第4話 有り得ないことは続くもので
遠慮なく俺のお弁当を食べきった
走らなくてもギリギリ間に合う時間だけど、ゆっくりもできない時間だ。
「ん? てか一緒に帰ったら駄目か」
「なんで?」
嬉しそうに隣を歩く水萌さんに視線を落としてそう呟くと、水萌さんが不思議そうに俺の顔を見上げる。
さっきまでは座っていて気づかなかったけど、こうして隣に立つと水萌さんは俺より頭一つ分ぐらい小さい。
そこも小動物のようで可愛いけど、それはいい。
「俺と一緒に教室入っていいの?」
「だからなんで?」
「色々言われるでしょ」
俺は既に告白を邪魔したものとして『よくやった』か『邪魔者』みたいな視線を受けるのは確実だ。
だけどその俺と水萌さんが一緒に教室に入ると、付き合ってるとは思われないにしろ、裏で繋がって告白を邪魔したとか、そういう憶測が立てられる可能性もある。
「
「どちらかというと水萌さんだよ。俺は別に周りの視線とか興味ないし」
「でも嫌な気持ちになるよね?」
否定はしない。
そんな可愛い言い方ではなく、『嫌悪感』を抱くのだけど、どちらにしろ他者からのそういう視線は鬱陶しい。
「それなら我慢する。教室ではただのクラスメイトの
「わかった。間違えないでね、
「あ、でもお昼は一緒しようね。あそこを秘密基地にしよう」
「特に秘密の場所ではないけど、まあ森谷さんならいいか」
一人が好きな俺だけど、なぜか水萌さんとは一緒に居て苦にならない。
これが人を好きになるということなのだろうか。
(違うな)
この気持ちは恋愛感情とかではなく、動物なんかに向ける感情。
俺は水萌さんを子犬か何かだと思っているのかもしれない。
現に今も感情とリンクしている亜麻色の髪が沈んでいる。
「猫背になってるから」
「だってぇ……」
「いいじゃん、二人だけの秘密なんて仲のいい友達みたいで」
俺がそう言うと水萌さんが髪をふぁっとさせながら顔を上げ俺を見る。
「それいい! 舞翔くんと秘密の関係だ」
「言い方。それと呼び方」
「あ、桐崎くんだった」
次の授業までの時間がないこともあり、周りには人がいないけど、どこで誰が聞いてるのかわからないから気をつけなければいけない。
「そろそろ離れないとか。先行ってて」
「むぅ、仕方ないか。バイバイ、明日のお昼休みまで」
「うん」
教室で顔を合わすけど、寂しそうな水萌さんに手を振る。
なんだかとても罪悪感が芽生えるけど、こればっかりは仕方ない。
「俺なんかとじゃ釣り合いとれないんだから」
水萌さんはスクールカーストトップ、言ってしまえば天界に住まう住人で、俺は下界で密かに暮らすモブだ。
そんな二人が仲良く一緒に居るところなんて見られるわけにはいかない。
「絶対に水萌さん、何かされてないか聞かれてるよな」
そんなことを呟きながら教室に戻る。
「森谷さん、帰り遅かったけど『クラッシャー』に何もされなかった?」
「クラッシャー?」
「そう、雰囲気をぶち壊すから『クラッシャー』」
想像以上にめんどくさいことになっていた。
(俺の初めての二つ名が『クラッシャー』って)
水萌さんは現在質問攻めに遭っている。
帰りが遅かった理由と、ついでに告白について。
そしてどうやら俺に二つ名は付いたようだけど、顔を覚えられてなかったようで今のところは俺に被害はない。
「その、まい……クラッシャーさんは、えっと、助けてくれたといいますか、その……」
水萌さんはさっきと打って変わって喋りに勢いがない。
今まで興味がなくて知らなかったけど、あれが水萌さんの教室での姿のようだ。
「脅されてるの? 私たちがそいつに言ってあげようか?」
(うわぁ、うざぁ)
聞いてるだけで気分が悪くなる。
水萌さんを勝手に弱者と決めつけて、自分たちが水萌さんを守ってあげていると勘違いしている。
または人気者の水萌さんを守って自分たちの方が上だと周りにアピールしている。
どちらにしろ吐き気がする。
「だ、大丈夫です。私は、その……」
そこでチャイムが鳴った。
授業が始まるので「また後でね」と言って、そいつらは自分の席に戻って行った。
(大変だよな、ほんとに)
胸を押さえながら小さく息を吐く水萌さんを見ると、本当にそう思う。
(終始、お疲れ様)
放課後になっても未だに質問攻めに遭っている水萌さんに心の中で敬礼をしてから教室を出る。
今日はバイトもないのでゆっくりおひとり様を漫喫できる。
