第65話 勇者
ケイローンは瞬間移動を繰り返し、
俺たち三人を避ける様に矢を放ち続ける。
戦闘機の藤堂がその身を張って立ち塞がるが、
その巨体すら回避して矢が飛んでいく。
「くそっ!
止められない!」
藤堂が無線越しに叫ぶ。
俺も“触手”を広げるが、矢を一本も落とせない。
財前も矢を追うが、追い付くことすら出来ない。
あちこちで爆発と黒煙が上がる。
被害は甚大なようだ。
「ケイローンの怪我が治ってる?」
財前の言う通り、
先程まではケイローンの身体のあちらこちらにヒビが入っていた。
それらはいつの間にか綺麗に元に戻っていた。
俺は確認もかねて口に出す。
「人を殺して回復してる?」
「違う。
人を殺して、
“レベルアップ”して回復してる!」
ミタニさんがそう叫ぶ。
財前が忌々しそうに話す。
「モンスターを殺して、人間がレベルアップする。
モンスターは、人間を殺してレベルアップする。
嫌な事実が判明したね。
レベルアップってことは、
もちろんステータスも上がってる?」
「対象ケイローンの鑑定結果、
ステータスが上がってます。
全体的に約二割増しです。
ミタニさん、私と回復とバフに注力を。
ガーネット様、
“賢者”さんと協力してアルジ様のフォローをお願いします。」
ネルの鑑定結果からして、
これ以上時間はかけられない。
時間が敵にまわった途端、
長時間闘えない俺と財前は圧倒的に不利になる。
それに、既にかなり時間がたっている。
財前の方は“同調”している他のハンターに負担がかかっている可能性がある。
とにかく、俺は攻める。
護りは放棄して、相手にダメージをとにかく与える。
「ちょっとだけ待って!
僕が動きを止めるから、
櫻葉さんたちでとどめを!」
財前がそう言い、駆け出した。
何か策でもあるのか?
出遅れてしまった俺は、その後を追って駆け出す。
周囲の霧がどんどん濃くなる。
ケイローンは俺たちの接近を察知し、
瞬間移動で消えた。
「“陽炎”!」
財前が仲間から借り受けたスキルを発動する。
すると、財前の姿が俺になり、
霧の中から俺が五人現れた。
なるほど、“霧もや”で形を真似られれば、
誰の見た目でも映写できるのか。
ケイローンがやっと短弓をこちらへ向けた。
俺は財前の作った俺の分身に紛れてケイローンを追いかける。
さっき動きを止める、と財前は言った。
財前はまだ何か隠してるようだ。
五人の俺はケイローンを囲むように散開する。
俺もそれに合わせて移動する。
「櫻葉さんに“同調”。
皆、耐えてくれ。」
俺は財前の“同調”を受け入れる。
何故か財前が辛そうな息づかいになった。
狙撃の時とはまた様子が違うので、
俺はミタニさんに急ぎ確認する。
「アルジ君の身体はそれくらいダメージが残ってるの。
常人じゃ、ああなるの。」
“同調”は、接続した相手と何を合わせるか選べる。
だが、身体能力を合わせた場合、
ダメージも共有する。
財前はそれを逆に利用して、
他人とダメージを折半して仲間をかばったりするそうだ。
前の巨獣の時にも、
そんな感じでダンジョンに残された仲間を助けてた。
ミタニさんは補足する。
「アルジ君の場合は、
“超人”の体質がダメージを和らげてるの。
普通の人はああなるの。」
“超人体質”。
スキルではなく、産まれながらの体質らしい。
魔力を自然治癒とタフネスに勝手に使う体質。
「それも“同調”できないのか?」
「そんなことしたら、
財前さんが一瞬で魔力枯渇するよ。
アルジ君の魔力はガーネットちゃんより少ないけど、
ネルくらいあるからね。」
いつかガーネットが俺のステータスを見て、
魔術師タイプとか言ってたのを思い出した。
財前と分身にケイローンが翻弄される。
俺も隙を見てケイローンへ攻撃を仕掛ける。
だが、瞬間移動にはさすがに対応しきれない。
ミタニさんは出現率予測地点を教えてくれるが、
時間差なく一瞬で移動するため間に合わない。
連続での移動も可能なようで、
財前が待ち伏せしても逃げられる。
「そこだ!」
財前が叫ぶ。
ケイローンが突然いななくように前足を上げた。
よく見るとケイローンは前足を負傷している。
俺の周りの俺の偽物が全て消える。
