第19話 苦手なもの
「あ、サキ」
「なに?」
「隙あり」
「なに、告白?」
俺とレンは前と同じく格闘ゲームで対戦していた。
そして急にレンが油断を誘うものだから、わざと隙を作ったら見事に乗ってきてくれたので、お返しをして返り討ちにした。
「そういう汚い手を使い出したら終わりだと思うけど?」
「いや、ほんとに話すことがあったのを思い出したんだよ。そしたら目の前に隙ができたから、つい」
「いきなり『好き』とか言われたらね」
「言ってねぇ!」
確かにレンが俺に話しかける直前にレンの扱うキャラクターの動きが鈍ったからそうなのだろうけど、それはそれだ。
「そんでなに? 五戦五勝だから一旦終わりにして休みながら話す?」
「そのマウントいるか? リアルでオレの拳が飛ぶぞ?」
「ばっちこい」
「やっぱサキってドMだろ」
レンが呆れた様子でため息をつく。
別に痛いのは好きではない。
だけどレンの拳はそもそも痛くないから俺がドMとかは関係ない。
「まあいいや。ずっとやっててもフラストレーション溜まるだけだし、一旦休憩しようか」
「勝ち過ぎてごめん」
「よし、殴る」
レンはそう言って椅子から跳ねるように飛び降りて、俺の隣に来てから俺の肩に正拳突きをする。
「レンってそれ好きだよな」
「人を殴るの?」
「それは俺限定だと信じてるけど、正拳突き」
レンは毎回、左腕を胸の前に持ってきて足を肩幅に開き、右手を引いて殴るというちゃんとしたフォームを律儀にこなす。
俺にはそれが本職の動きなのかはわからないけど、素人目には変なところは無いように見える。
「もしかして影響受けてる?」
「……悪いか」
レンと公園で話した時も思ったけど、どうやら格闘ゲームのやりすぎで、フォームを真似したくなったようだ。
中二病特有の症状だけど、言ったら拗ねられそうだから言わない。
「絶対馬鹿にしてるだろ」
「してない。微笑ましいって思ってるだけ」
「それを馬鹿にしてるって言ってんだよ」
レンはそう言って、また正拳突きをしようとしたけど、途中でやめて上から落とすように俺の肩を叩く。
「ほんとに馬鹿にしてないから。レンはレンのやりたいようにやればいいんだよ。俺はレンのやることが全部好きなんだから」
俺の不用意な発言のせいでレンの自由を奪いたくない。
これからも不用意な発言は絶対にするけど、レンはレンのやりたいようにしていて欲しい。
「そもそもレンが可愛いことばっかりするから俺がからかいたくなるんだからな? つまりレンのせい」
「開き直んな。だいたい……違うな。そうだよな、オレがサキを困らせてるんだよな……」
「そうやって俺の罪悪感を煽る。本気で凹むからな?」
俺をからかいたいのはわかっているけど、それがわかっていても正直凹む。
実際俺がからかうせいでレンは困っているわけだし。
「サキってそういうところずるいよな。どんだけオレとの関係を大事にしてんだよ」
「人間関係って意味なら同率一位」
「浮気者が」
そう言われても仕方ない。
俺にとってはレンも
でも、俺を責めるような言い方をしてるレンの表情は少し嬉しそうであるのは少し安心する。
「トロッコ問題みたいな状況になったらどうするんだよ」
「トロッコを破壊する」
「あの問題って前提として、どっちかを選ぶ以外の方法は許されないだろ」
「それならその前提を破壊する」
もしも何かの事件に巻き込まれて、レンと水萌さんが人質に取られ、どちらか一人だけなら助けると言われたら、人質を取った犯人をどうにかする。
だけど普通に考えたら、俺が動けばどちらかに危険が及ぶので、それなら前提を変えて人質に取られないようにするか、代わりを差し出す。
トロッコ問題に当てはめるなら、俺が肉壁としてトロッコを物理的に止める。
「ちなみにサキが体を張ってトロッコを止めた場合はオレも後を追うから」
「嬉しいけど、嫌だな」
「サキのいない世界で生きる意味なんてないから」
レンの表情に嘘を言っている感じはない。
