31話  セフィル編 4 俺はあなたに会いたいんです。

 ブロアから手紙を受けとった。


 俺は何も考えずその場で手紙を読み始めた。


『探さないでほしい』


 ーー彼女の願い。

 手紙の中にはなんと書かれているのだろう。恐る恐る開いた。





 2年前………


 ブロアは王太子殿下の婚約者として王城に毎日のように登城していたのは知っていた。


 真面目で頑張り屋、凛とした佇まい、みんなが振り返ってしまうほどの美しさ。


 そんな彼女に悪い噂が立つようになったのは殿下が学園に通うようになってからだった。


 無能だとか我儘だとか傲慢だとか、それまでは優秀な殿下の婚約者だったはずなのに……。

 俺はその頃はまだ15歳になったばかりで騎士になりたての頃だった。


 ブロアの嫌な噂ばかりが流れ始め、まだ初恋を拗らせたままの俺は気になってブロアの噂の真実を確かめるためにいろんなところへ顔を出して聞いて回った。しかしみんな口籠もり話そうとはしない。



『小僧がブロア・シャトワ公爵令嬢のことを知りたい?まあ、あの令嬢は笑う顔は見たことはないが綺麗な人だからな。

 気になるか?

 本当はとても優秀な人なんだ。ただ誰も口に出してはいけないことになってるが、王太子殿下の仕事までさせられているのにそれを全て殿下は自分がしたことのようにしているんだ。

 そして婚約者であるブロア・シャトワ公爵令嬢は仕事ができないように周りには見せているんだ。ここだけの話だが婚約者の方が優秀だから面白くないんだろうな、殿下は。

 文官や官僚達もいいように令嬢を使って仕事だけさせて、殿下の顔色を窺って何も否定はしないんだ』


 これは酔っ払った騎士団長から聞いた話だ。相談があると言ってたらふく酒を飲ませてベロベロに酔わせて、ブロア・シャトワ公爵令嬢に憧れていると言って、話を聞き出した。

 官僚や文官達はブロアのことは固く口を閉じて絶対に話してくれなかった。


 団長は脳筋の酒好き、特に官僚達とのしがらみがないので酔っ払って話してくれた。


 次の日、酔いが覚めた後

「俺が言ったことは忘れろ。いいか、他所で絶対に話すな」と釘を刺された。


 しっかりしがらみだらけだろ!と思った。


 それから後の殿下との婚約破棄。


 悪い噂は変わることなく続いた。


 だからなのかブロアはあまり社交界に顔を出さなくなった。





 そんなブロアが久しぶりに現れたのが……2年前のことだった。


 王家の夜会なので断ることが出来なかったのだろう。

 王城の庭園へと一人で向かう姿に気がついた。だけど俺は夜会の護衛の任務についていたのでブロアの後を追えなかった。


 それでも久しぶりに見た彼女の姿は弱々しく、ブロアは俺のことなど知らないのにどうしても気になって近くにいた同僚に交代してもらい彼女の後を追いかけた。


 

 庭園を歩いているはずのブロアの姿を見つけ出せずにいると、何か揉めているような声が遠くから聞こえてきた。


 

『へぇ、殿下に婚約破棄され惨めに一人でこんなところを歩いているんですね』

 

 酔っ払ってブロアに絡んでいたようだ。


『おやめください』

 ブロアが手を振り払おうとするとさらに力をこめて握って離さない。


 俺は急いでブロアに駆け寄る。 


『殿下に捨てられた気の毒な令嬢を、今夜一晩可愛がってやるんだ。ありがたく思え』


 ブロアの腕を掴み引き摺って王宮内の控え室へと連れて行こうとしていた。


 その場所は、連れ込み部屋と言われ、一晩だけの遊びをしたい未亡人や独身男性達の遊びの部屋。


 周りの男性達はニヤニヤと笑い見守るだけで、助けようともしない。

 みんな酔っていたし、そこは淫らな場所。


『おやめください、嫌がっているでしょう』と男性の手からブロアを引き離した。

 ーー間に合ってよかった。


 

『助けてくださってありがとうございます』


 引き摺られ髪の毛が乱れ、疲れ切ったブロアに気がついた俺は『失礼致します』といいエスコートして女性用の控え室へと案内した。


 すぐにメイドが来て髪の毛を整えてくれたようだ。

 俺はブロアの身支度が整うまで部屋の外で待っていた。

 部屋から出てきたブロアに

『馬車まで送らせていただきます』と言った。


 また何かあったら俺の方が心配になる。こんなか弱い女性のそばに守る人がいないなんて……俺は腹が立って仕方がなかった。


 

 それからは何度か王宮で行われる夜会に参加する彼女の姿を見ることが出来た。


 遠くから見守るだけで話しかけることはできない。それでも彼女が元気でいてくれるだけでホッとした。

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