゃあな。一歩間違えればとんでもないことになってたと思うし」

 おじいちゃんは『無茶な注文をして店主に詰め寄るヤクザを、たまたま買い物していた客が撃退した』という体で警察には通すと、そう言ってくれた。なので大事にはなっていない。

 でも、わたし達の『目立たない』というチェック的にはNGかもしれない──ので。

「ろうくんは、わたしのために怒ってくれたんでしょ?」

「そう……だな。それだけは、間違いないよ」

「なら、わたしとしてはとってもうれしいからセーフ! 一方で、他にもっといいやり方があったかもしれないから、アウト! あわせて……セフトで!」

「リクエスト判定行きな答えだ……。でも、気が楽になったよ。ありがとう、りつ

「どういたしまして~」

 ろうくんは少しだけ勘違いしているけれど、何かと戦って傷付けるということは、絶対に悪いことではないと、わたしは思う。そうしなければならない時って、きっと誰にでもある。

 もしろうくんが手を出していなかったら、おじいちゃんを守るためにわたしがあの怖い人をやっつけていた。結局どっちが先だったかってだけなのだから、あまり気にしないで欲しい。

 ……わたしの方がダメな考えなのかな。

「な、なあ、りつ

「どうしたの? お料理の準備は?」

「いや、ちょっととりにくが常温に戻るまで一旦休憩で……」

 わたしの隣に、エプロン姿のままのろうくんが座る。さっきまでのしんみりした顔じゃなくて、今はまた視線が右と左に反復よことびする感じ。考え事が他にもあるのかも。

「そのー、今日は結構歩いたよな。足とか疲れてないか?」

「んー、疲れはしたけど、足はほどほどって感じかなぁ。ろうくんこそ、荷物持ってもらったし腕とか疲れてない?」

「俺は頑丈だから。えっと、足とかマッサージ……するけど」

「足つぼマッサージってやつ?」

「そうそう。良かったら──」

「あれくすぐったいからきらい~」

 どこかで聞いた話だけれど、足つぼを押されて痛がる人は、身体からだの調子があまりよろしくない人らしい。わたしはくすぐったいだけなので、多分健康なんだと思う。

「むしろわたしがろうくんの足つぼを押そっか? つぼの場所知らないけど……」

「俺はマジ超頑丈だから。そ、それなら肩とか……凝ってないか?」

「肩?」

「ああ。ほら、女性って──」

 右と左に動きがちだったろうくんの視線が、下に動いた。昔のクセっていうか、わたしは人の視線の動きに敏感だ。っていうか、女の子はこの視線の動きに大体敏感。だって普通にしていたら、目の動きは下に向かないんだよね。身体からだを見る時以外はさ……!

「──よく肩凝るって言うから」

「今どこ見たの?」

「え? ははは、俺はいつもりつしか見てないぞ?」

「『こいつ肩凝ってねえだろうな』って考えたでしょ?」

「そんなことはないって! こういうのは個人差だから! 別にりつの肩が凝ってなくても、感謝の気持ち的に肩をんであげたいという理由だから!!」

「肩凝ってないなんて一言も言ってないんですけど?」

「あっ」

 わたしはろうくんにクッションを投げ付けて、そっぽを向いた。肩……肩ね。そうですね、全然凝らないですね。わたしは健康体だからね! 胸の大きさとか関係なくね!

「もうとりにく常温に戻ってるでしょ! おなかすいた~!! 早く料理作って~!!」

「分かった分かった! 凝ったらいつでもむからな!?」

「その時はよろしくねえ!!」

 すごすごとろうくんがキッチンへと戻っていく。結局わたしをからかいに来ただけだったのかな。あ、マッサージしたかったのは本当かぁ。別に必要なかったけれど、もしわたしが足とか肩とか凝った時は、遠慮なくろうくんに頼もうっと。

「り、りつ! この包丁やばいぞ!」

「え? どういうこと?」

 台所でろうくんが驚きの声を出している。

 話をまとめるってわけじゃないけれど、料理も戦いもマッサージも、わたしは全部根っこが同じだと思うんだよね。

とりにくが豆腐みたいに切れる!! え、いい包丁ってここまでなのか!?」

「気になる~! 見せて見せて!」

 つまり──どちらも誰かのためにするものだ、ってこと!

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