第66話 白灯

 財前吾朗が、死んだ。

元々世間的には死亡した扱いだったが、

本当に死んだ。

 あの場にいたハンターたちや、

自衛隊、救急隊員たちは彼の死体を見ている。

その戦闘を、最後を見ている。


「葬儀は“大和桜”と親族だけで済ますそうだ。

涼治君にもお声がかかってるけど、

今は動けないし。

 なんなら、車椅子で行くかい?

僕が押していくよ。」

「行けるなら、行きたいんですけど。

重さ的に藤堂かガーネットに頼まないと、

おじさんの腕力で車椅子移動は難しいかと。」


 研究所のベッドに横たわる俺に、

おじさんが情報を持ってきてくれる。

 あの後、完全に動けなくなった俺は、

緒方さんと医療班に搬送されて戻ってきた。

魔法で怪我は完治していても、

“高レベルによる身体機能障害”は治っていない。

おかげで、今もろくに動けずにいる。


「櫻葉、また身体が縮んできたな。

俺、今のうちに筋トレはメニューキツ目にするよ。」

「体力もな。

水泳なんて、この身体でできないぞ。

泳いでて途中で体力切れになったら、

水中で動けなくなって溺れる。」

「マジかよ。」


 あれから三日経った。

マスコミも社会も文字通りお通夜状態だ。

 意外なのは、誰もどこも俺を叩かない事。


「櫻葉が担架で搬送されてるのも皆見てるからな。

叩く要素がない。

むしろ、共に決死の戦いを繰り広げ、

世界を救ったって語られてる。

 なんでか、俺は自衛隊の“防人隊員”扱いだけど。」

「藤堂は自衛隊の戦闘機を借りたからだろ。」

「あぁ、それか。」


 “大和桜”は解体せず、

“防人”は早急に強化する運びだと聞いた。

 ポーション事件で日本のハンターの数が激減したのに、

今から補強、強化するのは多分無理だ。

俺のような下法、外法があるなら別だが。


「動けるまで回復魔法をかけてもいいのですが、

それをすると“元の身体”の回復を阻害するようです。

筋肉が落ちているのはそのためかと。」


 ガーネットとネルは俺の身体を鑑定して、

緒方さんに報告している。

 レベルアップで弱体化しては、

本末転倒もいいところだ。

俺は小さくため息をつく。


「この身体じゃお焼香は上げられないが、

会場の端で拝むくらいはしたい。

手も合わせられないか。」

「俺もお世話になったし、

櫻葉の車椅子押して出席するよ。

お焼香は代わりにしとく。」


 おじさんが、何故か頭をかきながら挙手する。


「おじさん、この流れで言いづらいんだけど、

葬儀は教会でするんだってさ。

非公開だけど、

財前さんはご家族共にプロテスタントらしいよ。」


 俺は眉間にシワを寄せて問いかけた。


「何故、非公開に?」

「政治的な問題だってさ。

政教分離っていう建前のため。

 財前さんもクラン運営のためだって、

幹部メンバー意外には黙ってたそうだ。

 与党がミドルネームを戸籍から消して、

お祈りも人の前ではしないようにさせてたらしい。

宗教団体がバックについた政党も与党内にあるくせにね。」

「信仰の自由って、口だけかよ。」


 藤堂がそう言って頭を抱える。


「後、葬儀後の食事会はやらないそうだ。

葬儀の翌日に火葬する予定だって。」


 あの身体、焼けるのか?

俺のその疑問に答えるように、

おじさんがため息混じりに話を続ける。


「彼の身体が特例過ぎて、

今も焼き場が見つからないらしい。

最悪の場合は涼治君が殴って焼く可能性も大いにある。」

「それは、さすがに断りたいですね。」


 あの日は命を懸けた殺し合いだった。

その結果、俺が命を落としてもおかしくなかった。

俺としては財前の死に対し哀しみこそあれど、

悔やむことはない。

 だがらこそ、それとこれとは話が違う。

財前の死体を焼くため殴ってくれ、と

言われたら流石にNoだ。


「土葬して土壌になんらかの影響が出ても問題だから、

涼治君のパンチが最有力候補らしいよ。」

「ダンジョンに喰わせるのは?」

「それも案の一つらしいけど、

それが原因で死体がモンスター化とかしたら困るって。

 彼の身体は全く未知の状態だ。

皆、どうしていいか分からないってところだよ。」


 おじさんの言わんとすることは理解できる。

だが、そればっかりは、

俺の気持ちの問題としてダメだ。


「こういう時こそ、研究所が頼りなんだけどね。

国の研究所は今までろくに研究せず、

異界探索者管理委員会に金を横流ししてたらしい。

 そのせいで、

研究資料も集めてたドロップアイテムも何も残ってないんだと。

死んでも馬鹿にしてくるよね、アイツらめ。」


 おじさんは乾いた笑いを上げた。


「事情を知ってるここの研究員に協力を依頼したい、と。

どの面下げてか、

国の研究所が言ってる。

おじさんの方で丁重にお断りしたよ。

 負の遺産しか残さない。

リスクの先送りだけ上手くって、

手遅れになってからしか動かない。

日本の政治の悪いところ満載だ。」


 俺も藤堂もおじさんの言葉に頷く事しかできない。


「とにかく、葬儀は参加します。

火葬はお手伝いしません。

おじさんと藤堂も、

何か頼まれたら断ってください。」


 二人は苦笑いして頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る