第26話 流転の理

 死と言うのは、

眠るのとは違って意識がはっきりしているものだな。

身体から意識が引き離されていく感じがした。

 腕、足、胴体、顔から俺が引き離される。

目が、舌が、肌が感覚を失い。

最後に耳が泣き声を拾った。

 ガーネット、逃げろ。

そう言いたかったが、もう遅かった。


 今は何もわからない。

何も感じない。

でも、ここに俺がいる自覚はある。

 自分の身体を見下ろしても、

見えているような、見えていないような。

目を開けている気はするが、

眩しいわけでも暗いわけでもない妙な感覚。


“確認します。

貴方は「櫻葉涼治」ですか?”


 突然聞こえた知らない声に驚く。

確かに、俺の名前だ。


“確認いたしました。”


 俺は声を出していないが、声の主には届いたようだ。

俺は念のため、声が出るか試した。

声も息すら出なかった。


“そのまま思考でご回答ください。”


 承知した。


“貴方は死亡いたしました。”


 まぁ、そうだろう。


“ご理解いただき、感謝いたします。”


 自分の胸が貫かれるのを見たのだ。

生きているわけがない。

無念だし戻れるなら戻りたいが、

足掻く手足ももうない。

 なんだか妙に落ち着いて、

気持ちがフラットな感じだ。


“つきましては、

当方の世界の危機を救うためそのお力をお借りしたい。”


 雲行きが変わる。

あれだ、アニメとかノベルにある輪廻転生のヤツか。


“ご理解が早くて助かります。”


 戦いが好きで鍛えに鍛えた自負がある。

こんな暴力でも必要としてくれるなら、喜んで貸そう。


“ご協力いただき、感謝します。”


 よくある流れだと、

俺に何か力を与えてくれる、と言うところか?


“そこにつきまして、ご説明をいたします。

貴方の身体をこちらで複製いたしました。

身体能力は生前と変わりません。

感覚の誤差もございません。”


 なるほど、それはありがたい。


“また、生前所有されていたスキルについては、

当方の世界に同じものがございませんでした。”


 触手は特殊だからな。

さすがに仕方がないと思う。


“ご理解いただき、感謝します。

代替案として、類似ギフトを付与します。”


 待て。

ギフト、だと?

その能力の呼び方は、

確かガーネットが話していたのと同じだ。


“はい。

貴方に依頼するのは、

暴走した個体名「ガーネット」を止めることです。”


 は?


“今から貴方のご遺体のそばに転生、転送いたします。

貴方の荷物にある従魔契約書を用いて、

ガーネットと契約してください。”


 え?


“また、敵対する呪怨の魔王にも従魔契約を締結し、

貴方の内へ封印してください。

そして、貴方はあの二体より長生きしてください。”


 雲行きがどんどん怪しくなる。


“御願いいたします。

どうか、この世界を救ってください。”


 断る気はない。

むしろ、嬉しいが、なんと言うか腑に落ちない。


“ギフトの詳細と使い方をインストールしました。”


 お前、このまま強引に進める気だな。


“報酬は「自由」です。

転生完了後、こちらからは一切干渉いたしません。

もう一度あの世界で自由に過ごしてください。

その隣にあの二体を置いてください。

それが、アレの望みでもあります。”


 死んだときと逆に、

どこか狭い所に押し込まれる感じがする。

転生とやらが、始まったのか。


“どこよりも冷酷で、残忍で、無慈悲な世界に生きる人よ。

どうか、健やかに。”



 俺は目蓋を開いた。

割れたアスファルトの地面が目にはいる。

どうやら地面に片ひざをついてうずくまった状態のようだ。

自分のイチモツが地面につきそうになっているのが見えたので、急いで立ち上がった。

 全裸だった。

見覚えのある身体と、イチモツが目についた。

せめて下着ぐらい用意してほしかったと切実に思う。

俺はため息をついて周囲を見回す。

 そばには目を真ん丸にして

俺の顔と股間を交互に見る財前と黒川がいた。

二人の横には白人男性が倒れて痙攣している。

二人が言いたいことは察するに余りあるが、

イチモツは無視してもらいたかった。

 俺は俺の死体を見つけた。

胸の傷が塞がり、

両手を胸の前に組んだ状態で地面に寝かされている。

何故か顔が露になっており、スライムヘルムがない。


「とりあえず、服を着よう。」


 自分の死体から服を脱がして着なおす。

正直、気分が悪い。

 自分のパンツを脱がしたとき、

こんなデカかったか?、と俺自身も思ってしまった。

 装備を一式身に付けたが、

マントだけ残して、死体を包んだ。

死体でも自分の裸を晒すのは気が咎める。

気は進まないが、後でこれも回収するか。

 騒音が聞こえる方を見る。

小さく見えるガーネット。

姿が少し変わっているが、間違いない。

後、魔王。

ヘドロがかなり縮んでいる。

しかも、ガーネットに一方的にやられている。


「あ、あの!