(何する……)
放課後の予定を考えながら歩いていると、またも人生で一度あるかないか、多分ほとんどの人間が出会わない状況と出くわした。
そう、パーカーのフードを被った子が、ガラの悪そうな男どもに囲まれていた。
「ぶつかっといてごめんなさいも無しか?」
「……」
「だんまりかよ? お口付いてないんですか?」
「……」
「シカトこいてんじゃねぇぞ」
体格的に三年生だろうか、学校の目の前でよくやると逆に関心する。
囲まれてる子は俯いて何も言わない。
「ほら、骨折れちゃったんだけど? 十万で許しといてやるから」
「「貧弱かよ」」
(あ……)
あまりにもテンプレで、あまりにも馬鹿らしいことを言うものだから、つい声に出てしまった。
そしてそれはパーカーさんも同様で。
「あ? なにお前。何か文句でもあんの?」
「いえ別に。ただそんな小さい子にぶつかられただけで折れる腕が心配で」
「ナメてん──」
「誰が小さいじゃゴラァ!!」
失言というのはそれに気づいた時には取り返しがつかないものだ。
とてつもないスピードで俺の胸ぐらを掴んだパーカーさんを見て、これからの教訓にすることにした。
「もっかい言ってみろ。誰が小さいって?」
「別に俺は『誰と』までは言ってないけど? 怒るのは自覚ありってことだろ?」
「誰がどう聞いたってオレのことだろうが!」
(オレ、ね)
俺より頭一つ分ぐらい小さいその子が綺麗な黒い瞳で俺を睨みつける。
「無視して話してんじゃ──」
「うるせぇ黙ってろ! 十万払っててめぇら全員の腕へし折ってやろうか!」
パーカーさんに睨まれた三人の男たちは、一瞬怯えて退散した。
「演技派だな。だからこの手をそろそろ……」
「あ?」
「マジかよ……」
あの三人組を追い払うために怒ったフリをしてるのだと信じていたけど、どうやら本当に身長がコンプレックスのようだ。
「いいだろうが小さくても。なんの不満がある」
「お前が今してるみたいにバカにされんだよ」
「別にしてないけど? ただ今日、小さい子は可愛いって気づいたけど」
「うわ、ロリコンかよ」
「安心しろ、お前みたいな身長が小さい子って意味だし、何より恋愛感情とかそういうのは一切ない」
「は? なに、オレを可愛いとか思ってんの?」
「確かにあれは天然ものだからなのかもしれないけど、お前の場合は違う意味で可愛いかもな」
「意味がわからん」
パーカーさんは呆れたように俺の胸ぐらから手を離す。
「シワになったらどうしてくれる」
「気にしないだろ」
「しないけど。花嫁修業的な意味でアイロンとかしてみるか?」
「……」
俺が冗談で言うと、パーカーさんが驚いたように俺に視線を向ける。
「冗談だよ? 本当に小さいからって誰かれ構わず可愛いとか思わないからな?」
「そうじゃない。なんでオレに花嫁修業を進めた?」
「女の子は誰しもそういうのが必要なんじゃないの? 知らんけど」
「……」
パーカーさんが俺を見て固まる。
「あ、もしかして女の子なの隠してた?」
「いや、隠してはない。ただ、バレたことはなかった」
「ふーん」
「興味なさそうに。ちなみになんでわかった?」
「声」
俺には別に体格から性別を判断するなんて技能はない。
単に声が可愛らしかったから女の子だと思っただけだ。
「口調とかを変えたって、思わず出た素の声は本物だろ?」
「それでもあいつらは気づかなかった」
パーカーさんが背後、さっきの三人組が退散した方を見る。
「それな。なんでだろ、俺は実は声豚なのかもな」
確かにアニメはたまに見るが、声優の声を全て当てるなんて俺にはできない。
すごい人では吐息だけで区別できるらしいし。
「まあそういうこと。それじゃあ帰る」
別に急いでるわけではないけど、なんとなく嫌な予感がしたからここからいち早く離れたい。
そう思いながらパーカーさんの隣を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。
「まだ何か?」
「暇だな?」
「俺には晩ご飯を作るという大事なミッションが」
「つまり暇だな?」
「……六時ぐらいまでなら」
「決まり、ついてこーい」
そこで初めてはにかむように笑ったパーカーさんに抗えるほど俺は女の子慣れしてなかった。
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