レンには俺以外の友達はいないようだけど、それでも人との付き合いが無いわけでは無いはずだ。
少なくとも家族や、先ほど言っていた水萌さんと同じ名前の知り合いの人が。
まあレンの表情を見た限りでは、そういうことなのだろうけど。
「つまり俺はレンの為に無理はできないと」
「そういうことだな。まあサキはオレ以外にも大切なお友達がいるからオレがいなくなっても平気なんだろうけど」
「本気で言ってんのか?」
「……ごめん」
冗談なのはもちろんわかっている。
それでもレンにそんなことを言って欲しくはなかった。
「言わせた俺も悪いけどな」
「サキは変なところで真面目だよな」
「レンにだけは言われたくない」
「うっさい。それよかさっさと立てよ。待ってる人はいないけど邪魔になる」
やっぱりレンは真面目だ。
まあこれは俺が悪いのだけど。
「レンと話すのは楽しくて時間忘れるんだよな」
「どうせもう一人のお友達にも同じこと言ってんだろ?」
「拗ねるな。どっちも大切だって言ってるだろ」
レンはパーカーのポケットに手を入れてそっぽを向いてしまった。
とりあえずレンをなだめるのと、さすがにこのまま居座るのもレンの言う通り邪魔になるので立ち上がる。
「どこで話す?」
「そだな、プリでも撮りながら話すか?」
「撮ったことないんだよな」
「ごめん冗談」
「知ってる。でもせっかくレンが提案したんだし」
正直写真に撮られるのは好きではないけど、レンがせっかく俺にさっきの『宝物』の代わりをくれると言うのなら喜んで撮る。
だけど俺が歩き出そうとすると、俺の手をレンの小さな手が包み込んだ。
「やめよう。あれは初心者がやっていいものじゃない。すぐに終わる話だし、クレーンゲームでもやりながら話そう」
レンの手の温もりを楽しむ隙もないぐらいにレンはマジな表情をしている。
何かトラウマでもあるのか、それともそれだけ写真が嫌なのか。
俺としてもそんなに撮りたいわけでもなかったので、レンの提案に乗って適当なクレーンゲームを探す。
「またやんの?」
俺がこの前取った猫のぬいぐるみのところで立ち止まったのを見てレンが言う。
「いや、来週は猫から犬になるんだなーって」
クレーンゲームの中に貼ってあるポスターに、猫と犬のぬいぐるみが描いてあり、日付的に来週から犬のぬいぐるみになるようだった。
前もポスターが貼ってあるのは知っていたけど、特に興味がなくてちゃんと見ていなかった。
「犬派?」
「動物だめ」
「いい情報聞いた」
「先に言っとくけど、動物を前にすると動けなくなるから」
昔から動物が俺から一メートルの範囲に入ると体が固まる。
熊を相手にする時は動かない方がいいのと同じ原理で、動物相手には動かなければ大丈夫と体が勝手に認識してるのかもしれない。
「多分だけど、隣にレンがいたら震えながら抱きつくかも」
「それは楽しみ」
「あ、冗談じゃないからな? マジで」
レンは多分信じていないけど、俺は動物と高いところは本当に駄目だ。
レンはからかうように笑っているけど、隣にレンや水萌さんがいたらおそらく抱きつく。
他人の目とか気にせず本気で。
「抱きつかれて困るのレンだからな?」
「わかったわかった」
「いつもは鋭いくせになんでこういう時は鈍いんだよ……」
まあレンが信じないのならそれはそれでいい。
その時のレンに体で責任を取ってもらうから。
「それよりこれってのが無いから無難にお菓子にチャレンジでいいか?」
「いいよ。先に取った方が勝ち?」
「それでいこうか。勝ったら総取りで」
「おけ」
そうして俺達の勝負は始まった。
結果的には俺の三回目のトライで取ることができた。
ちなみにレンからの話とは、明日の日曜日は会えないということだった。
ちょっと寂しいけど、俺だって昨日は自分の用を優先したのだから何も言えない。
そんな気持ちの俺を知ってか知らずか、レンは悔しそうに別のお菓子を取りに向かった。
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