第9話 初めての隣で二番目と話す
結局なんだかんだで
「結構あるけど、全部昨日の帰りに買ったの?」
「うん。帰り道に美味しいパン屋さんがあってね、帰りは毎日そこで買ってるの」
「迷惑かと思ったけど、多分自営業だから嬉しいのかな?」
水萌さんが持ってきたのは大きな袋いっぱいのパンなので、だいたいの数で言うと十個は超えている。
そんな量を一つの店で買うとしたら、何も言われないにしろ、店員からしたらとてもめんどくさいだろう。
だけど自営業の店で、しかも常連ならむしろ喜ばれるのかもしれない。
「優しいおじさんとおばさんなんだ。新しいのを試食させてくれたりするんだよ」
「いい話なんだけど、心配されない?」
「されるよ? なんでだろ」
水萌さんが亜麻色の髪をゆらゆらさせながら考える。
考えるまでもないことだけど。
「女子高生が毎日パン屋さんでパンを買うなんて経済的にないからだよ。それと勝手な偏見だけど、チェーン店と違って色々考えられてる自営業とはいえ、毎日……外食って言っていいのか? まあ、してたら体が心配になるでしょ」
家庭の事情で毎日買わなければいけないのかもしれないし、他にも理由があるのかもしれないけど、不摂生は俺達の年齢でも気をつけた方がいいと思う。
「でもお料理できないんだもん」
「我慢しようよ……」
水萌さんは料理をしたくないわけではない。
ただ、料理をするとできる前に材料を食べてしまうだけなのだ。
そこさえ我慢すればきっとできるはずなのだけど。
「我慢?」
「なんでもない」
そもそも材料を食べてしまうというのは俺の勝手な想像であって事実かはわからない。
まあ『消える』と言っていたしほとんど確定みたいなものだけど。
「あ、
水萌さんが両手を合わせて言う。
綺麗な碧眼と目が合い、思わず目を逸らす。
「別にいいけど、俺のはあくまで独学の適当な料理だよ?」
「でも美味しいもん。舞翔くんのお料理なら毎日でも食べたい」
「そういうのやめなさいってば。勘違いしてやるぞ」
無意識がゆえに、水萌さんは発言が結構危ない。
水萌さんの愛らしい容姿でそんなこと言われたら、普通の男子なら勘違いして撃沈している。
当の本人は首を傾げてはてなマークを浮かべているが。
「とにかく教えるのはいいよ。俺のバイトのない日か、土日のバイト終わりになるけ……」
なんだか昨日も似たようなことを話した気がして、思い出す。
そういえば俺の暇な日は『猫』に奪われたのだった。
「ちょっと待ってね。ちなみに水萌さんはいつがいいとかあるの?」
「私はいつでも大丈夫だよ。おうちに帰ってもぼーっとしてるだけだし」
「勉強とかしてないんだ」
「ベンキョウ?」
すごいカタコトで返事が返ってくる。
なんだか嫌な予感がした。
「水萌さんって勉強できるんじゃなかったっけ?」
「なんでだろうね。私は何も言ってないし、やってないんだけど……」
水萌さんが遠くを見ながらメロンパンをかじる。
「噂の一人歩きってやつね。容姿がいいってだけで勝手に妄想押し付けられて可哀想な水萌さんに何かしてあげたいよ」
「じゃあ『あーん』させて」
「ごめんやっぱり同情はよくないからやめる」
水萌さんの気持ちは水萌さんにしかわからない。
それを俺なんかが勝手に『可哀想』なんて思うのは身勝手で自己満足だ。
決して水萌さんの食べかけのメロンパンを差し出されて恥ずかしくなったとかではない。
「舞翔くんが何を不安に思ってるのかわからないけど、私は舞翔くんとお話できるこの時間があれば幸せだよ」
「だからさぁ……」
そういう不意打ちで俺の精神を削りにくるのをやめて欲しい。
いつか気がついたら頭を撫でてそうで怖い。
「とりあえずありがとう。話を戻すけど、昨日俺に人生二人目の友達ができたんだよ」
「すごい! 私は舞翔くんが初めてで唯一なのに」
「俺も初めての友達は水萌さんだよ」
ここで『友達』を強調するのは意識してると言ってるようなものだけど、仕方ないじゃないか、俺はひねくれてる男子高校生なのだから。
「えっとつまり、そのお友達と遊ぶから私の相手はできないってこと?」
「言い方にトゲがあるんすけど。いや、そんな気がないのはわかるよ? わかるけど罪悪感」
水萌さんとレンこと
なんとなく大丈夫な気もするけど。
「女の子?」
「はい」
「ふーん」
水萌さんが真顔で正面を向いてメロンパンを無言で食べ進める。
「怒ってる?」
「……」
「拗ねてる?」
「……拗ねてないもん」
水萌さんが今度は俺とは完全に反対側を向いてしまった。
「拗ねてる理由を教えてください」
「だから拗ねてないもん。ただ、舞翔くんの初めてのお友達になれたのに、次にお友達になった子が羨ましいだけだもん」
「理由が可愛いな。ちなみに女の子に反応したのは?」
「舞翔くんは男の子なら男の子同士でしかできない約束とかあるだろうけど、女の子となら別に私がいるのにって思っただけ。だけ」
とても重要なことらしく、二度、ちらっと見られた。
「なんと言うか、約束は女子との約束とは違うんだよね。どちらかと言うと男子との約束に近い」
相手はからかうととても可愛いレンだけど、今のところはゲームセンターに行く約束しかしていない。
「でも女の子なんでしょ?」
「そうだけど、そもそもさ、そっちの約束は断れないわけでもないから大丈夫だよ?」
「いいの? 私のわがままで舞翔くんとそのお友達が喧嘩とかしちゃわない?」
(天使なのかな?)
