街は無慈悲な数奇の女王

正徳タコ

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緒言

 人は過ちを犯す種族なんだと思う。


 安達郁人あだちいくとがそれをはっきりと理解したのは中学一年生の冬、いつもバレーボールを担いでいる額に湿布を貼り付けた一つ下の男の子に口付けられた時だった。

 生産性のないキスに何の意味があるのか、ませた中学生ごときがカップルの真似事をしてそれが何を意味するのか分からない。

 端的に言えば郁人はお子様だった。


 日々の喧騒がフラッシュバックした。飽きることを知らないのか思春期真っ盛りの同級生たちはいつも同じ話題でもちきりだったことを思い出す。


「──さんが可愛い」


「──さんって発育いいよな」


「──さんって──と付き合ってんだって。キスしたのかなぁ」


 下品に歪んだ笑みを浮かべてひそひそと話が飛び交う。


 郁人は耳を塞ぎ、それ以上の言葉はいつしか耳に入らないようになっていた。

 過保護な環境によってその類のものに触れることはなかったし、知ることもなかった。保健の授業レベル、というやつ。

 なによりも邪な目で他人を見るという行為。それが醜く感じて仕方なかった。

 だから当事者になるなんて思ってもみなかった。


 ──対象にされている


 その事実は恥ずかしくて考えたくもなかった。

 混乱した。

 まだ人を好きになったことがない。まだ他人に性的な魅力を感じたことがない。なのにその感情をぶつけられている。

 不穏で気持ち悪くて、なのになぜか嬉しさを覚える自分がいた。


 乾燥でかさついた温い唇同士が重なって離れて、少年の黒い目は郁人の目の奥を覗いていた。じっと見つめられて真剣さがひしひしと伝わってくる。

 寒空の下で体温が上がる。


 郁人がその感情を咀嚼しようとする前に、脳は強制的にシャットダウンしていた。

 名状しがたい焦燥感のせいだ。郁人は口走る。


「……わからない」


 何が、どこが、なぜ。


 わからない。


 でもおそらくその言葉は誠実に本心を告げるよりも、強く酷い断り文句だったのだと思う。理解できないと、あまりにはっきりした拒絶に聞こえたに違いない。


 一年後、その無知で無垢で安達郁人はその世界から姿を消した。




 ──小指に青い糸を結んで布団にもぐって「まじかるばなな」! きみの望んだ世界が待ってるよ


小田真昼おだまひる役 花房はなぶささくら ドラマ『まじかる☆ばなな』より)

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