第7話 打ち上げ

 時計を見ると、残り時間はあと1分。

 英語のスペルミスがないか、入念にチェックしてみる。


 うん大丈夫、スペルミスはない。

 最後の英作文も簡単な単語と文法しか使っていないが、それゆえに間違いはないと思われる。

 英作文は背伸びをせずに知っている単語や文法だけで作るのがコツと奈菜のアドバイスを素直に守った。


 9割がた解答欄は埋まっているし、ある程度解けている自信もある。学年上位は無理でも赤点は逃れたに違いない、そんな確信をしているとチャイムが鳴った。

 

 3日間にわたる中間テストが終わった。

 監督の先生がテスト用紙を回収して出ていくと、開放感に包まれた教室は一気に騒がしくなり、「終わった!」「私、マジやばい」などと雄たけびに似た声が交錯し始めた。


 開放感よりも疲労感の方が勝った僕は、へたり込むように机にうつ伏せて、教室の様子を傍観していると、不意に声をかけられた。


「テスト終わったね」


 声を掛けられた方を向くと、両手を頭の上で組んで背伸びをしている遥香がいた。

 机にうつ伏せたまま、顔を横に向けて返事をした。


「疲れたよ。高校のテストってマジでエグいね」

「量も質も半端ないよね」


 三井の声が聞こえたところで机から顔を話した。三井も少し疲れているみたいで、いつもの笑顔に陰りがある。

 三井は右頬を手でこすりながら、ポケットから手鏡を取り出した。


「毎日、睡眠時間削って勉強してたから、お肌が心配」

「結果が返ってくるのが、怖いね」

「やっぱりみんなで勉強しててよかったね。テストに出そうと言ったところ、だいたい出たから最低でも赤点はないかなって感じ」

「期末もやろうね」


 遥香の誘いに、三井と僕は頷きながら賛成した。勉強は一人でやるものと思っていたけど、みんなでやるのも捗るし孤独感がないのもいい。


「あっ、それでなんだけど、奈菜がテストの打ち上げしようって言ってるけど、今度の日曜とかどうかな?」

「打ち上げ?花火でもするの?」


 三井はお腹を抱えて笑い始めた。キョトンとする僕に、遥香も笑いながら教えてくれた。


「違うよ。打ち上げ……、改めて言うと難しいな。簡単に言えばテスト頑張ったから、みんなで遊ぼうってことよ」

「ああ、そういうことね」

「日曜日、特に予定ないけど、亜紀は?」

「私もないよ」

「じゃ、決まりね。2時に駅前集合ね」


 テストの後の打ち上げ。初めての体験に期待が高まる。


◇ ◇ ◇


 駅の改札を抜けると、三人が仲良く話している姿が見えた。

 小走りで近づいていくと、僕が着たことに気付いた三井が手を振ってこたえてくれた。


「ごめん、待たせた?」

「いや、私たちが早く来ただけだから、気にしないで」


 奈菜が小刻みに手を振った。たしかに時間はまだ1時50分。

 奈菜は僕の履いているスカートを見ると、三井の方を振り向いた。


「あっ、そのスカートってイロチなの?」

「そうだよ、この前一緒に買い物行ったんだ」


 三井が水色のスカートを少し持ち上げながら、嬉しそうに答える。昨日、三井からイロチでそろえようとラインがあった。


「それで、今から何するの?」

「あっ、ごめん。決めてなかった。どうしようか、カラオケがいい?それとも、ゲーセンに行ってみる?」


 まだ引っ越してきて2か月しか経っておらず、この辺りのことは詳しくないので三人が行き先を決めるのを見守ることにした。

 三井の私服はこの前みたが、遥香と奈菜の私服は初めてで新鮮に感じる。


 遥香は白のトップスに黒のワイドパンツとシンプルな感じのコーデだが、トップスの袖のレースがあり、シンプルながらもかわいらしさも感じる。

 奈菜は水色のハーフパンツに白のカットソーに薄手のパーカーを羽織り、彼女のイメージ通り元気な女子高生らしいコーデだ。


 三人を何気なく見ているうちに、三人とも薄いながらもメイクしていることに気付いた。

 頬がほんのりピンク色だし、唇も潤いがあり輝いている。


「亜紀、カラオケでいい?」


 ようやく話がまとまったみたいで、こちらに見向いた三井の目元はラメが入っているようでキラキラしていた。


「3人とも、お化粧してるの?」