櫻葉さん……、ですか?」


 財前の声だ。

俺は二人の方へ振り返る。


「えぇ。櫻葉です。

すみません、ヘルムがないんですが、

お二人はご存じですか?」

「あ……。

ガーネットさんが、持っていきました。」


 ガーネットか。

そう言えば俺の死体の目蓋が下ろされていた。

ガーネットが丁寧に弔ってくれたのか。


「仕方ない。取りに行くか。」


 俺は小さくため息をついて、

俺の死体から離れる。

 貰ったギフトの内、一つを発動させる。

発動コードは音声認識か。


「“神装(しんそう)”。」


 俺を中心に球体のバリアが張られ、

バリアに弾かれた空気中のチリやゴミが一斉にはぜ飛ぶ。

その音は何故か鉄板を引きちぎったような音だ。

 俺の背後に神装が現れる。

神装は俺より大きい。

まるで後ろに巨人が立っているようだ。

 神装はひとりでに開き、俺の身体を包んでいく。

頭部を除いた全身を神装が覆い尽くした。

張られたバリアが消える。

 俺の目線が高くなる。

触手のスーツより少し背が高い。

腕や足が触手スーツより大きく太い。

 神装は鎧だが、見た目は少し生物っぽい。

その質感は動物のサイやゾウの皮のようで、

色はつや消しのグレー。

各パーツは筋肉に合わせる形になっている。

パーツを繋ぐ節々は黒く生きたナマコのようで、

とても伸縮する。

 試しに腕を伸ばしたり足を動かしたが、

自分の身体と遜色なく動く。

 とても動きやすいが、見た目が不穏だ。

脱モンスター姿には程遠い。


「さて、もう一つのギフトも試そうか。」


 俺は二つ目のギフトを発動する。

そちらは触手の時と同じく意識するだけで動いた。

 黒鉄の鎖が俺の両肩辺りから飛び出した。

鎖の先は長さ三十センチ、太さ二センチの

平たい鋲になっている。

 壁や地面に突き立てて使えるし、

このまま相手に突き刺しても良い。

あくまでも鋲なので、

剣のようには使えないが槍にはなりそうだ。

 黒鉄の鎖は左右8本の全部で16本同時に出せる。

長さは最大5キロで、自由自在に動かすことが可能だ。

 神装とこの“鐵鎖(てっさ)”の二つが

スキル“触手”の替わりとして装備されたギフトだ。

上位互換だと説明がインストールされているが、

用途が違いすぎて互換してない。

 俺は若干不安に思いながらも、

とにかく戦い続ける二人のところへ向かうことにした。

 神装の能力で空を飛ぶ。

神装は身体を護るだけでなく、飛行、回復、強化の力がある。

 飛行はそのまま、

これを着た状態ならば空を飛ぶことができる。

理論的には宇宙空間も航行可能だ。

 回復は頭さえ無事ならどんな傷もしばらくすれば回復する。

手足がなくなっても、胸から下が切り落とされても

即死はしない。

欠損の具合によるが数分から数時間で完全に元通りになる。

ただし、首から上は範囲外なので、

どうしてもスライムヘルムが必要だ。

 強化はバフの魔法とは異なり、

ギフトとして身体能力を引き上げる。

五感を含む全能力が1.25倍から2.25倍になる。

 倍率の差は部分や能力の違いだ。

五感が強化され過ぎると、

コントロールが難しいのは想像するに容易い。

しかし、魔法とは別なので、ここに追加でバフを盛れる。

 転生チートとは、よく言ったものだ。

ちなみに、鐵鎖は破壊不能らしい。

自由自在に動かすことができる

破壊不能オブジェクトは反則だ。

しかも、鎖型なので自由度が高い。

俺は頭部を鐵鎖の一本で巻いて護る。

 二人に近づくにつれ、どんどん圧を感じる。

空気中の魔力と言うものなのだろうか。

前にガーネットに出して貰ったものより濃密で、

まるでミストサウナに入ったようだ。

 ガーネットは魔王が打ち出す魔法を

全て同じ魔法で打ち落としている。

捕まえたトンボの羽をむしるように、

アリの巣へライターオイルを流し込むように。

じわじわ追い詰めていく。

 とりあえず、ガーネットを抑えよう。

ガーネットに接近すると、こちらに気づいた。

困惑した顔でこちらへ攻撃を仕掛ける。

弱い火の魔法だ。

俺はそれを殴って消し飛ばした。

 それを見たガーネットは目を丸くして飛び退く。


「何者ですか?」


 予想外に理性的に質問された。

俺は暴走状態と聞いていたので、

話しもできない位かとイメージしていた。


「何者ですか?!」


 声をあらげるガーネットを見るのはなかなかない。

なるほど、暴走状態か、と俺は一人納得してしまう。


「答えないつもりですか?」


 柄にもなく考え込んでしまった。

俺は鎖の隙間に指をいれて頭をかいた。

 べらぼうに説明が難しいな。

どうしたものか。

とにかく、俺は頭に巻いていた鎖をほどいて見せる。

 ガーネットは目を見開いて、口が開きっぱなしになった。

だが、すぐ気を持ち直したようで、

俺を睨み付けた。

 うなじに悪寒がする。

ガーネットの鑑定魔法か。

俺はそのまま受け入れる。

 ガーネットの顔がかき氷が溶けるように変わる。

困惑、疑念、喜び、不安。

ガーネットは色々な感情がない交ぜにした顔をしている。

気持ちはわかる。

べらぼうにわかる。

 俺が何て言おうか考えていると、

背後から敵意を感じた。

振り返り鎖を二本伸ばして、敵意を打ち落とす。

酸性の液体だったようだが、

この鐵鎖は溶けることがない。

触手と違い、俺にダメージもない。

 やっぱり先に魔王かな。

とりあえず、俺はガーネットをもう一度見て

用件だけ伝える。


「ガーネット、

スライムヘルムを返してほしいんだが。」

「う!? え?! あ!!

は、はい?」


 ガーネットは嗚咽のようななんとも言えない声で返す。

彼女はギクシャクしながら、

ボックスからヘルムを取り出した。

 俺はそれを受け取って、頭に被る。

ぷるん、とスライムが顔を覆った。

これで安心だ。

 ガーネットはその間、呆然と俺を見つめていた。

ふと、俺の目ついたのはガーネットのローブだった。

新しいローブだな。

思わず口にだしてしまう。


「新しいローブ、良い色だな。

今度、俺のマントに同じ色をつけられるか?」

「あっ? え? えっと、えぇ?!

む、無理です。

こ、これは、私の魔力の色です……。」

「そうか。

残念だな。

べらぼうに良い色なんだが。」


 まぁ、できないものは仕方がない。

切り替えて行こう。

 俺は魔王の方へ向き直る。

攻撃がやんだと思ったが、どうやら弱り果てている。

あの酸性の液体が不意打ち狙いの隠し球だったのか?


「もう少しヘドロを剥がせば、従魔契約できるか。

ガーネット、巻き添えにならないよう離れててくれ。」


 ガーネットがまだ困惑しているが、

とにかく魔王を止めるのが先だ。

 俺は魔王へ向かって飛び出した。

ヘドロは俺に向けて魔方陣を構築する。

さっきと違い、隠したりせず空気中に描かれた。

魔王に隠す余裕がないらしい。

 魔方陣から岩やら炎やら飛び出すが、

鎖を巻き付けた拳を振るって叩き落とす。

 何故か俺が拳を振るい上げる度に魔王が怯える。

俺が死ぬ前に何度も殴っていたのが今更効いてるのか?

