第18話 へそ調査(研究開発型ベンチャー企業)

 秘書の案内で、レクリエーション施設の体育室に着いた。秘書は入ることなく、居住生活施設にいる社長のもとへ戻っていった。


 体育室の床はシートが敷かれ、その上に折り畳みの椅子が沢山並べられていた。そんな室内の右端で鈴木が椅子に座っていて、向き合う椅子に愛が座っている。基は1人、室内の左端で、パソコンを膝上に置き、居眠りでもしているかのように俯いている。


 結菜が一目散、鈴木のもとへ駆け寄っていった。鈴木のデータから、何か思うところがあったみたいだ。


 基のもとへ向かう宏生は、何時になく緊張している。重要な任務だからかもしれない。だが、基に近付けば近付くほど、今まで見たこともない暗い表情になっていく。いつもの陽気さが、どんどん欠落していく。


 目を見張った僕は、宏生に付いていくのを止めた。いつもと違う宏生の様子から、何か事情があると察し、離れて観察したほうがいいと思ったからだ。


 方向転換した僕は、室内の中央で香箱座りをし、宏生、結菜、愛の開きっぱなしの音声通信に耳を澄まし、髭を波打たせてスキャン観察もしていく。


 基の目前で足を止めた宏生は、自分を落ち着かせるように深呼吸をした。だが、表情は硬いままだ。


「こんにちは」

 宏生は挨拶しながら、基の肩をそっと叩いた。

 びくりとした基が目を開き、怪訝顔で宏生を見上げる。


 宏生は側にあった椅子を引き寄せ、基の真正面に座った。

「雷様へそ調査チームじゃ。話がある」


 基の表情が引き締まった。

 緊張していると察した宏生だが、硬い表情は崩さない。いつもならニコニコと微笑み、和やかな雰囲気を作り出して聴取していくのだが、なぜか今回は厳しい。今回はというより、基という個人に対して厳しくなっていると言っていいだろう。


 基と目を合わせた宏生が、足元まで視線を落とした。

「なんでそんな格好をしとるんじゃ?」

 険しい口調だった。


 意外な質問に、ふと基が考え込む。


「歩けるよな?」

 この言葉で、基は理解したというように頷き、答えた。

「気持ちを知るためです。こうすることで、使う人の立場になれ、そのことで、気付けなかった問題や解決策が見出せるからです」


 基は車椅子に乗っていた。


「気持ち? 本当の気持ちは当事者じゃないとわからんで。身体面は分かるじゃろうけどな」

 鼻で笑うように宏生が、冷ややかに返した。


 だからここに逃げてきたのか――

 僕は、宏生の秘密の何かを理解したような気がした。


「そ、そうですか……」

 宏生の言葉に、基は戸惑い口籠もった。


「で、影はどのようにしてパソコンを壊したんじゃ?」

 唐突に宏生が、直球で聞いた。


 基がぎくりとした。

 不意を突かれたからか。いや、それ以上の動揺が感じられる。愛が報告していた違和感が、はっきりと現われたと言っていいだろう。


 基が答えようと口を開きかけたとき、宏生は基の膝上にあるパソコンを指差した。

「提供を」

 既に愛の情報に目を通している宏生にとっては、はなから基の答えを聞く気はなかったのだ。ただ基の反応を見たかっただけなのだ。


「壊れたといっても、パソコンには機密性の高い情報が入っています。お渡しはできません」

 基はパソコンの提供を拒否した。


「じゃから、現状維持を無視して持ち出したんじゃな。じゃが、雷様が関わる件に関しては、こちらの指示に従ってもらう。拒否することはできん」

 宏生は何時にない小難しい表情できっぱりと言い放った。


 基は気持ちを整理するように一度目を閉じ、ゆっくりと目を開くと、覚悟を決めたように宏生にパソコンを手渡した。


 パソコンはノート型。パソコンの天板には大きな損傷はない。


 宏生はパソコンを膝上に乗せ、天板を開いた。液晶画面は割れていた。影に襲われた時の基の話から、液晶画面は、振り下ろしてきた影の腕が当たって壊されたと推測できる。


 天板を閉じ、底面を確認する。大きな凹みがあった。

「これは……」

 宏生の脳内では、基の話をもう一度思い出した後、このような凹みができる過程が展開された。

 つと、首を傾げる。

 パソコンを持ったまま席を立った宏生は、会話が聞こえない距離まで基から離れた。


「スキャナーに分化」

 宏生の指示で、バングル状のデバイスから芽が出て、それが茎となって伸び、その先に1枚の葉が付き、それがスキャナーに分化した。その茎を持つと、パソコン底面の凹み辺りに、葉状のスキャナーを当てる。

「スキャンせよ」

 スキャナーが凹みをスキャンした。


「連。先ほど自動で同期された、パソコン損傷部分のスキャンデータから、シミュレーションしてくれ」

 宏生は開きっぱなしの音声通信に語り掛けた。わざわざ通信の指示を出さなくても、特殊バンにいる連なら、耳を澄ませている可能性が高いからだ。


「了解」

 予想通り、すぐに連は答えた。

 宏生は事細かに説明し指示を出した。


 再び、基の前に座った宏生は、天板を開いて電源を入れてみる。だが、電源は入らなかった。


「充電ケーブルは?」

 提供せよと、宏生は手の平を基の眼前に出した。

 思わず唇をかんだ基だが、足元に置いてあるリュックから充電ケーブルを出して手渡した。


「パスコードはなんじゃ?」

 宏生の催促に、基は渋々と告げた。そんな基は、パソコンを手渡してから、ずっと貧乏ゆすりをしている。


 腰を上げた宏生は、辺りを見渡した。見つけた簡易な机にパソコンを置くと、机ごと持ち上げ、コンセントがある隅に移動した。充電ケーブルを挿し、近くにある椅子を引き寄せて座り、パソコンの天板を開いた。バングル状のデバイスに指示を出し、工具に分化させたりしながら、パソコンを調べていく。


 基は腕を組んで俯き、一段と激しい貧乏ゆすりをしだした。


 基さんの緊張度が増した。

 何かある、と僕は興奮した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る