第10話 勉強会

 窓の外からはセミの鳴き声がうるさいぐらいに聞こえてくる。

 テレビから聞こえてくる天気予報は「今日も快晴で猛暑日になる予報で熱中症に注意」と、昨日と同じことを繰り返しており、朝からウンザリした気持ちになってしまう。


「暑いと汗でメイクは崩れるし、匂いも気になるから嫌なんだよな~」


 独り言をつぶやきながら、頬にチークをのせた。

 続いてリップを塗った。ほんのりピンク色に染まった潤いのある唇に、自分の顔ながらセクシーさを感じる。


「メイクって面倒だけど、楽しい」


 再び独り言を言いながら、姿見で今日のコーデを確認してみる。

 袖口にフリルが付いていてこの夏お気に入りの水色のトップスに、紺色のスカートを合わせ同色コーデにしてみた。

 暑い日にふさわしく清涼感があり、良い感じにまとまっている。


 着替え終わると階段を降りて、1階の美容室で開店準備の掃除をしている母に声をかけて家を出た。


「行ってくるね。ちょっと遅くなるかも」


 今日は一日勉強した後、最後に夕暮れを待ってから花火することになっている。


「亜紀、ちょっときて」


 手招きされた母のもとへと行くと、母は髪の毛をいじり始めた。

 慣れた手つきで髪を編み込んでいくと、あっという間に編み込みカチューシャができた。


「夏休みなんだし、これぐらいオシャレしないとね。じゃ、行ってらっしゃい。気を付けてね」


 母は背中をポンと押して、見送ってくれた。


◇ ◇ ◇


 駅前からバスに乗り15分ほどバスに揺られ、教えてもらった停留所でバスを降りた。

 周りを見渡すと整然とした道路に沿って、手入れの行き届いた家々が並んでいる。

 

 スマホのマップ機能を頼りに住宅地の中を歩くこと5分、「三井」と表札が掲げてある家を見つけた。

 ゆうに3台は止められそうな駐車場、ウッドデッキのある広い庭、見るからに裕福そうな家の外観だった。

 インターホンを押すと元気な三井の返事が聞こえ、数秒後に玄関のドアがガシャリと開いた。


「待ってたよ。暑かったでしょ。さあさあ、早く中に入って。飲み物何が良い?麦茶?カルピス?アイスコーヒー?」


 満面の笑みで出迎えてくれた三井の後に続いて家に入った。


「ミッチーの服かわいい!」

「ありがとう。亜紀もかわいいよ。メイクも上手」


 冷房の効いたリビングに通されると、あいさつ代わりに相手の服やメイクを褒めあう。女の子になって身に付いた新しい習慣。


「いいな、そんな小花柄のワンピース、私も欲しい」

「このワンピース、Vネックで肩幅小さく見えるし、ハイウェストになっているからスタイルよく見えるし、おすすめだよ。あと、ポケットもあってスマホ入るよ」

「おっ、すごい。入ってるの気づかなかった」


 三井はポケットに手を入れ、スマホを取り出した。おそらくポケットの位置が工夫してあるのだろう、中に物を入れても服のラインが崩れていない。

 入学して以来、男子の時とは違った視点で服を見るようになった。


 そんなことを話しているうちに、チャイムが鳴った。

 インターホンの画面にあとの二人が来たことを確認した三井は、嬉しそうに玄関へと向かっていった。


「奈菜ちゃんと、遥香だ。ちょっと行ってくるね」


 しばらくすると、楽しそうな話声とともに三井たちがもどってきた。

 遥香はワイドパンツにカットソーと、今日もパンツスタイル。シンプルだが、ピンクのボトムスに女の子らしさを感じる。


 一方、奈菜は水色のニットに黒のミニスカート。

 奈菜の白く長い足を黒のミニスカートが、その魅力を引き立たせて思わず見惚れてしまう。

 僕の視線に気づいた奈菜がこちらを向くと、恥ずかしくなって視線をそらした。


「飲み物入れてくるから、みんなはそこに座ってて」


 台所の冷蔵庫を開けて、みんなの飲み物をつぎ始めた三井に尋ねた。


「ミッチーのご両親は?本当に夜までいていいの?」

「お父さんいつも遅いし、お母さんも7時過ぎぐらいかな。気にしなくていいよ。今日はみんなで楽しもう」

「ミッチーのご両親って何の仕事してるの?」


 リビングにあるテレビは大きく、そのほか家の中にある家具も一目で高級品とわかるものばかりだ。


「医者だよ。お父さんは外科医で、お母さんは心臓内科」


 三井は何でもないようにサラリと言いいながら、4つ飲み物が載ったトレイを慎重にリビングに運んできた。


「宿題、何からする?私、英語がいいな?奈菜、この英作文わかる?」


 早速、三井がノートを広げ奈菜に質問にすると、奈菜がノートをのぞき込んだ。


 テスト前の勉強会では勉強熱心だなとしか思っていなかったが、三井の恋心を知ってしまった後だと別の視点で見てしまう。

 三井は気づかれないように少しずつ距離を縮めていく。


 二人の肩が触れ合うと、奈菜がサッと身を引いて距離をとった。

 三井は平然を装いながらも、声のトーンが少し下がったところを見ると、ショックだったようだ。

 頑張れミッチー、今日はまだ長い。と心の中でエールを送った。


 昼ご飯を宅配ピザで済ませると、午後からは数学に取り掛かった。

 数学の苦手な奈菜は、空欄が目立つ宿題のプリントを手に僕に質問してきた。


「ねぇ、亜紀、この問題どうするの?」


 僕の目の前に座っている奈菜が身を乗り出すと、襟ぐりの深いニットからラベンダー色のブラ紐がわずかに見えた。

 見てはいけないと思いつつ視線を外したが、やっぱり見たい欲望には勝てずもう一度見てしまう。


「ああ、その問題、ちょっと難しいよね。でも、こうやって式を変形すれば、公式が使えるから……」


 ノートに書いた数式を見ようとして奈菜がさらに身を乗り出すと、ブラ紐だけではなく胸元まで一瞬だが見えた。

 一瞬だけだが脳裏に焼き付いて、頭から離れない。


「そうやって解くのね。ありがとう。自分でも一回解いてみるね」


 席に座り直し問題を解き直しを始めた奈菜の胸元に、つい視線がいってしまう。

 良からぬ妄想が掻き立てられ、下半身が膨らみかけた。


「亜紀、ちょっといい?」


 隣座る遥香から声をかけらえ、我に返った。


「この問題の答え、これで合ってる?」

「私も同じ答え。合ってると思うよ」


 平然を装うも、先ほど奈菜の下着をのぞき見していたのが遥香にバレていないかドキドキだった。



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