第2話 入学式
チョキン、チョキンと心地よい音をリズムよく響かせていたハサミの音が止まった。
母は一歩下がって全体的なバランスを見ている。
「まあ、こんなもんかな」
無造作に伸びていた髪の毛が、丸みのあるショートボブに切りそろえられており、少し長めにカットされた両サイドの前髪が男っぽい角ばった顔の輪郭を隠してくれている。
「あら、かわいい。史恵の若いころそっくり」
レジ横で帳簿をつけていた祖母が、いつの間にか近くに立っていた。
鏡には不安げな表情の自分の姿とは対照的に、嬉しそうに微笑む二人の姿が映っている。
シャンプーとブローが終わると、制服を着た姿を見たいと母が熱望するので2階の自室へと戻った。
ピンクのニットと黒のスカートを脱いで、クローゼットを開けた。
クローゼットの中は、茶色や黒ばかりで殺風景だった引っ越し前とは違いカラフルなピンクや水色など明るい色のレディースの服が並んでいる。
どれもフリルやリボンが付いておりカワイイ系の洋服ばかりだ。
こんな服を着た彼女とデートしたかったが、自分で着ることになるとは夢にも思っていなかった。
ため息をつきながらスカートをクローゼットに仕舞うと、壁にかけてあったセーラー服を手に取った。
スカートを履き始めて1週間。最初のころは足元が不安な感じで落ち着かなかったが、ようやく慣れてきた。
制服のスカートに足を通す。裏地のツルンとした感覚が気持ちいい。スカートを履くのはまだ抵抗はあるが、この感覚だけは好きだ。
スカートのホックを留め、上着を着る。
制服を買うときに試着した時にも思ったが、セーラー服は意外と重い。
3年間使うということだけあってしっかりとした生地を使っているためか、白地の軽やかな見た目に反して重量感がある。
クローゼットについている鏡で自分の姿を見てみる。
あれ、意外と似合ってる?
母譲りの白い肌、もやしっ子と言われた華奢な体つき、そして母親にカットしてもらったショートボブの髪型、セーラー服とよく調和していて、意外と違和感がない。
もちろん女子高生そっくりとまではいかないが、テレビ番組でコントなどで女装している芸人よりはマシな感じだ。
「亜紀、まだなの?」
1階から待ちわびた母の声が聞こえてきた。
慌てて部屋を飛び出し、階段を降りた。
「あら、ますます史恵の若いころそっくり」
「セーラー服似合っていてかわいいよ」
身内びいきだと分かっていても、可愛いと褒められると嬉しい。
不安だった気持ちが少しだけ晴れた気がした。
◇ ◇ ◇
入学式当日の朝、制服に着替えてリビングに入ると、リビングは4月の柔らかな日差しにつつまれていた。
部屋に入るなりグレーのツイードスーツに着替えた母が、こちらを振り返りながら尋ねてきた。
「亜紀、準備できた?」
「うん」
「じゃ、ちょっと早いけど出発しようか?」
そういうと、母は黒のハンドバックを手に取った。
嬉しそうに手を振る祖母に見送られながら、母に続いて家を出て駅に向かう。
すれ違う人たちからの、チラチラとこちらを見ている視線を感じる。
思わず身を縮めて、母の後ろに隠れてしまう。
「ほら、教えたとおりにちゃんと背筋を伸ばして、コソコソしてると余計目立つよ」
「えっ、だって恥ずかしい」
母が背中をポンと叩いて前に行くように促した。言われた通り背筋を伸ばして、ガニ股にならないように平均台をイメージしながらまっすぐ足を進める。
「隠れたところでその制服で、ここの人たちはみんな男ってわかってるよ」
真っ白なセーラー服ではどう隠れても目立ってしまう。この制服を決めた人に憎悪の念を抱いてしまう。
駅について電車に乗り込むと、同じように入学式に向かう青陵高校の生徒とその保護者で車内は混み合っていた。
みんなこちらの方をチラチラとみては、コソコソと何か話している。
その恥ずかしさからくる怒りを、母にぶつけてみた。
「ねぇ、お母さん。青陵高校の男子の制服がセーラー服って知ってたでしょ」
