13 逆転劇

(※ラルク視点)

 

 黒森狼ルノワールの女は地面に大きな円と謎の模様を描き、その家に銀の鎖で拘束したラルクを座らせた。円陣には何かの力が満ちているが、ラルクは平然と地面にあぐらをかき、彼女の好きなようにさせる。


「……銀の鎖も封じもまるで効かないなんて、本当に魔物のたぐいじゃないんだ。私たちとは、存在の成り立ちが違うんだね」

 

 女は興味深そうに、ラルクをまじまじと見つめる。

 

「あなたは普通の人間と違って、世界と繋がっている。在り方は妖精に近いのに、立ち位置は人間に近いんだ。あなたの力の根源は、祈願に、守護……? 魔の反対側から力を得ているから、そんなに弱いんだね」

「俺は弱く見えるか?」

 

 ちょうど天使について、客観的な意見が欲しかったところだ。ラルクは女が調べるに任せ、平坦な表情で会話に応じる。

 女は近付いてきて、無抵抗のラルクの首筋を人差し指で撫で上げた。


「善性を信じる力は、脆弱よ。誰かを犠牲にする方が簡単で、怒りや憎しみのエネルギーの方が、ずっと容易たやすく強い力となる。あなたは嵐を発生させ、森に命じて私を追い出す能力があるけれど、力の根源が私たちと違うせいで今は使えない。その制限は致命的だわ」

「確かにな。だが条件が揃えば、問答無用で奇跡を起こせる。俺は弱い人間の味方だ。お前は、何を願う?」


 こうして連れてきたのは、自分を使って何かを為したいからだろう。

 探るよう見上げると、女は動揺する。


「……」

「お前の名前は?」

「……ニンファ」

「可愛い名前だな」 

 

 感想を言っただけなのに、ニンファは赤面し、雰囲気が柔らかくなる。ラルクは、自分が美貌を持っていることを自覚している。たまに微笑みかけると、女性がよろめく。悪用するつもりは全くないが、生きるか死ぬかの瀬戸際で四の五の言っていられない。


「お前の願いを聞かせてくれ」


 天使は、人の願いを叶える生き物だ。

 誰に教えられるまでもなく、自分自身のことなので、ラルクはそれを知っている。同時に、天使である自分を受け入れるということは、人間である自分から遠ざかるということだと自覚している。役割を演じるたびに、人間では無くなっていく。それが力の代償なのだとしても、前に進むしかない。

 ラルクは人外の天使らしく、ニンファをそそのかし、彼女の内に秘めた願いを聞き出す。

 それは、エリオとの関係、黒森狼ルノワールの悪しき伝統の物語だった。




(※エリオ視点)


 どうやって脱出しようか。

 勇ましく出て行って捕虜になったあげく、故郷フォレスタが黒森狼ルノワールに襲われ滅びるのを目撃するなんて、冗談でも最悪だ。ラルクが何とかしてくれそうな気がするのだが、だからといってエリオが何もしない理由にはならない。

 黒森狼ルノワールのキャンプの隅で、縄で拘束されて転がされながら、エリオは思考を巡らせた。今見張りは一人だから、隙を見てカイエンと力を合わせれば倒せそうな気がする。しかし、拘束されたままだと不利だ。


 かさこそ……


 悩んでいると、背後で小さな物音がした。

 耳を澄ませないと分からないくらいの、小さな音だ。

 エリオは振り返って、後ろ手に拘束された、腰の後ろあたりを見やる。

 すると、可愛い栗鼠りすのピックの、黒くつぶらな瞳と視線が合い、思わず声を上げそうになった。


「?!」


 ピックは、固い胡桃くるみの殻をかじる歯で、縄をがりがり嚙み切っている。すごい。家に置いてきたはずなのに、いったいどうやってここまで来たのだろう。しかも主人を助けてくれるなんて、うちの栗鼠は賢すぎる。

 エリオが感動している間にも、縄はゆるんでほどけそうだ。

 気を引き締め、隣のカイエンに身を寄せて視線で合図する。

 見張りが欠伸あくびした一瞬の隙を狙い、二人で飛びかかった。

 手が自由になったエリオは、真っ先に見張りの剣を奪う。

 そのまま、カイエンの縄を切ってやった。


「誰か!」

 

 獲物を失い丸腰になった見張りは、地面を這いずりながら助けを求めた。

 その声に応えるように、暗い森から狼たちが駆けつけてくる気配がする。


「カイエン、火を付けよう!」

 

 エリオは言いながら、松明たいまつを取って、敵の荷物に火を付けて回る。自由になったカイエンも、近くの松明たいまつをつかむ。風が吹いているせいか、小火はすぐに燃え広がった。

 狼たちは、燃え上がった火を見てひるみ、エリオたちに飛びかかる前に足踏みした。


「……ここにいたのか」

「ラルク!!」

 

 炎の彼方から、白い翼を広げた天使が舞い降りてくる。

 集まった兵士たちが、ラルクに見惚れて立ち止まる。優雅に翼を広げた天使の姿は美しく、幻想的だった。


「目的は果たした。撤退するぞ」

 

 彼の腕には、気を失ったニンファが抱かれている。

 敵に捕らえられたかと思ったら、あっという間に逆転させるなんて。

 エリオは呆気に取られたが、黒森狼ルノワールの兵士が混乱している今がチャンスだと気付いた。


「カイエン、逃げるぞ!」

 

 三人は炎上するキャンプを尻目に、闇わだかまる森の中へと飛び込んだ。

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