さっきまで拗ねていたはずの水萌さんだけど、今はしゅんとして俺の心配をしてくれている。
この子を天使と言わずに誰を天使と呼ぶのか。
「大丈夫、とりあえず聞いてみるよ。ちなみに水萌さんはいつがいいとかあるの?」
「いつでも大丈夫だよ。舞翔くんのおうちの人が許してくれるなら何時でも」
「それはどうなの?」
水萌さんの家事情は知らないし聞く気もない。
そこまでプライベートを赤裸々にする必要もない。
だけど、世間一般では高校生の男女が同じ屋根の下に居るだけでも問題が起こると言われる世の中だからきっと許されない。
「とにかく聞いてみる」
水萌さんとの時間については後で話すとして、とりあえず昨日、母さんとバイト先以外で初めて追加された『レン』という連絡先にメッセージを送る。
サキ『レン』
レン『なに?』
サキ『今日も可愛いな』
返信が止まった。
サキ『レン?』
レン『ふざけんな。お前のせいでクラスの奴らにいきなり机に頭をぶつける変な奴みたいな目で見られたろ』
サキ『きっとレンの可愛いに呆けてるだけだよ。そんな事よりさ』
レン『お前な』
スマホ越しなのにレンのため息が聞こえた気がした。
多分きっと気のせいだけど。
サキ『明日って俺とのデート楽しみにしてる?』
レン『デートじゃねぇ。まあそれなりに楽しみではあるよ』
サキ『照れんな』
レン『絶対次会ったらぶっとばす』
サキ『レンのパンチって威力が可愛くて結構好き』
レン『ドMが』
サキ『レン限定な』
レン『普通にキモイからな』
サキ『普通に傷つくからな?』
レン『ごめん』
スマホ越しでもわかる。
レンが本気で悪いと思って謝っているのが。
そういう律儀なところが結構好きである。
サキ『なんかありがとう』
レン『やっぱりドMだろ』
サキ『まあ俺がドMかどうかはどうでもよくて、昨日話した友達覚えてる?』
レン『イマジナリーの?』
サキ『残念。今も隣でそわそわしてるんだよな』
そう送って隣を見ると、水萌さんが深刻そうな顔で俺を見ている。
サキ『あ、友達いますアピールじゃないから』
レン『別に羨ましくはないから』
サキ『俺がいるから?』
レン『ソウダナー』
サキ『だから照れ隠しが可愛いな。それで、その子が放課後に用があるって言ってて、レンとのデートの日を1日貰えないかなって』
レン『急に本題入るな。そんな事なら別にいいよ。サキにはサキの事情があるだろうし、せっかくの友達なら大切にしないとだろうし』
サキ『いい子だな。今度会った時にご褒美で頭撫でてあげようか?』
レン『やれるもんならやってみろ。いややるな』
俺なら本気でやると察したのか、消すのも忘れて返信がくる。
サキ『頭は撫でるとして、じゃあ明日はデート無しで』
レン『だからデートじゃないって言ってんだろ。まあとにかくわかった。一人寂しくゲーセン行ってるよ』
サキ『絶対に埋め合わせする』
レン『お前、真面目な時は結構』
レン『なんでもない』
サキ『だったら送んなし。気になるだろ』
レン『俺を捨てて他の女と遊ぶんだから少しは苦しめ』
サキ『女の子って話したっけ?』
レン『勘。むしろ情報サンキュー』
サキ『俺のことを知れて喜ぶレン可愛いぞ』
レン『うるさい黙れ。もう返信すんな』
俺はその返信のあとも気にせずメッセージを送り続けたけど、レンからは返信はなかった。
だけど律儀に『既読』は付けてくれたところに優しさを感じた。
そしてこれから隣で膨れている『初めて』の友達と向き合わなければいけない。
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