第18話

「王国内で加工して輸送するならば、密閉が必要ですわね。ですけれど細かく砕く、つまりはファニングス、時にはダストかしら。手早く淹れて色香を強く、割れ物の密閉で長くは運べず、それらを必要とする人物が多数存在しているのは帝国かと思いまして」


 即ちブラウンベリー子爵家を始めとした、下級貴族での需要が多い、それらが最も多数存在しているのが帝国というわけだ。遠方交易ならば軽くブロークンしたのを現地加工させるだろうという見込み。サブリナは見事な考えに嬉しくなってしまう。


「さすがお嬢様です。帝国貴族へは茶葉状態では出荷せず、それはスペシャルとして取引をしています。ファニングス以下は価値の差をつけるための道具でしかありません。もっとも紅茶の味や風味は好みでしかありませんが」


「ええ、私はどちらも好きですわ。希少価値とは作り出すものだと記されていましたので」


 その言葉にサブリナは大きく同意してしまう。希少なものを希少に扱うならば誰にでも出来る、しかしそれでは利益は少なく機会もまた巡って来る可能性が低い。ところが希少価値を作り出すという発想に至ることが出来るならば状況は大きく変わる、自らの手で機会をも作り出せるから。


「司書からの本をこちらに置いておきます。食事のお時間までご自由にどうぞ、私は外で控えておりますので御用の際はいつでもお呼びください」


 紙袋に入った本を残してサブリナは去って行った。一息ついて本を取り出すと『淑女たちの夜』という題名の本が一冊入っていた。


「す、すごいタイトルね」


 歴史書とか伝奇ばかり勧めてきていたのに、急な方向転換に少しだけ驚いている。取り敢えずページを開いていみると……なんとも艶めかしい内容だった。


「え、でも、これはこれで、うん、たまにはいいわね」


 少し顔を赤くしながら顔を近づけて読み進める。結局、途中でサブリナを呼ぶことも無く暫く没頭してしまっていた。なぜこのような物が伯爵家の蔵書にあるのか、いつか尋ねてみようと思うラファだった。


 夕食の時間になると別の部屋に移動した、ここでもまた従僕の世話になるのかと思っていたけれど、二階の一室を仮の食堂として利用する手配がなされていた。何度も階段を使うのはラファの負担になるだろうということでサブリナがそうさせたのだ。


 本館にやってきた理由、ブルボナ伯爵が夕食時に同席する。立ち上がって挨拶をしようとすると「ラファ嬢、足を怪我していると聞いた、座ったままで結構」事前に耳打ちされていたので軽くそうやっているべき場所へと腰を下ろす。


「やはりこちらに移って貰って良かった、こういう時間も共に出来るからね」


「お邪魔ではありませんか?」


「そんなことあるはずがない、あなたは私の婚約者です、本当ならばもっと一緒に居られるようにしたい位ですが、どうにも仕事が多くて。いや、これは自身の低能を晒しているだけですか」


 忙しいを理由にすることの低俗さに首を横に振る。どうしても口に出てしまう、なにせ事実だから仕方ない。けれどもラファがそんなことを聞かされて愉快なのかと言われたらこうもなった。


「有能な上、時運を手にすることが出来なければ、伯爵を賜ることが出来るとは思いませんわ」


 にこやかにそう言われるものだから「そうだとありがたいな」否定せずにラファの言葉を認めてしまう。なぜだか素直に言葉を容れることが出来てしまう、そういう人物はいるものだと思いながら。


「部屋ではどのように過ごされましたか」


 何気ない話題のつもりでブルボナ伯爵が訊ねたが、何故かラファはやや頬を赤くして返答しづらいかのように口ごもってしまった。サブリナに視線を向けるも、なぜそういう態度になっているのかは理解していない様子だった。


「そ、その、見事なガーデンですわね。窓から眺めているだけでもそう感じましたわ」


「ニケランジェロの作品は実に奥深い。手入れは彼の弟子に任せているのですが、季節が変わるとまた印象が変わるので楽しみにしていてください」


 生きている作品なのでそう表現した。天候や時間、他にも気づいていないだけで楽しみ方は沢山あるのかもしれない。過ごしている時に新発見出来たらという想いがある。


「それは良いですわね」


 目の前に出されている食事、日々感動ばかりで幸せが怖くなるほどだった。解る者には解る高級食材、そういう隠れたオシャレがあるが、ラファは口にしたことが無いのでそこは気づけずにいる。


「そうそう、騎士団訪問ですが先ほど連絡がつきました。明後日にとの話です」


「まあ、とても待ち遠しいですね! それでどちらの騎士団でしょうか!」


 前のめりに食いつかれてブルボナ伯爵も嬉しくなる、話を通した甲斐があるというものだ。普通の令嬢は結婚相手を探す為、騎士に興味を持つことはある。けれども騎士団そのものにこうも興奮するとは。


「行ってのお楽しみではいかがでしょうか。どことは知らせずに訪問することを伝えますが」


「クイズですわね、望むところです!」


 そうとってもらえたらそれで構わないし、面白そうに思えているなら良かった。ブルボナ伯爵としても疑っているわけではないが、ラファの知識を見てみたい思いがあったから。別に勘違いしたからと今さらどうともしない。


「ラファ嬢、訪問にあたり何か希望はないかな」


「ええと、特には……」


 控えめにそう言うと視線を落としてしまう。そうか、と思って終わらせようとするとサブリナがじっとブルボナ伯爵を凝視したので、その視線に気づく。なにか言いたいことがあるのだろうことを察する。


「遠慮することはないよ、折角外出するのだからね。予定は多い方が楽しいとは思わないかい」


 微笑と共に言い出しやすいようにと誘いをかけた。するとラファは、それならばと口を開く。


「模擬戦しているのを見てみたいです」


「ああ、なるほど。それは迫力がありそうだ、騎士団に要望を出しておくとしよう」

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