どうやら財前は俺と俺の分身を囮にし、
自分は霧に紛れて奇襲たのか。
財前は霧から飛び出し、
槍を更にケイローンの後ろ足へ突き立る。
しかし、財前の“もや”の手足が崩れ落ちる。
地面へ落下しながら、
振り絞るように財前が叫んだ。
「櫻葉さん!」
俺は咆哮をあげ、ケイローンに殴りかかる。
俺の拳がそののっぺりとした身体を捉えた。
ここで決める。
“触手”でケイローンを絡めとり、
腹部の装甲を蛇の口のように開いてケイローンの胴体に噛みつく。
俺の腹の中にいるのは“メイガス”。
薬と予言と、呪いの魔女たち。
「“万死の毒”を知りませんが、
“呪毒”の特級をお見舞いします!」
ケイローンの肌が突然白くなり、悶え苦しむ。
しかし、俺はケイローンの身体を放さない。
「この距離なら、当たるだろ。」
“触手”で握った装甲と拳を、
ケイローンへ叩きつける。
俺の拳に伝わる感触は、鉄筋コンクリートの柱。
それなら、砕ける。
渾身の力を込めて、
立て続けに拳と装甲をケイローンにぶつける。
空のアルミの一斗缶を踏んづけたような音が何度も響いた。
マッチを擦った時のような匂いが立ち込める。
でも、俺は殴るのを止めない。
俺はもう一度咆哮をあげ、“触手”で腕を更に増やす。
殴られ続けるケイローンの顔が絶望に染まる。
俺は一心不乱に拳を振り下ろす。
「魔法はいかがでしょうか?!」
ガーネットがそれに拳魔法を追加した。
ケイローンは文字通り千の拳で殴られる。
痛みを、苦しみを訴えるように足掻くが、
“触手”は決して緩めない。
財前は地面に倒れており、
周囲の“霧もや”もいつの間にか消えている。
どうやら活動限界らしい。
隠れていたハンターたちが財前に駆け寄り、
抱え上げて俺から遠ざかる。
その間もずっと財前の顔はこちらに向けられている。
意識はあるようで、
左目はケイローンの行く末を睨み付けている。
“……!”
俺の頭に直接何かが響く。
“賢者”は今ガーネットのところだ。
俺はケイローンを殴り続けながら、
念話で“賢者”を呼ぶ。
“賢者”は俺のところに来て、
受信している何かを解読した。
“ケイローンの命乞いですね。
降参するから話し合おう、とのことです”
殺しにかかってきたなら、
返り討ちにあって殺される覚悟してるだろ?
覚悟もなく矢を向けたなら、それは大きな間違いだ。
剣を抜いてから交渉する手法を、
俺は是としない。
剣を抜いている時点で交渉は決裂だ。
当たり前だ。
どちらかが剣を抜いている時点で、
殺し合いが始まっているんだから。
「そろそろ身体の限界よ!」
ミタニさんからレッドアラートだ。
俺の活動限界が近い。
でも、ケイローンはまだ生きている。
「櫻葉、代われ!」
藤堂が、戦闘機を駆使してこちらへ近づく。
俺は“触手”でケイローンを張り付けにし、
宙へ浮かせた。
藤堂はバルカンを放つ。
鉛玉がケイローンの身体にしこたま撃ち込まれ、
ヒビだらけの身体をどんどん削っていく。
どう見ても瀕死だが、
弱々しく抵抗を続けるケイローン。
「最後の一発!」
藤堂の戦闘機が離れたのを見て、
俺は全身の筋肉を引き絞って構える。
“触手”の筋肉と魔法のバフに、
魔女の祝福付きの拳だ。
俺は地面に垂らした“触手”で身体を固定し、
吊り上げたケイローンを俺のところへ引き戻しす。
拳を伸ばした先に、ケイローンが位置した。
放った瞬間に閃光、発熱する拳。
拳がケイローンに触れた。
「行けぇ!」
藤堂の声だ。
俺の拳に確かな手応えを感じた。
ケイローンの巨体が砕け散る。
だが、ケイローンは粉々になりながらも、
矢をつがえて放った。
俺の身体は活動限界を迎えて力が抜けていき、
膝から崩れ落ちる。
ガーネットとネルが俺の身体をかばうために、
魔法でバリアを展開した。
藤堂が矢を戦闘機で受け止めようと矢の進路へ飛び込むが、
矢は瞬間移動してしまう。
「……!」
俺はミタニさんに受けとめられながら、
左こめかみを撃ち抜かれた財前が見えた。
ケイローンは砕け落ちて、
短弓が俺の目の前の地面に落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます