33話  セフィル編 6 真実は。

 サイロは黙ったまま何かを考え込んでいた。

 俺はそんなサイロの返事を待つ。本当は急いでブロアを探しに行きたい。

 だけど、サイロは何かを知っている。そう思った。


 ブロアは刺されていなくてもここを今日出ようと思っていた。


 だから俺にも婚約解消を求めた。そして手紙を残していたんだ。


 でも何故今なんだ?


 もし屋敷を出たかったのならもっと早く出られたはず。あれだけ酷い醜聞も否定することなく過ごしてきたブロアが今更嫌だからと逃げるわけがない。


 何かきっかけがあったはず。それを知っているのはサイロ。そしてサイロがまだこの屋敷に留まっていると言うことは、ブロアはそこまで酷い傷ではないと言うことなのか?


 そう思いながらも焦ったくてイライラする。


 そしてやっとサイロが口を開いた。


「あなたがお嬢を追うなら追えばいい。探してみればいい。探せるものなら」


「サイロは探さないのか?ブロアが探すなと言うから探さないのか?」


「俺はまだこの屋敷でやらなければいけない仕事が残っています。それがお嬢のためになるなら探すよりも先に終わらせます」


「わかった、とりあえず俺はブロアの主治医のところへ行ってみるよ」


 俺は馬に乗り、急いでブロアの主治医のところへ行った。


 やはり主治医と庭師のヨゼフと共に姿を消していた。残されていた主治医の先生の息子がブロアは怪我はしているが無事だと言ってくれたので安心した。


 ーーこの時はブロアが手術をして傷を縫っていたなんて知らなかった。


「父はブロア様の容態が心配で付き添いました。しばらくは帰ってこないでしょう」


「行き先は?何か言い残したこととかそれらしいことは言ってませんでしたか?」


「……ブロア様のために連れて行ってやりたいと言ってました」


「どこに?」


「さあ、それはわかりませんがお嬢様の思い出のためだと言ってました」


「思い出のため?」


 俺はブロアと会った時どんな話をしただろう。


 自分の話ばかりをしていた気がする。彼女が話題作りに俺の好きな騎士の話や剣術のことを振ってくれるのでついそんな話ばかりしていた。


 時折り俺が彼女に話しを振ると、困ったように笑って


「わたくしには趣味も得意なものもありませんの」と寂しそうに答えるだけだった。


 あれだけの重要な仕事を一人でこなしていたブロア様が得意なものがないなんて……そう思ったけど考えてみたらブロアはいつもつまらなさそうにしていた。


 俺といることがつまらないと言うより生きていること自体がつまらなさそうに見えた。


 話すのが苦手な俺はどうしたらいいのか分からずただ彼女には花を贈る。


 ほんの少しだけ花に意味を込めて。


 必ず花束に赤い薔薇。

 オレンジ色のカーネーションやブルースター

 それにアネモネやストックなど、その時々の季節の花を必ず入れて花束を作っていた。


『わかりやすい方がいいと思う』

 昔からの友人に言葉で示した方がいいと何度も言われた。それができるならしていた。


 年下で爵位は下。なんの取り柄もなく騎士団長になれると打算でブロアと結婚しようとしていると思われている俺。


 そんな俺がずっと好きだったなんて言えるわけがないし信じてもらえるわけもない。向こうは俺のことなんて婚約するまで存在すら知らなかっただろう。


 初めての顔合わせでも彼女は『初めまして』と微笑んだ。俺の顔を覚えてもらえていなかったと内心がっかりしながらもそれでも俺を知ってほしいなんてつい思ってしまった。話すことが苦手なのに。


 それでも彼女との会話を必死で思い出す。何かなかったか。彼女が行きたそうなところを必死で思い出す。



 そう言えば二人で食事をしている時に魚料理の時に『珍しいお魚ね』と美味しそうに彼女が食べていた。


 シェフが俺たちの席に挨拶に来て、魚の説明をしてくれた。


『この魚は海で獲れたものです。なかなかこの国では海の魚が運ばれることはないのですが、たくさんの氷を詰めて早馬でこの王都に届けてくれたんです。湖や川の魚のように焼いて食べるだけではなく蒸したり煮たり揚げたりといろんな料理を作ることができるんです』


 そんな話を真剣に聞いていたブロアは

「海の魚……この魚は海に住んでいたのね。広い海を自由に泳いでいたのね……一度でいいから見てみたいわ」

 目を輝かせてシェフと楽しそうに話していたことを思い出した。

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