「まあね」


 当然のことのように三井が答えると、急にノーメイクの自分が恥ずかしくなってきた顔を下に向ける。

 その素振りに気付いた奈菜が、顔を覗き込むように見つめた。


「亜紀はメイク道具持ってないの?」

「持ってないよ」

「じゃ、今から買いに行こ」


 返事を待つことなく、手を引っ張られ連れられてきたのはエキナカにあるドラッグストアだった。


「化粧品ってドラッグストアで売ってるの?」

「あるよ。もちろん高級品はないけど、逆に初めてだから安いのがいいでしょ」

「まあ、そうだけど」

「まずは下地からと……」


 奈菜は早速いくつか商品を手に取り選び始めた。遥香と三井もそれぞれ自分が使っているのを手に取りながら、奈菜と話し始めた。


「私これ使っているけど、UVカットも入ってていいよ」

「私はこれかな。くすみとかクマとか消せて、試験中は助かったよ」

「ミッチー、学校に来るときもメイクしてるの?」

「下地と髭剃り痕を隠すために軽くファンデだけね」


 髭剃り痕はいつも悩みの種だった。朝と昼休みに丹念に髭を剃ってもどうしても、髭剃り痕が残っているのが気になっていた。

 三井と至近距離で話していても髭剃り痕は気にならず、体毛が薄い体質で羨ましいと思っていたが、化粧で隠していたとは思わなかった。


 そんなことを考えている間に、奈菜が下地にファンで、アイブローと一通りのメイクセットを買い物かごにポンポンと入れていった。


「こんなもんかな?」


 奈菜は必要なものはあることを確認するとレジへと向かった。

 お金足りるかなと心配だったが、思ったよりも安い金額にホッとした。


 ドラッグストアのロゴの入ったレジ袋を手に持ったまま、駅近くのカラオケ店に向かった。

 受付後、部屋に入ると奈菜が真っ先にマイク片手に端末を操作しながら一曲目を入れた。


 短いイントロの後、すぐに奈菜の歌声が部屋中に響き渡る。

 4月から始まったアニメの主題歌にも使われている、人気アイドルグループの曲を奈菜は振付付きで楽しそうに歌っている。

 その完成度にイントロ直後のサビ部分が終わると、三人からの拍手が鳴り響いた。


 奈菜の歌声を聴きつつ、端末で何を歌おうか悩んでいると三井から肩を叩かれた。


「亜紀、さっき買ったメイク道具だして。メイクしてあげるから」

「えっ、今から」

「簡単だけどね」


 奈菜の歌声を聴きながら、メイクが始まった。

 手慣れた感じで下地が塗られ、つづいてファンデが塗られた。


 奈菜の歌が終わり次に遥香が歌い始めたが、アイメイクが始まり見ることはできず遥香の歌声だけが耳に届いた。


 遥香の歌が終わると同時にリップも塗り終わり、メイクが終わった。

 手鏡をバックから取り出し、早速仕上がりを見てみる。


「どうかな?」

「すごい、自分の顔じゃないみたい!」


 男っぽい鼻筋の陰影がファンデで消され、薄かった唇もリップでふっくらした感じに見える。

 歌い終わった遥香が近づいてきた。


「見せて、見せて。かわいい」

「ミッチー、メイク上手」

「まあ、中学の時から女っぽく見える研究はしたからね」


 みんなに褒められた三井は照れながらも誇らしげな様子だ。

 いつまでも鏡の中の自分を見ていたかったが、奈菜が端末を手渡しきた。


「ほら、次は亜紀が歌ってよ」

「私、そんなに上手くないよ」


 特段音痴というわけではないが、流行りの曲でみんなのテンションを上げてくれた奈菜、バラードをしっとりと歌い上げた遥香の後に歌うのは気が引けた。


「じゃ、一緒に歌おう。この歌知ってるでしょ」


 奈菜は端末を操作すると、マイクを僕に渡して手を引っ張り前の方へと連れて行った。


 イントロが流れ始め、奈菜と一緒に歌い始める。

 三井も遥香もリズムに合わせて手拍子をしてくれる。

 カラオケなんて久しぶりで緊張したが、歌ううちに緊張も解けて楽しくなってきた。


 1サビが終わり間奏になると、奈菜と目が合った。

 視線が合った瞬間、優しく微笑んでくれた。

 


 




 

 


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