37話 宰相閣下 ②
「ブロアが屋敷を出た?」
息子が真っ青な顔をして王城に顔を出した。
「もう結婚の準備を始めたと言うのに何をやっているんだ。早く探し出して連れ帰って屋敷から出られないようにしておけ。婚約者のセフィルは何をしているんだ?サイロだって護衛騎士のくせに何を呑気に構えていたんだ?」
最近また王太子殿下が仕事の手を抜き始めた。ガッチリと優秀な文官や官僚で周りを固めて仕事もやっとできるようになったところなのに。
大体ブロアが側妃になっていればこんな苦労はなかった。
陛下がブロアとの婚約破棄を認め、側妃の話も却下された。そのせいでわたしの仕事はさらに増えた。
そして今度は姿を消した?
ふざけるな!セフィルと結婚してセフィルを我が公爵家の騎士団に迎え入れる。そして騎士団を強化していこうと思っているのに。
婚約破棄され醜聞しかないのに我儘だとか無能だとか悪い評判がついて回るブロア。良い婿をもらうことでしか使い道がない娘なのに、またわたしに迷惑をかけるのか。
カイランはまだ何か言いたそうにわたしの前から動こうとしない。
「さっさとブロアを見つけて部屋から出ないように見張を増やせ」
「父上……ブロアは家令のルッツに刺されました。母上のネックレスを返せと迫り、渡す渡さないで揉めて刺されてそのまま屋敷を出たそうです」
「ジェリーヌのネックレスか……家令に渡すように手紙を書いてサイロに渡した。何故揉めるんだ?刺されて屋敷を出たのなら大した怪我ではないんだろう?嫁にならないような怪我をされては困る。家令はどうしてる?」
「捕えて今は警備隊に引き渡していますが我が公爵家の醜聞になっては困りますので何もしないで地下牢に入れてもらっています」
「そうか、よくやった。これ以上ブロアのせいで迷惑をかけられては困る」
「父上……ブロアのことですが、家令は自分の都合のいいようにわたしや父上に報告しておりました」
「どう言うことだ?」
「サイロがブロアのここ数年の屋敷での生活を話してくれました。そして他の使用人からも証言を取りました」
『家令はお嬢様にほとんど予算を渡しませんでした。外に出ないのだからと簡素なワンピースしか買い与えませんでした。着ているドレスはジェリーヌ様のドレスをウエラが手直ししておりました。
宝石もほとんどジェリーヌ様の形見です。流石にお食事などはそれなりに出していましたが、手紙などは監視されまともに出すことは出来ませんでした。
唯一、主治医である先生が毎月検診に来ることだけは止めませんでした。それは旦那様からの命令でしたので』
『家令はブロア様の予算をほとんど懐に入れていたと思います。そしてこの公爵邸の管理を全て好きなように動かしておりました。
気に入らない使用人にはまともな仕事を与えない、給料も差し引く、自分の気にいる者だけを重宝しておりました。
出入り業者に対しても支払額を上乗せさせてその上乗せ分は懐に入れていました。ブロア様の結婚式の準備と言って色々購入していたみたいですが、実際には何も購入しておりません』
息子の話はあまりにも衝撃で言葉を失った。
「ブロアはわたしに会いにきた時そんな話はしていなかった。そう言えば……」
ブロアがこの前突然会いにきた時、何度か手紙を出したのに返事がなくて王城に顔を出したと言っていたな。
「ブロアが屋敷を出たのはやはり家令のせいなのか?」
「サイロに聞いたのですがブロアはセフィルを愛していたからセフィルのために婚約解消をしたいと言ったそうです」
「はっ?やはり我儘な娘だ。怪我をしたと聞いて心配してやったのに、なんだその甘い考えは?セフィルを好きならそのまま素直に結婚すればいいじゃないか。政略結婚なんて相手の気持ちなんて考える必要はないんだ」
「わたしも同じ意見でした……でもブロアは、ずっと殿下の仕事を押し付けられ醜聞に耐え、屋敷でも家令にひどい目に遭い、無理矢理政略結婚……妹には幸せな人生はないのでしょうか?」
「何を甘いことを言ってるんだ?貴族の娘、それも公爵家の娘に生まれたんだ。たくさんの使用人、たくさんのお金、好きなだけ贅沢して好きなだけ買い物もできる。そんな人生を約束されているのだ、幸せに決まっているだろう?たかが家令の所業なんて自分で回避出来ないブロアが愚かなんだ」
カイランはわたしと同じ考え方をしているはずなのに、何故こんな顔をしているんだ。
ブロアに対してすまなそうな後悔した顔になっている。わたしはそんなカイランに対しても苛立ちを覚えた。
ジェリーヌの死後、わたしにとって宰相の仕事と公爵当主の仕事が唯一のものになっている。後継者であるカイランには目をやってはいたが、ブロアに対しては感情を捨てていた。
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