第15話

 伯爵が少しばかり驚く、決して自己紹介をするような人物ではないと知っているから。特定できている理由は簡単だ、ソフラン騎士は現在一人しか存在していない。かつてはもっと在籍していた、三十年以上も前は。ある時に解散の憂き目にあい、名跡を復興させた者がいて最近名乗り始めたのだ。なので年配者は知っている者もいる。


「ご存知なのですか?」


「はい。滅多に自己紹介などするようなやつではなかったのですけれど」


「ええ、お名前は知りません」


 キョトンとした顔でそんなことを言われる。サブリナもどういうことだろうかと小首を傾げた。


「ですがソフラン騎士だと仰っていましたよね」


「白地に青の軍服、緑の外套は、純白の慈愛、青い法の番人、自然を尊ぶソフラン騎士団ですわ。本に書かれていた騎士に本当に会えるなんて嬉しくて」


 暫しの沈黙、そして伯爵の頭脳がフル回転した。先ほど疑問に思ったルーカスのことと、今回の返答が導き出した一つの道筋、なるほど旧語が読めるし古い本を覚えていたならあり得る。


「もしかしてラファ嬢は、騎士団のことを詳しく覚えていたりしますか?」


「もちろんです! グランダルジャン王国に産まれ、その名を残した騎士団百四十四を暗記しています。あのような大昔の記録が今でも生きていることにとても興奮しますね!」


 伯爵ですら現存する騎士団や過去の有名どころは覚えているだけで、失われたりマイナーなところは思い出すことが出来ない。書物や授業で一度は目を通したはずだが、暗記などとてもではないが出来てるとは言えない。ふと思いついてニヤッとする。


「でしたら、今度騎士団を訪問してみませんか。幾つか知己が所属しているところがありますので、どうでしょう」


「宜しいのですか! 是非ともお願いいたしますわ!」


 ちょっと身を引いてしまいそうなくらいの食いつきに気おされてしまう。けれどもこれでラファとの距離が随分と縮まったのではないかと嬉しくなった。


「今日は時間も遅いのでそろそろ失礼させて貰おうかな。数日中に約束を取り付けるので、明日はまた話の続きをしたいですが、いかがでしょう」


「あの、私で良ければ喜んで」


 逡巡したけれども、どうしても騎士団訪問のことが楽しみ過ぎて返事をしてしまった。夢のような予定が降ってわいたのだから仕方がない。


「では決まりですね。サブリナ、ラファ嬢のことを頼んだよ」


「畏まりました」


 以前ならば彼女を引き連れて本館へ退散していたのだろうが、同じ轍は決して踏むつもりはない。サブリナに託して伯爵は別邸を去って行った、全幅の信頼を寄せているので安心して。


 寝室へ戻り、ふと気になってしまいどうしようかとチラチラとサブリナへ視線を送った。それに気づいたので「お嬢様、どうかなされましたか?」要望があるなら引き出そうと試みる。


「気づいて貰えて良かったです。伯爵さまのことで少し聞いてみたいことがあって」


 興味を持たれたのは素直に嬉しかったが、その前に解決しておかなければならないことがあると感付く。きっとまたあの名を聞くだろうと予想して。


「何なりとお尋ねください。ですがその前に一つ確認を。気づいて貰えて良かった、とは?」


「ええと、ルチナが淑女が自分から何かを求めるのははしたないって」


 もし耳にしたのがラファの前でなければため息をついていたかも知れない。よくもまあねじ曲がったことを吹き込んだものだと。


「そのようなことはございません。お嬢様がなさりたいことを、そのまま言葉にして頂ければ結構です。ルチナもイゼラも、郷の風習と勘違いをしたのでしょう」


 ことさら悪感情を振りまく必要はない、いつか平気になったころに知ることがあればそれはそれだ。今は出来るだけ穏やかに時を重ねて貰うことを最優先にした。


「そうだったんですね」


「伯爵さまについてですが、私にお答えできる範囲内であれば」


「爵位を得られたのは商売を通じて王国に多大な利益を上げたからと聞いたのですけれど、どのようなお仕事をなさっているのでしょう?」


 普通のというか、一般的な令嬢ならばどのような女性が好みかなどや、好き嫌いの部分を真っ先に尋ねて来るものだ。それなのに伯爵がどんな仕事をしているかとは、随分と毛色が違う。そもそもどのような仕事であろうと、決して興味を抱かないのが大多数だ。


「大まかに言いますと、交易です。それも港を利用しての遠方貿易が主です」


「交易商人ですか。幅広い知識と先を見据える目、商品を見抜く感覚に、客を得るための人柄。何か一つが欠けていても大成しないと言われているのに、素晴らしいですね」


 商売や貿易を、安く買って高く売るのが仕事と考えているのは、女性だけでなく馴染みが薄い男性でも思い込んでいるものが居る。一見相手の路上商売ではなく、顧客に合わせて長い取引をするのが貴族としての商いのやり方。家門への出入り許可を得ることが一番難しい。


「仰る通りに御座います。中でも紅茶などの嗜好品、宝石や鉱石などの金属類、それに食用植物関連を特に扱っております」


 知っている範囲ではなく、答えられる範囲だとしてあるのは何故かというと、その実務書類は伯爵と共にサブリナも目を通しているからだ。つまりは交易内容の全てを把握している、口にすることが出来るものも出来ないものも。


「ということは、伯爵さまは鉱石類の輸入部分で認められたのですね」

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