エーデルシュタインの森〜滅びた世界でただ一人の生き残りの少年は旅に出る〜

冬爾

出会い

エーデルシュタイン


 エーデルシュタインが生まれた時、丁度世界は滅んだところだった。


 地面は砕け、森は枯れ、光は隠れ、人は人を殺し、最後には狂ったように笑い合いながら消えていった。


 

 エーデルシュタインは、生き残った最後の人間だ。



 

 生みの親も、名付け親も、育て親も。彼が物心つく頃には、皆んな霧になって消えていた。顔ももう思い出すことは出来ない。


 

 ただ一つ分かるのは、自分の名前の意味。

「エーデルシュタイン」は「宝石」と言う意味だ。そしてその名に相応しく、彼は美しい容姿をしていた。


 プラチナの髪は伸びっぱなしだったが、さらさらと風に流れて、顔の輪郭に沿うようになっている。琥珀色の瞳は大きく、どんな時も光を失わず、鋭い輝きを放っていた。小ぶりな鼻や口は形がいい。透き通るような白い肌は、だが健康的だ。

 13歳にしては身長は少し小柄だったが、二本の足でしっかり地に足をつける姿は力強かった。

 

 背中に背負った槍のような武器が異彩を放っている。鈍く輝くそれは、小さな傷が幾つもあり、少年がどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたかを示していた。


 この世界には、滅んだ人間の代わりと言わんばかりに、霧状のが根を下ろしていた。エーデルシュタインは、それらを〈メモリー〉と読んでいた。霧状のモノで、顔も体も声もない。先人達の、記憶と思いの残骸だ。


 彼らはしばしばエーデルシュタインを襲った。時には毒を吐き、時には武器を持ち、魔法を操って。実体を持たない彼らと戦うには、特殊な武器を使う必要があった。


 〈王冠の恩寵クラウン・グレイス〉。

 エーデルシュタインが持つ槍も、その一つだ。この武器は特別で、正しい使い方をすれば、メモリーを跡形もなく消し去ることが出来る。

 あまりに貴重な物なので、滅多にお目に掛かれることは無い。


 彼は一人だが、それ故に凪のような心の持ち主だった。誰に侵されることのない生活。自分以外は意思を持たぬ霧だ。エーデルシュタインは、満足も欠乏もしていなかった。


 だが、この日は違った。



 ――目の前にいるのは、半透明の青年。

 霧になっている訳でもなく、人間と言うわけでも無さそうだ。メモリーは眠ったり、食べたり、排泄したりすることは無い。


 だが、この青年はどうやら眠っているようだった。


 右腕を下にして、倒れるように眠っているのだ。

固く閉じた瞳は、開く気配はない。人形のように整った顔立ちは、彼がメモリー達とは全く違う生き物であることを指していた。


 そっと、触れてみる。

「……触れる。」

 体温はないが、微かにぬるい水に触れた時のような感触がした。そのまま掴んでみようとするが、それは失敗する。触れられるが、掴めない。ますます水のようだ。


 エーデルシュタインは、彼をどうするべきかと考える。

 敵なのか、否か。メモリー以外に、エーデルシュタインの知る生き物はこの世界にいない。


 熟考の末、彼の側に焚き火を焚き、今夜を過ごすことに決めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る