 距離を積めようと俺は速度を上げたが、

魔王が必死に逃げ出した。

這う這うの体、と言っても過言じゃない。

魔王は身体を引きずるように逃げる。

俺が思っていたより魔王はかなり衰弱しているらしい。

 俺が死ぬ前と後で田園調布の景色が

完全に別物に変わっていることから察するに、

ガーネットの暴走はべらぼうに過激だったのだろう。

魔王はそれを受け続けたのだ。

その結果がこれなら、今こそチャンスだ。

 俺は鎖の鋲を崖の斜面や地面に突き立て、

自分の身体を引き寄せて急旋回、急降下する。

魔王はその動きの邪魔をするためか、

鎖めがけて魔法を打ち出した。

だが、鐵鎖は破壊不能なので、

俺の身体が多少揺れるだけだった。

 感情もなにも見えなかった魔王に

明確な焦りと恐怖の色が見える。

 俺は更に加速して追い詰める。

魔王がガラスを引っ掻くような悲鳴を上げた。

こうなるとまた俺はモンスター役だ。

鉈かチェーンソーを絶対用意してやる、と心に誓う。


「すまないが、少し我慢してくれ。」


 そう言って俺はヘドロを殴り付ける。

ヘドロが大きく砕け、悪臭が更に強くなる。

いつかのガーネットを思い出すような姿のゴブリンが見えた。

 俺はボディバッグから素早く従魔契約書を取り出し、

魔王へ押し付ける。

ガーネットの時と異なり、契約書が明滅を繰り返す。


「その方は、大丈夫ですよ。」


 俺の後ろから、そう言う声が聞こえた。

ガーネットだ。


「私は、そのお方に救われました。

契約してから、

今まで一度も命令されたことはありません。

 貴女はさっき私とこのお方を見て、

攻撃を私に集中するようにしましたね?

 そうですよ、私は貴女でした。

でも、私にはこのお方がいました。

嫉妬した貴女が私を狙ったのは、

道理が通りますし納得すらします。

 だから、安心してください。

その契約を受け入れれば、私のようになれますから。」


 魔王が震えた。

どういう感情なのか俺にはわからなかったが震えていた。

 契約書が光を強くしていく。

契約書が光る玉に変わり、

二つに割れて俺と魔王の身体に吸い込まれていく。


“従魔契約、完了。

櫻葉 涼治を主とし、

呪怨の魔王(ノーネーム)が従魔契約しました。

従魔は返送、と唱えると

その従魔のパーソナルスペースへ転送されます。

召喚、と唱えるとパーソナルスペースから

いつでも呼び出すことができます。”


 聞き覚えのあるアナウンスが聞こえる。

俺は魔王と向き合った。


「とりあえず、パーソナルスペースに行ってもらう。

あそこは安全だ。

ゆっくり休んでくれ。」

「……。」


 魔王は頷いた。

俺は魔王を返送する。

 念のため、念話で魔王を確認した。

問題ないとハンドクラップの返事が帰ってきた。

肯定しているときのアクションだ。

なんだか懐かしい。

 そして、俺は振り返ってガーネットを見た。

彼女は空中で正座して小さくなっている。


「さて、ガーネット。

俺から説明する方がいいか?

ガーネットから説明する方がいいか?」

「……えっとですね。

まず、謝罪いたします。

その、ごめんなさい。」

「いや、いいよ。

あの状況で受け入れろ、とは俺の口からも言えない。

ガーネットのあの反応が正解だ。」


 死んだはずの人間が目の前に現れるのだから、

あの反応が絶対正解だ。

それについて咎める気は全くない。


「……その、ですね。

それもですが、他も色々ありまして……。」


 俺は周囲を見回す。

むき出しの岩が隆起し、田園調布が渓谷になっていた。

唯一変わらないのは光の柱だけ。


「その辺は財前さんに聞くから。」

「はい! 私の口から説明したいです!」


 ガーネットは手を上げてそう言う。

色々意見はあるだろうが、

こういうのは第三者からの話の方がいいと思う。


「まぁ、とりあえず、ガーネット。

こっちにおいで。」


 俺はガーネットを手招きする。

ガーネットは俺の方へふよふよと近寄ってきた。

 俺は彼女の頭に手を置いて、ゆっくり撫でる。


「ただいま。」

「……お、……おがえりなざい。」


 ガーネットの瞳から涙が決壊した。

真っ黒に濁っていた彼女の瞳が、

いつもの鮮やかな赤色に戻る。

額の角が砕け散り、肌が鮮やかな緑に戻った。


「俺が死んで契約が切れてるみたいだ。

再契約するか?」

「ばい! ぜび! もういぢろ!

