第21話 へそ調査(研究開発型ベンチャー企業)

 レクリエーション施設に引き返す間、車中では開きっぱなしの音声通信から連の声が聞こえていた。愛の指示だ。聞き入る宏生と結菜の間で、僕は香箱座りをして連の説明を聞いている。


「研究員が避難していたレクリエーション施設で、次から次へと研究員や従業員が影に襲われました。襲われたといっても、危害は加えられていません。驚いて自らけ、打撲や掠り傷を負ったという方が殆どです。研究員や従業員は居住生活施設に避難しました」


「影? 影って言った?」

 驚きの声を上げた結菜だが、表情ははしゃいでいる。


 宏生は暗く沈んでいた。自分の判断の誤りに気付いたからだ。


「影は、研究開発施設からレクリエーション施設へ、研究員を追って来たってこと?」

 結菜は、いかにも恐ろしいと言わんばかりに問うが、興味津々で胸が踊っている。


「レクリエーション施設に雷様は落ちていない、ということを考えると、そういうことになります。ですが、ここでは目撃者は多く、自分の影だけでなく、あらゆる影が襲ってきたということです」


「そうなんだ~~~」

 楽しそうに結菜が頷いている。あらゆる影が襲ってくるのを想像しているのだ。


「基さんの話は本当じゃった」

 ようやく宏生が口を開いたが、蚊の鳴くような声だった。だが、開きっぱなしの音声通信には、しっかりと流れている。


「基さんが隠蔽しようとした、という先入観が、決め付けを生んでしまった、ってことね」

 愛が指摘をした。宏生に対して期待しているからだ。


「誰しもやってしまうことだよ」

 何時にない慰める結菜に、宏生が吃驚の表情で目を合わせた。

「あたしはそんなことしないけどね」

 薄笑いを浮かべて結菜がウインクした。

「次回は気を付けようね~~~」


 やっぱりそうきたか。

 肩を落とすように髭を垂らした僕だが、宏生の変化を捉えて口元を緩めた。


 からかわれた宏生は、怒りの表情で結菜を睨んだが、微かに笑っていた。悔いる気持ちから、今度は負けないという気持ちがあふれ出ている。


 レクリエーション施設の正門前に到着すると、愛が1人で待っていた。

 僕は結菜を追い越し、先頭に立って愛の足元で胸を張って座った。


「影が襲う(怪奇現象)、その原因(雷様に取られたへそ)を特定する。そのため、まずは影を捕獲する。私と兎兎、宏生と結菜で組み、影の捕獲を行う」


「了解」

 愛の指示に、高ぶった声で返した結菜は、面白そうだと言わんばかりの笑みがこぼれている。


「了解」

 開きっぱなしの音声通信から連の返事が聞こえてきた。


「了解」

 落ち着いて返した宏生は、失敗を取り戻そうと、冷静に考えて動こうとしている。


 僕は後ろ足で立つと、愛の足に触れた後、両前足を上下に振って返事をした。文字通信をするまでもない。

 僕を見た愛が頷いた。


「影を取っ捕まえるよ~~~」

 張り切る結菜は、宏生の右肩を叩いてけしかける。

「宏生なら出来る」


「やっぱり」

 辟易する宏生だが、今回もその表情はまんざらでもない。

「わいに任すってことじゃな」


「決まってんじゃん」

 結菜は宏生の眼前に親指を突っ立てた。


「私と兎兎は……」

 場所割りの指示を出そうとした愛が、連の声に遮られた。


「連絡がありました。居住生活施設に避難した鈴木さんの様子がおかしいということです」


 愛が結菜を見ると、結菜は深く頷いた。

「自分の影に襲われてみたかったな~~~」

 さも残念そうに言う結菜の顔は、鈴木を心配して緊張している。

「じゃあ、頑張ってね~~~」

 結菜は背を向けると、上げた片手をひらひらさせた。


 開きっぱなしの音声通信から連の声が聞こえてきた。

「先ほどの車が引き返してきますので、それに乗って向かって下さい」


「了解」

 結菜が物静かに返した。


 愛が結菜の背中から宏生に視線を移した。

「結菜が抜けた為、私と宏生と兎兎で、一緒に影の捕獲を行う」


「了解」「了解」

 宏生が返し、連の返事も聞こえてきた。

 僕は後ろ足で立つと、愛の足に触れた後、両前足を上下に振って返事をした。


 頷いた愛が号令を掛ける。

「行くよ」

 反転すると、レクリエーション施設のエントランスに向かって駆け出した。

 僕と宏生は後を追っていく。


 レクリエーション施設は、細長い形の巨大な平屋建てだ。エントランスから入ると、一直線に続く長い廊下があり、右手は窓のない壁が続いていて、左手は目的別の部屋が奥まで並んでいる。最初の部屋は多目的室、続いて喫茶室、少人数のシアター室、図書室、体育室、サウナ室となっている。

 長い廊下の窓のない壁には、一定の間隔で電灯が設置され、明かりが灯っている。


 愛を先頭に、僕たちは多目的室に入った。

 テーブルや椅子、マッサージ機まで置かれている床は、横倒しやひっくり返った椅子、将棋の駒、麻雀のパイ、本、漫画、コップ、食べ物までが散乱している。地震が起こったような有様だ。研究員や従業員が混乱と恐怖で逃げ惑った姿が想像できる。


 感知した。

 僕は後ろ足で床を蹴り、警戒音を鳴らした。

 だが、すぐに後悔した。影に刺激を与えたかもしれないと思ったからだ。


 足を止めた愛と宏生が、まず自らの影を見た。異常がないと分かると、辺りを見渡す。


 僕は胸を撫で下ろしていた。

 影に刺激を与えていないと分かったからだ。


 愛と宏生が、異変は見当たらないと、僕に視線を向けてきた。

 僕は愛と宏生の視線をいざなって、ある一点を前足でさした。


 宏生が首を傾げる。

 2脚の椅子があるだけだからだ。


 茶色の椅子と黒色の椅子が並んでいる。


「黒い椅子が影よ」

 悟った愛が、声を潜めて宏生に言った。

 目を見開いた宏生が身震いする。


「影は音に対しては鈍感だ。強烈な僕の警戒音に刺激を受けなかったからね」

 愛がバイグル状デバイスから伸びる画面の文字を読み上げた。僕からの通信だ。


「それは良い情報じゃな」

 宏生が僕に向かって親指を立てて微笑んだが、すぐに真剣な表情になる。

「連からの情報では、影は危害を加えないみたいじゃが……どうじゃろな?」


 分からない、と僕は顔を傾けて見せた。


 感知した。

 僕は後ろ足で床を蹴り、警戒音を鳴らした。

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