「知らなかったよ。お母さんも説明会で初めて知って、驚いたよ」
その割には平然としてたし、男物の服を引っ越しの時に間違えて捨てたというのも怪しい。
「まあ、どっちにしてもいいじゃない。今更、高校変えることはできないんだし」
「まあ、そうだけど」
平然としている母とは違い、周囲の興味本位の視線の刃に耐えきれず乗客に背を向け窓の方を向いた。
車窓から流れる景色をみながら、お母さんが昔女の子が欲しかったと話していたことを思い出した。
亜紀が産まれ二人目は女の子と期待したが、なかなか妊娠に至らず。
不妊治療も頑張ったけど望みは叶うことなく悩み苦しんだようだ。父はその姿に耐えられなくなり、浮気に走るというオチまでついてしまった。
校門の前でいつまでも記念撮影しようとする母を制止して、体育館で待つ母とは別れ教室へと向かった。
昇降口に貼られていたクラス割表によると2組のようだ。
昇降口を抜け右に曲がり、中庭を横目に見ながら廊下を進み、突き当りから2番目の教室が2組のようだ。
教室にはすでに半分ほどの生徒が着ていた。
全員ブレザーのところを見ると女子生徒のようだ。
一人だけ異なるセーラー服を着ている僕の方へと、視線が集まった。
顔を下に向け視線をそらしながら、小走りに出席番号順に従って決められた右奥の自分の席に着席した。
誰か他に男子生徒こないかなと期待して教室の入り口を見ていると、隣の席に座っている子から話しかけられた。
「おはよう」
「お、おはよう」
突然話しかけられ上に、その子のあまりの可愛さに緊張して噛んでしまった。
肩まで伸びた黒く艶めく髪はハーフアップに結ばれており、大きな目と小さな鼻、ふっくらとした唇、すべてが僕の好みだった。
そんなにかわいい容姿なのに、制服がネクタイとスラックスなのは意外だった。
「私、日立遥香。1年間よろしくね」
「僕じゃなかった、私、松下亜紀。よろしくお願いします」
同級生だと分かっているのに、緊張して思わず敬語になってしまった。その様子がおかしかったのか、クスクスと彼女は笑い出した。
笑うができる片えくぼが、さらに可愛さをプラスした。
「そんなに緊張しなくていいわよ。同級生なんだから。セーラー服かわいいね」
お世辞だと分かっていても、可愛い彼女から褒められるとちょっと嬉しい。
それに向こうから話しかけてくるあたり、女装した男子に抵抗はないようだ。
「ありがとう。男子がスカート履いてても変に思わないんだね」
「まあ、この高校にくるのなら知ってるからね」
「良かった。変態とかキモイとか言われたらどうしようと思ってた」
安堵したところで、何となく彼女の名前に引っかかりを覚えた。遥香、笑うとできる片えくぼ。うっすらと子供の時の記憶がよみがえってくる。
「どうしたの?」
「いや、同じ名前の昔の知り合いを思い出していた」
「どんな子だったの?」
「いや、日立さんと違って、男勝りのやんちゃな女子だった。いつもプロレス技かけられて痛い思いしたし、鉛筆とか消しゴムとかよく盗まれていた。ほんと、日立さんとはまさに美女と野獣だね」
自分ではさりげなく褒めたつもりだった。でも、急に彼女から笑顔がきえた。手も小刻みに震えている。
何かまずいこと言ったかな。
どうしたらよいかわからないまま黙っていると、セーラー服の生徒が近づいてきた。
「おはよ。よかった同じクラスに男子がいて。一人だとどうしようかと思ってた」
大げさに首を上下に振って喜びを表すと、ポニーテールに結んである髪の毛が揺れた。
「私、松下亜紀。私も男子がいて嬉しいよ」
「あっ、まだ自己紹介がまだだったね。三井冬馬。よろしくね」
微笑みながら手を差し出されたので握手したところで、先生が教室へと入ってきて全員自分の席に戻った。
クラスを見渡すとセーラー服着ているのは、二人だけだった。
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