第18話 キャッチボール

 12月にしては気温は高く、風も穏やかだ。

 久しぶりに握るボールは、いつもよりも大きく重たく感じた。


 テスト期間中は中止していた遥香との昼休みのキャッチボール。テストも終わったところで遥香から誘われ、体育館裏に来ていた。


 テスト前とテスト中の2週間、運動らしい運動をしておらずなまった体をストレットでほぐした後、10mほど離れた遥香に向けボールを投げた。

 パチッと心地よい音を立てて難なくキャッチすると、遥香はボールを頭上に持ち上げた後、「いくよ」と元気のよい掛け声と共にボールを投げた。


 僕の投げる山なりのボールとは違い、遥香のボールは矢のように直線な軌道で近づいてくる。

 球速は速くても取りやすい胸の位置にコントロールされているので、グラブをほとんど動かすことなくキャッチできる。


「ナイスボール。テスト明けだけど、体なまってないみたいだね」

「部活停止中も自主練はしてたからね」


 受け取ったボールを再び握り、遥香へと返した。

 キャッチした遥香はすぐにはボールを返さず、ボールを見つめている。


「どうした?」


 こちらから声をかけると、遥香は視線をあげて投球動作に入ると同時に声をあげた。


「亜紀、奈菜と付き合ってるだってね」

「どうして?それを知ってるの?」


 遥香の言葉に動揺してしまい、ボールはグラブを弾いて後ろに転がっていった。

 慌てて拾いに行く間も、遥香の言葉は続いていた。


「知ってるも何も、毎朝あんなにイチャついて登校してきたら誰だって気づくよ」


 10mほど後ろに転がっていたボールを拾い上げ投げ返すと、遥香の手前2mほどのところまでしか届かなかった。

 遥香はワンバウンドしたボールをキャッチすると、再び投げながら話をつづけた。


「昨日部室で奈菜からプリクラ見せてもらったよ。かわいいかったよ」

「えっ、奈菜他の人に見せてるの?」

「うん。『私の彼氏、かわいいでしょ』って自慢げだったよ」


 まだ僕は親友の三井に付き合っていることを伝えてすらいないのに、奈菜は相当浮かれているようだ。


「まあ、おめでとう!奈菜のこと大切にしてね」


 遥香は勢いよく踏み込むと、今日一番の剛速球をこちらに投げつけた。

 ボールの勢いにおののきながら身構えグラブを広げると、ボールはグラブへと吸い込まれていった。パチンというキャッチ音が体育館裏に響き渡った。


「ナイスキャッチ!そろそろ教室に戻ろうか」


 すっきりした笑顔の遥香が、振り返って教室に戻り始めたので慌てて後を追った。


◇ ◇ ◇


次の日の朝駅を降りると、改札近くでいつもどおり奈菜は待っていた。

改札口を抜ける僕の姿を見つけると、嬉しそうに小走りで近寄ってくる。

早速、昨日のことを尋ねてみた。


「奈菜、付き合ってるってみんなに言ってるの?」

「えっ、ダメなの?」


 誤魔化すわけでもなく、悪びれた様子もなく純粋な瞳で「ダメなの?」と聞かれると言葉に詰まる。


「だって私たち付き合ってるのって、悪いことじゃないのに隠す必要ないでしょ」

「まあ、そうだけど」


 奈菜が僕の手を掴み、ニッコリと微笑んだ。

 冷たい北風の吹く通学路、奈菜の手のぬくもりが心地よかった。

 取り留めもない話をしながら学校へと向かって歩く。


「そういえば、昨日の昼休み遥香と一緒にどこかに行ってるの見たけど、どこ行ってたの?」

「ああ、昼休み遥香と体育館裏でキャッチボールしてるんだ」

「えっ、毎日なの?」

「あっ、もちろん、テスト前とか雨の日とかはやらないし、午後の授業の宿題忘れたときもしないから毎日って訳じゃないけど……」


 遥香とのキャッチボールは、奈菜と出会う前から始まっていただけに敢えて話すこともなかった。

 付き合う前ならどうってことなかったけど、付き合った後に他の女子と二人でいることが知られたことに気まずさを覚えた。


「ふ~ん、亜紀ってキャッチボールできるんだ」

「ああ、小学校の頃遥香と同じソフトボールクラブに入ってたからね。といっても、遥香はエースピッチャーで、私は補欠だったけど」

「そうなの?初耳。ポジションどこ?内野?外野?」


 遥香とは当然のことであえて口に出さなかったことが、奈菜には新鮮だったようで目を輝かせて話しかけてくる。

 子供の頃の話を根掘り葉掘り聞かれているうちに学校に着いてしまった。


 昼休み、授業の緊張感から解放された教室は生徒たちの話声がうるさいぐらいに響き渡っている。

 聞き耳を立てているわけではないが、断片的に耳に飛び込んでくる「冬休み」「クリスマス」「彼氏いない」という単語から会話の内容は推測がついた。


 お弁当を食べ終わった遥香が立ち上がり、視線をこちらに向けた。

 何も言わなくてもわかるキャッチボールの誘いだ。


 僕もカバンからグラブを取り出したところで、奈菜が教室に入ってきた。


「遥香、亜紀と昼休みキャッチボールやってるんだってね。私も混ぜてよ」


 奈菜は左手にはめてる使い込んだキャッチ―ミットを軽く叩いている。


「キャッチボール、私もしたい」


 売店におやつを買いに行こうとしていた三井が足をとめ、会話に参加してきた。


「ミッチー、キャッチボールできるの?」

「うん、小学生の時リトルリーグ入ってたから、久しぶりだけどできると思うよ」

「でも、グラブは?」

「部室にOBが置いて行った使っていないグラブがあったはずだから取ってくるね」


 遥香はそう言うと、一足先に部室へと向かい小走りに教室を出て行った。

 ちょっと不機嫌そうな奈菜と、嬉しそうな三井と3人で体育館裏へと向かう。


 軽く体をほぐしていると遥香がグラブを二つ手に持ちやってきた。


 三井は遥香から受け取ったグラブを手に嵌め、開いたり閉じたりしながら感触を確かめ、納得したのか半身になって構えをとった。


 軽い山なりボールを三井に投げると、三井はキャッチすると同時に投球動作に入り、「奈菜ちゃん!」という掛け声とともに奈菜に向けてボールを投げた。


 僕の山なりのボールと違い、矢のように一直線に飛んでいったボールを奈菜は難なく受け止めた。

 

「亜紀、行くよ」


 遥香の声が聞こえ、奈菜から視線を遥香の方へと向ける。

 視線が合ったのを確認すると、遥香は僕へとボールを投げ始めた。

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