おどぼざぜでぐだざい!

 どんどわ! ごんどわ! 絶対っ!

命にがえでも! お護りじまずがらっ!」

「ガーネット。

もし、次があっても俺はお前を護るよ。」

「イヤでず! もう嫌でず!

あんなのは、もう、だぐざんです!」

「大丈夫。次はうまくやるよ。」

「アルジ様……。アルジ様ぁ……。」


 俺は抱きついて泣きじゃくるガーネットの背を

優しく撫でる。

 落ち着いたガーネットに従魔契約書を差し出した。

ガーネットは自ら両手を契約書について、

再契約が成立する。


“従魔契約、完了。

櫻葉 涼治を主とし、

rふe報fuク四ュvke4uしns讐hgうe(ガーネット)が

従魔契約しました。

従魔は返送、と唱えると

その従魔のパーソナルスペースへ転送されます。

召喚、と唱えるとパーソナルスペースから

いつでも呼び出すことができます。”


「……ガーネット、種族の表記が文字化けしてるぞ。」

「進化しました。

でも、呪怨の魔王は嫌だったので、

自力でもぎ取りました。」

「あの世界、機械っぽくイメージしてたが、

実際は適当なのか?」

「あの、アルジ様は私のいた世界に行かれたのですか?」

「転生らしい。

でも、あの世界じゃなくて

元の世界に転生と同時に転送だと。

文字通りコロコロ転がされたってことか。」


 なんと言うか、マネーロンダリングならぬ、

ソウルロンダリングだ。

 自ら巻いた種ではないが、

“この件”について俺は当事者の一人だ。

死んでからも関われるのは俺も嬉しい。

なので、転がされた事をぶつくさ言うつもりはない。

 うなじに悪寒がする。

ガーネットの鑑定だろう。

俺は黙って受け入れる。


「あ。

アルジ様、魔力のステータスが表示されました。

これで、アルジ様も魔法を使えると思……。

 あぁ! 体質が“超人”になってます!

これは、魔力を操作できても魔法を使えない体質です。

アルジ様のステータスが魔導師のそれなのに、

フィジカル特化なのはこのせいですね。」

「転生時にほとんど元の身体のままだ、と

言われたが。」

「私が進化して鑑定のレベルも上がってます。

今までわからなかった情報も読み取れます。

 ちなみに、体質の“超人”は体内の魔力を

身体能力と自然治癒力に変換する体質です。

代償として魔法を使えない替わりに、

人を越えた身体能力とタフネスが手に入ります。

 後、スキルが変わってますね。

その鎧と鎖はそれぞれ別スキルですか。

 あぁ!

レベル表記が無いです!

ステータス取り直しですか?!

でも、各ステータスの値は変わりないですね。」

「ガーネット、鑑定してくれるのはありがたいが、

今ここですることじゃないと思うぞ?」

「ダメです!

アルジ様のお身体に何かあれば早急に対処しなければ!」

「それなら、

あっちで転がってる俺の死体を

ボックスへ回収してくれるか?」

「えぇ?! さっきの遺体まだ残ってるんですか?!」


 俺はガーネットを引きずって、

財前と黒川の元へ飛んでいく。


「おかえり。

櫻葉さんの遺体は無事だよ。

貴方も櫻葉さんでいいのかな?」


 財前が俺の死体の横に座っていた。

黒川は白人男性の両手を背で縛っている。

なるほど、結束バンドを持ち歩いているのか。


「財前さん、ヘルムの件ありがとうございます。

櫻葉涼治、本人です。

転生してきました。

 ガーネット、とりあえず回収してくれるか?


 ガーネットは俺の死体をボックスへ格納した。

彼女はマントだけ取り出して、俺の首に巻いた。


「アルジ様は、やっぱりマントがお似合いです。」

「ありがとう。

さっきより見た目はマシになったか。」

「いやいやいや。

死んで、よみがえって、変身するとか。

モンスターより怖いよ。」


 黒川がそう言う。

俺は否定できないな、と思ったので苦笑いした。


「黒川さん、なに言ってるの。」

「あ。そだね。

ごめんなさい。

助けてくれたのに、怖いとか言って。」

「よみがえって変身するのは、ヒーローの基本だよ?

第一話にあるやつだよ?」

「吾朗、そろそろ殴るよ?」


 目を輝かせる財前に冷たい視線を浴びせる黒川。

相変わらずの夫婦漫才だ。

 耳にヘリコプターのような羽が回る音が飛び込む。

俺は警戒態勢になり、空をみた。

渓谷の底付近にいるので、空が遠い。

しかし、小さい何かが数機遠くに見える。


「なにか来る。

ガーネット、警戒態勢。」

「承知しました。」

「どうしたんだ?」

「なにか飛んできます。」

「僕らにはまだ聞こえないけど。

……いや、徐々に聞こえてきた。

ヘリコプター、かな。」

「ねぇ、それって味方かな?

それとも……。」


 そう言って不安げに白人男性を見る黒川。

他国の軍なら大問題だ。

 今日本の政治機能は

完全に停止していると言って過言じゃない。

そこを占領されればさすがに抗う術がない。

 しかも、今なら名目は救助や人道的支援とか

理由は何とでも言える。


「近づいてきたけど、降りられないだろうな。

僕らから上がった方がいいのかな。」

「谷底だからな。

あれが敵対者なら、このままの方が好都合なんだが。」

「調子いいこと言ってる自覚あるけどさ、

櫻葉さんとガーネットちゃんの二人でなんとかなる?」


 おずおずと黒川が言う。

まぁ、なんとかならなくは、ない。

だが、あくまで一時的な対応だ。


「殴ってなんとかなるなら、できます。

相手が何かわからないので、なんとも言えませんよ」

「そうだよね。

ごめん、なんか色々。

ごめんなさい。」

「黒川さん、そんな人でしたっけ?」

「あぁ、臨死体験で人が変わるってやつさ。

僕は初めてじゃないから、

これ以上変わらなかっただけ。」

「後でいいので、

私が死んでから何があったか聞かせてください。」

「あれ?

ガーネットさんから聞いてないの?」

「第三者から聞きたいんで。」


 ガーネットがあわてふためく。


「はい! アルジ様!

私からお話ししますので!」

「だから、第三者から聞きたいんだよ。

俺は怒ってない。

むしろ、俺が死んだのがきっかけだし、

申し訳なく思ってるから。」

「……私が全部やりました。」

「ガーネットさん、もう諦めたら?」


 財前がクスクス笑っている。

ガーネットは五体投地して謝っている。

 すると、ヘリからロープが降りてきた。

一本だけなのがとても気になる。


「……こういうのって、何本も降りてきて。

こう、ダダダって軍隊が降りてくるんじゃないの?」

「吾朗、映画とアニメの見すぎだよ。」


 その一本をつかんで滑り降りてくる人影。

銃を背負ったフル装備でヘルメットとガスマスクをつけているが、

体型が女性のものだった。


「あら。皆、無事かしら?」


 ガスマスクでくぐもっているが、

聞いたことがある声が聞こえた。

彼女はガスマスクの留め具を外して顔を露にする。


「よかったわ。

健治ってば、心配なのに動画は見れないから、

ずーっと神棚に祈ってるのよ。

 気持ちはわかるけど、

勝利は掴みに行かないとダメなのよ。」


 いつものエプロン姿ではないミミコさんがそこにいた。

着慣れている。

エプロンより、圧倒的に着慣れている。

着こなす、ではない。

着慣れている。


「助けに来たの。

でも、もう大丈夫そうね。」

「いや、議長が……。」


 財前が説明しようとしたが、

ミミコさんは良いから先に乗りましょう、と言う。

 俺たちはとりあえず、

上空の輸送ヘリへ運び込まれた。

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