第22話 遥香の気持ち
数学の課題プリントが終わりかけたころ、三井のお腹がグーっと鳴った。
「あはは、そろそろお昼にしようか?この前みたいにピザ頼む?」
「いいね」
机の上に置かれた、ピザ屋のチラシをみんなで覗き込んだ。
真っ先に奈菜が弾んだ声で、大人気というキャッチフレーズが添えられてあるチラシの一番上にあるピザを指さした。
「やっぱり照り焼きチキンは外せないよね」
続いて三井がその横にあるピザを指さした。
「マヨポテトコーンも美味しそう」
「それ、カロリーヤバそう!」
「カロリーは美味しさの単位でしょ」
遥香の指摘に三井がボケたところで、3人からドッと笑い声が漏れた。
「じゃ、注文するね」
三井がスマホで注文し始めたとき、遥香が席を立った。
「ミッチー、お手洗い借りるね」
「リビング出て左手のドアだから」
三井がスマホから目を話すことなく答えると、遥香がリビングから出ていった。
ドアが閉まると同時に奈菜が話を切り出した。
「ねぇ、ねぇ、二人良い感じじゃない」
奈菜には今日の勉強会の本当の目的、三井が遥香と仲良くなりたいは伝えてある。
遥香の過去のトラウマを知らない奈菜は、としても親友二人が上手くいくことを願っているようだ。
勉強中、遥香の分からないところを三井は下心があるとはいえ、親切丁寧に教えており、遥香もそんな三井を尊敬する眼差しで見ていた。
勉強の合間に三井が振ってくる「冬休み何してたの?」とか「漫画、何か読んでる?」などの雑談にも応じて、雰囲気はよさそうだった。
奈菜が今日の朝の出来事を小声で、上機嫌の三井に伝えた。
「ここに来るとき、遥香に軽く探り入れてみたの。そしたら、ミッチーのこと『頭も良くて、優しくていい人』って言ってたよ」
「えっ、マジで!?」
奈菜と三井が二人で盛り上がり始めたのいいことに、取り出したスマホを見ているフリをしながら物思いにふけった。
三井と遥香が上手くいきそう。そう思うと、奈菜と付き合っているにも関わらず、嫉妬と独占欲の混じったドス黒い感情が心の中に湧いてきて胸がざわつく。
親友の恋路。応援しないといけないと頭では分かっているが、心の整理がつかず素直に応援できない。
どうしたら良いのか分からない。
「どうしたの?」
「いいや、お腹すいたなと思って」
「頭使うとおなか減るよね」
「って、ミッチーはいつもお腹空いてるでしょ」
僕がずっと黙っているのに気付いた三井に声をかけられて、適当に誤魔化した。
上手く誤魔化せて笑いが取れたところで、遥香がトイレから戻ってきた。
◇ ◇ ◇
勉強会は午後6時に奈菜の母親が迎えに来たところで解散となった。
一緒に帰りたかった奈菜が渋々母親の車に乗り込むのを3人で見送った後、三井に手を振り遥香と一緒にバス停へと向い歩き始めた。
すでに日は落ち空は真っ暗で、冬の大三角形が綺麗に輝いている。
人気のまばらな住宅街を二人並んで歩く。
奈菜が嫉妬するので学校では二人きりにならないようにしていたので、遥香と二人きりになるのは久しぶりだ。
以前は何も意識しなくても自然と会話できていたのに、今となっては何を話したらいいのか分からない。
それは遥香も同じみたいで、バス停に着くまで沈黙の時間が続いた。
沈黙の重い雰囲気に耐えかねた遥香は、バス停に着くとすぐに時刻表を確認して話しかけてきた。
「次のバスまで10分あるみたいだね」
「そうだね」
ようやく話のきっかけができたことで、遥香は話をつづけた。
「奈菜とは、どう?上手くやってる?」
「ああ、付き合っていて楽しいし、奈菜も奈菜で楽しんでくれていると思う」
「そう、順調そうでよかった」
そういう割に遥香の表情は浮かない。
「今日、お揃いコーデにしようって、奈菜が言い出したんでしょ」
「そうだけど、よくわかったね」
「奈菜、自分が正しいと思うと、周りの意見聞かずに押し付けるところがあるけど、大丈夫?」
「まあ、そんなところ無くはないけど、それでも楽しんでるから大丈夫だよ」
「なら、良かった。部活でも、時々あってね。送球がそれたり、エラーしたりすると、すぐに大声で注意するから、奈菜のことちょっと苦手な部員もいるんだよね」
「そうなんだ」
確かにこの前グラウンドの片づけを見ていたとき、ダラダラとグラウンド整備していた部員に注意していた。
「多分、奈菜の中で交際している二人の理想形があって、それを押し付けてないか心配してたけど、亜紀が楽しんでいるならそれでよかった」
確かに言われてみれば、そんな感じもする。プリクラ撮りに行った時も、イルミネーション見に行った時も、全部奈菜が行きたいところを決めていた。
デートコースだけではない、今日の服だってそうだし、髪が伸びてきたのでそろそろ切ろうという話をしたら、伸ばしておいた方が良いと言われ切れずにいる。
遥香の言う通り、奈菜の理想を押し付けられていると言えばその通りだが、それで奈菜が喜んでくれるなら不満はなかった。
「遥香はどうなの?男子は苦手って言ってたけど、家の学校の男子だったらどう?」
「まあ、他の高校のゴリラどもに比べたらマシだけど……」
「遥香も一度付き合ってみたら?そしたら男子に対する苦手意識もなくなるかもよ。このままずっと、男が苦手なままでいいとは思ってないだろ」
「確かにそうだけど……」
「じゃ、ミッチーなんてどうかな?」
整理がつかず釈然としない気持ちがあるのは確かだが、免罪符代わりに軽く三井のことを勧めてみた。
遥香からも「いい人だね」と軽い感じで返事があるものかと思った、意外に深刻そうな表情で黙り込んだ。
しばしの沈黙。遥香は何かを考えているようだった。
遥香が口を開きかけたとき、ちょうどバスが到着した。
午後6時過ぎの駅に向かうバスは他に数名の乗客がいるだけで、閑散としていた。
二人とも終点の駅まで乗車するということで、最後尾の座席に並んで座った。
バスが発車して数秒後、遥香は窓の外を見つめたまま、視線をこちらに向けることなく口を開いた。
「ミッチーと私が付き合うことになって、亜紀はそれでいいの?」
もちろんよくない。三井と遥香が付き合うのを奈菜の様に素直に応援はできない。
でも、奈菜と付き合っている自分にそれを止める権利はない。
「もちろん、二人が付き合ってくれたら嬉しいよ。ミッチー良いやつだし、実家は金持ちそうだし、きっと遥香を幸せにしてくれるよ。それで、この前みたいに4人で楽しくやっていこうよ。ダブルデートとかしちゃってさ」
精一杯の虚勢だった。自分で言っておきながら、むなしくなってくる。
「そう、それなら良かった」
遥香はこちらの方を見向いて、にっこりと笑った。片えくぼの浮かぶその笑顔が、より一層心のざわつきを掻き立てた。
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