29話  ブロアが去った屋敷では。②

「妹は……ブロアは……我儘で傲慢で……なのに無能と呼ばれ……恥ずかしい我が公爵家の恥……今も引き篭もり……なのに無駄遣いばかりで使用人達にも辛く当たる……」


「それは全て家令の報告書ですよね?家令はお嬢様にほとんど予算を渡しませんでした。外に出ないのだからと簡素なワンピースしか買い与えませんでした。着ているドレスはジェリーヌ様のドレスをウエラが手直ししておりました。

 宝石もほとんどジェリーヌ様の形見です。流石にお食事などはそれなりに出していましたが、手紙などは監視されまともに出すことは出来ませんでした。

 唯一、主治医である先生が毎月検診に来ることだけは止めませんでした。それは旦那様からの命令でしたので」


 サイロの話が耳に入ってくるたびにカイランは目を大きく見開き口をワナワナとさせた。


 首を横に振り「そんなはずは……アレはいつも傲慢なんだ……我儘で手が焼ける妹……」


 そう思っていたはずの妹がずっと不幸に耐えていたなど信じられるはずもなく受け止められずにいた。

 サイロはその姿を見ても苛立つことなく冷たい視線を送った。


「家令はブロア様の予算をほとんど懐に入れていたと思います。そしてこの公爵邸の管理を全て好きなように動かしておりました。

 気に入らない使用人にはまともな仕事を与えない、給料も差し引く、自分の気にいる者だけを重宝しておりました。

 出入り業者に対しても支払額を上乗せさせてその上乗せ分は懐に入れていました。ブロア様の結婚式の準備と言って色々購入していたみたいですが、実際には何も購入しておりません」


「はっ?それはすぐにバレてしまうことだろう?」


「家令はそろそろこの屋敷から逃亡するつもりだったようです。かなりのお金をため込んでいましたからね」


「ブロアは……何故刺されたんだ?今どこにいるんだ?お前がそんなに淡々としているということは、無事だということなのか?」


「………ブロア様は幼い頃ジェリーヌ様からネックレスを貰うと約束されていたことを思い出して……旦那様に話をするために王城へ行かれました。そこで家令に管理させていると言われ、家令にネックレスの話をしました。

 でも旦那様からのきちんとした承諾もなく渡せないと言われ、わたしが旦那様から承諾する旨の手紙を貰い受けに行きました。

 ブロア様は早朝お一人で家令のところへ行き……多分揉めて刺されたのだと思います。ブロア様はこの屋敷では使用人達に避けられておりました。家令の目を気にして皆主人であるブロア様よりも家令の言うことを聞いていたのです」


 カイランはその話を聞いて呟いた。


「俺も同じだ……家令の言うことを全て鵜呑みにしていた。よく考えれば妹の様子が変だとわかるのに……見ようともしない、何も言わないブロアに対して、蔑むことで自分の忙しさやイライラを晴らしていたのかもしれない」


 サイロは絶対に言わない。


 そう決めて話していた。


『あなたの妹の余命はあと少し。だからこの国を去った。あなた達はブロア様を見捨てたかもしれないがブロア様はあなた達を完全に捨てたんだ』


 でもブロア様は優しかった。何か問題が起きた時、公爵家が困らないようにとこうしていくつかの報告書や証拠となるものを残して去った。


『サイロ、わたくしはお父様やお兄様がどうなろうと興味はないのよ。でもね公爵領の領民や使用人のことは心配なの。そしてお母様の愛したこの公爵邸に何かあったら嫌なの。もし王家がわたくしの事をまた悪者にして何かしら言ってきてこの公爵家に危害を加えようとするならここにある書類をお兄様達に渡してちょうだい。わたくしが知る王族のちょっとした悪行や証拠を書き留めて置いたの』


 ーーブロア様……本当はあなたをすぐに探しに行きたい。だけどここで俺は俺の仕事を終わらせてあなたの元へ行きます。なのであともう少し生きながらえてください。


 サイロはカイランがブロアの真実を知ってどうするのか冷たい目でただ見ていた。


「………そういえばブロアはどうして結婚の準備をしていないんだ?セフィルは今どこにいるんだ?何も知らないのか?」


「セフィル様は……」

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