9話  相変わらずお優しいですわね。

「久しぶりだね」


「はい、ご無沙汰しております」


 セフィルと婚約してから何度か夜会に参加したことはあるが、殿下とは挨拶を交わす以外話すことはなかった。


 婚約破棄以来だろう。


「少し痩せた?」


「まぁ、女性に対してそんなこと言わないでくださいな」

 笑ってみせる。


「すまない、少し顔色が悪く見えたものだからね。今日は何か用事があって王城へ来たのかい?」


「父に話がありまして。なかなか忙しくお会いできないのでわたくしがこちらに参ったのです」


 殿下との会話はぎこちないものだった。


 婚約破棄は気持ちよく終わることはなかった。


 わたくしの有責で、一人悪者になってしまった。殿下はそれをとても心苦しく思っているようだ。


「そうか……宰相はよく働いてくれている。なかなか家に帰ることが出来ないみたいだ」


「そうですね……ここが父の家みたいなものですもの」

 また作り笑い。


「………ブロア、君は今幸せかい?」


「わたくし……ですか?もちろんでございます」

ーー貴方と婚約していた時よりもずっと……今の方が……


「……そうか、ならばよかった……わたしのせいで君が醜聞に晒されてずっと心配だったんだ」


「ご心配には及びませんわ。あれくらいの醜聞でわたくしの価値は下がりませんわ」


 わたくしは殿下の顔をまっすぐに見た。目を逸らすことなく。

ーー作り笑いなんてしてあげない。


「君は相変わらず強い人だな。わたしはその強さが羨ましくもあり妬ましくもあった」


「わたくしは公爵令嬢として殿下の婚約者として強くあろうとしていただけですわ」


 ーー本当のわたくしは泣き虫で寂しがり屋なの。でもそれを悟らせることは貴方の前では出来なかった。


 だって貴方の横に常に並ばなければいけなかったから。常に背伸びをしてなんとか貴方に合わせようと必死で頑張っていた。


「その強さがわたしには疲れてしまった……そして他の女性を愛してしまったんだ」

ーー素敵な言い訳ね。


「殿下の愛は妃殿下へと今も注がれているのですから素敵なことですわ。王子もすくすくと成長されてこの国の未来は安泰でございますわ」


 ーーわたくしを引き留めてまた昔のようにわたくしを責めたいのかしら? 


「わたくし先を急ぎますので失礼致しますわね」


 殿下へふわりと微笑んで見せた。


 ーー貴方とのことはもうとっくに終わっているのだから気になどする必要もない。


 最後に愛想笑いをしながら「さよなら」と言うと彼の前を去っていく。


「待って!君は相変わらず嫌味も健在なんだな。そんな青い顔をして何処が幸せなんだ?」


 ーーああっ、もう!うるさい!


「愛するセフィルと婚約できたのですもの。幸せに決まっていますわ」


 もうこれ以上殿下の話を聞く気にはなれなかった。






 ーーー殿下との婚約破棄は………





 

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